ロックンロール&ブルース
「お疲れ様!」
放課後。こっぴどく叱られ職員室を出るとそこには俺の心のオアシスが微笑みを施してくれる。
「深井さんよう逃げ出したなぁ」
「深井さんの裏切りもの~」
それぞれに声をかけるも深井さんは何が嬉しいのやらニコニコしながら特にこちらには何も言わずにさっさといってしまう。
細見は、
「なんで俺らが怒られらないかんの?しぐれちゃん僕なんかした?エロい宣言がまずかったんやろか?」
などとぶつぶつとごねている。
まぁ俺は別にそこまで文句はない。
中野は上手くいったわけだし、深井さんに害はなかった。先生も中野を祝福こそすれ、叱る気にはなれなかったのだろう。しかし先生にもメンツというものがある。そこで我々自称エロス一号、二号が借りだされたわけだ。仕方あるまい。
中野には今度たこ焼きでもおごってもらうとして、今はうなだれる細見を引っ張りながら深井さんについていくことにした。
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深井さんに黙ってついていくと学校の校門をでて深井さんが身を隠しながら手招きをしだした。
どうやら学校の正面にある公民館の公園に用事があるようだ。
公園といってもかなり寂れてしまった公園で、今では遊具はほとんど撤去されてしまっている。たまに子どもたちがやってきて木登りをしたり、缶けりをしたりするくらいのようだ。
そんな公園にも一応駐輪場があるのだが、そこの原付バイクに手をかける学生の姿があった。
学校への原付での通学は原則禁止だ。原則という表現をしたからには特例があるのは確かだが、特例に則るならばこのような場所に駐車することはないだろう。
どうやら校則違反の不良君のようだ。
こっそりと彼を見て、指さしながら深井さんが小さな声で何かを言う。
だがいまいち周辺の道の車が走る音に邪魔されて聞こえない。
何回か聞き返すと深井さんの唇がスッと俺の頬へと近づいてきた。
一瞬ドキッとするがすぐに理解する。ヒソヒソ話をするためだ。わかっている。そんなことはわかっている。
「あの子エロそうじゃない?」
なんというか、わかっているがこの発言には少しドキドキしてしまうのは何故でしょうか。
しかし深井さんの中でエロそうというのはどのような基準で判断されているのだろう。
「原付の彼」の見た目はまぁ不良という印象だ。
髪をツンツンに立て、目は切れ長のキツネ目。無精ひげが生えており、制服の着こなしは最悪だ。カッターシャツの第二ボタンまではずし、カッターシャツの下は黒いTシャツで背中には髑髏のプリントが入っており、ズボンは所謂「ドカン」を履いていて、靴はかかとを思いっきり踏んでいる。身体はそんなに大きくないが、喧嘩いかにも強そうだ。
深井さんの中では悪そう=エロそうなのではないだろうか。なんだかこの人はすごく偏見でモノを見てないだろうか。やはり真骨頂の天然は健在のようである。
まぁ確かにその印象を完全に否定するわけにもいかないのがなんともいえないところだが、一概にそうであるともいえない。
不良の草食系男子もいるかもしれない。
しかしまぁ個人的には不良と仲良くすることはできないかもしれない。
仮にも俺は元生徒会副会長だ。彼らのような存在からはうとまれる役職であるし、俺自身も不良と慣れ合うような器量は持ち合わせていない。「生理的に無理」ってやつだろうか。俺も偏見でモノを見る節があるらしい。深井さんのことを言えた義理ではないな。
こういうとき四夜さんみたいにみんなに平等に接しられるような能力があればなぁと思う。
深井さんにはとりあえず「まぁ確かに。」と伝えておいた。
「原付の彼」はあっという間に原付に乗ってどこかへ行ってしまった。顔を覚えているかも怪しいくらいの一瞬だった。
しかしもうわかってますよ。きっと深井さんがドラマチックな展開を用意してくれているはずだ。
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深井さんは一体全体何者なのだろうか。言われるがまま彼女についていく。俺の学校は歩いて10分もないところに海がある。その海に向かって彼女の足はずんずん進んでいく。
道中「原付の彼」についていくつか質問した。
どうやら彼の名前は小林 緑というらしい。二年生でベースの経験があるらしい。(エロいどうのこうの関係なくベーシストいたのかよ)ずいぶん昔から音楽には携わっており、中学時代はバンドを組んでいて、かなり腕があるようだ。現在は帰宅部で毎日この学校近くの海で煙草を吸っているらしい。完全に不良だ。しかし群れることはなく孤高の一匹狼なのだそうだ。(どう考えても中二病じゃねぇか)
っとまぁどう考えても一筋縄ではいかない感じの、一癖も二癖もありそうな人間を深井さんは何の躊躇もなくチョイスしたようだ。
小林君がどういう人物か全く分からないし、不良でもいいやつはいいやつだろうし、あまり表面だけで人間を批評する気にはなれないが、内容が「バンドを組む」ということもありあまり気乗りはしない。
深井さんに一応忠告しようと試みたが、「ん?」っと振り向く彼女に否定的な言葉を述べることはできなかった。可愛いは作れるが、美しいは正義だ。そう深井さんは正義なのだ。俺があーだこーだ思惑を巡らせても仕方ない。彼女が是といえば是なのである。きっと小林君もいいやつなのだろう。
海に着くと案の定小林君がいた。砂浜にポツンといるのはさすがにはばかられるのだろうか、テトラポットが山積みにされている防波堤の上で煙草を吸っている。かなり格好を付けているように見える。さっきは深井さんに免じて全肯定したがやはり些か以上に不安である。
小林君の姿を確認すると深井さんがそのドラマチックな勧誘案を俺と細見に伝える。内容は正直かなり恥ずかしい。もう俺はなんで深井さんを好きになってしまったのかわからない。恋は盲目といったりもするが、俺はもう目だけではなく、旋毛から足のつま先まで彼女に奪われているのだろう。普通な神経ならばこんなことはしない。そんなレベルの恥ずかしさだ。
しかし俺たち三人は仲良く打ち合わせをしている。もうなんでもいいのだ。こうして深井さんと一緒の空間で何かをやる。それだけで素晴らしいじゃないか。やりますよ。やってやりますよ。そしてその俺に惚れろや深井さん!