深井紫
どうやら俺は大きな勘違いを二つほどしていたようだ。
一つは深井さんがド天然で、俺が必死で告白しようとしていたことなど微塵も気づかず、マイペースに自分の話題を振っただけだったということだ。頬を赤らめていたのは女の子なのに「バンドしよう」なんて似合わないみたいななんかそんな感じの俺にはようわからん恥じらいかららしい。まぁ可愛いから許す。
もう一つは深井さんの家は別に金持ちでも何でもないらしいということだ。深井さんのご両親は一般的なサラリーマンで、共働き家庭であり、お兄様が一人おられるらしい。
お父様とお兄様は趣味でバンドを組んでいて、「OUT CAST」いう名前で神戸のライブハウスで活躍しているらしい。
深井さんがいつも送られてくる車はそんなロックなご両親の趣味であるスポーツカーである。話を聞く限りかなり無理して買ったようだ。無理してでも欲しい物は手に入れる。なんとなくロックな気もする。ご両親の出勤の際に深井さんはいつも便乗しているらしい。
ついでにいうと深井さんが箱入り娘でいつも世俗の遊びには参加しないという噂も嘘らしい。深井さんはいつも学校が終わるとそそくさと車で家に帰り、ドラムを叩いているのだという。
深井さんの家は俺の家から少し離れた山間にある一軒家で、ガレージの中にギターやベースを大音量で奏でるためのアンプ、マイクやスピーカー、そしてドラムセットなどバンドに必要な機材を置いているそうだ。
近くに他の家もなく、他人に迷惑がかからないのでお父様とお兄様が所属するバンドの練習場所になっているらしい。
深井さんはお父様たちのバンドが練習しないときに教則本を見ながらいつもドラムを叩いているのだそうだ。それは誰に強制されるわけでもなく、深井さん自身が望んでやっていることで、中学一年のころにドラムに興味を持ってから日課のようになっているらしい。
クラスの友達と遊ぶのも楽しいのは楽しいらしいのだが、予定のないときに大抵すぐに家に帰っているといつの間にやら噂に尾ひれが付き、今に至るらしい。
まぁ見た目が完全にお嬢様の気品を漂わせているし、仕方ないことなのかもしれない。
っとまぁこんなようなことを深井さんを家に送る途中に聞くこととなった。
俺も深井さんの見た目に深井さんに変な妄想を抱いていた一人のようだ。てっきりバイオリンなんかを家庭教師に教わってるとかそんなのかと思っていたが……。
「で、なんで木村君をバンドに誘ったかというとぉ~……」
ひとしきり深井さんが身の上話を終えたところで話の本題に入るようだ。深井さんが歩きながらこちらを見つめ、様子を窺ってくる。並走する俺はいろんな意味で心臓の鼓動が高鳴る。
(確かになんで俺を突然バンドに?俺は細見みたいに楽器なんもできへんけど……なんか溜められると緊張するなぁ……ってかそんな見つめんでぇや!あんた自分が可愛いっちゅうことを自覚しなさい!!)
「歌が上手いと思ったからです!!!」
神様どうやら私はあほの子を好きになってしまったようです。
(今彼女はなんと言った?カラオケで68点取るような下手っぴな歌声の持ち主に歌が上手いと言いやがったぞ!!ってことは俺がボーカルってこと!?ありえへん……)
心の中で好きなだけツッコんでから俺は疲れ果てた声で何故俺の歌が上手いのかを尋ねてみる。
「なんていうか……歌って機械じゃ測れないと思うの。ほら、聞いたこと無い?プロの歌手はカラオケに行くと自分の歌でも点数がすごく低いんだよ。表現力が豊か過ぎると機械にはその良さが理解できないんじゃないかって私は思う。」
早速カラオケでの点数についてのフォローが入っているようだ。
その後も深井さんは視線を自分のつま先に向けながら話を続ける。歩くスピードはほとんど変わらない、一定のペースだ。
「私が初めて木村君の歌を聞いたのは一年の選択音楽の授業のときで、みんなで合唱してる中でも木村君の歌は他の人と違う何かをもってる感じがしたんだ。よく聞いてみると木村君の歌には抑揚があって、ピッチはすごくあってるし、リズムも問題ないのになんかすごく浮いてる感じがした。まぁ声量が大きいのもあったかもしれないけどね。」
深井さんがクスッと笑ってこっちをみた。なんかもう可愛すぎて話についていけません。ピッチってなんですか?リズムと一緒じゃないんですか?
「っとまぁそんなところかな。木村君の歌は合唱にはあまりに個性的で向いてないけど、バンドをやるにはかなり魅力的ってこと!機械が理解不能なくらいにね!」
(なんか決め台詞っぽいけど決め台詞になってないですよ深井さーん!!)
しかしまぁよくよく考えてみるとものすごくうまい話ではないだろうか。普段なかなか話せない深井さんのことを良く知り、かつ一緒にバンドを組むことでこれからも仲良くあり続けられる。そしてさらにはそれが深井さん自身からのお願いで、他のライバル男子はこんなことを一切知らないわけだ。こんなうまい話を受けない訳にはいかないのではないか?
「ほんまに俺なんかでえぇのかなぁ?」
とりあえず謙虚に出てみた。それで様子を見よう。あんまりがっつきすぎても格好が悪い。だがそんな俺の態度に深井さんは不満なようだ。
「こんなにアプローチしてるのにだめなの~?せっかく今日はウサギちゃんに木村君たちがカラオケ行くって聞いたからついてきたのにぃー。」
「えぇ!!マジで?」
どうやら深井さんの俺への入れ込みは半端ではないらしい。食堂で俺たちがカラオケに行くことを嗅ぎつけた四夜さんとともにわざわざ俺たちの後を付け、偶然を装って合流したようだ。下手したら我が親友たちの中にぐるになっていたやつがいた可能性すらある。相当な計画犯。そりゃポンポンことが上手い事進むわけだ。
「わざわざこうやって二人きりにもしてもらったんだからね!」
深井さんが「わかってる?」っと頬を膨らませながら怒った表情でこっちを見つめてくる。
神様どうやら私は悪い子を好きになってしまったようです。
ここまで計画的だと自分の可愛さにも気付いてそうなもんだ。
ド天然も人工天然に見えてくる。
(でももう可愛いから許します!私はまんまと貴方の手の上で踊りましょう!)
「分かった……まぁ俺でよければバンドでも何でもするよ。暇やし……。」
前髪をいじりながら格好を付けて了承の言葉を言い放った。途端に、
「ほんとに?やった!それじゃあ気合い入れて他のメンバーもさがさないとねぇ~。」
俺が格好を付けた割にはかなりあっさりとした反応だった。それに加えてよくよく考えればバンドは二人じゃできないのだ。そんな問題もあっさりと彼女は口にした。
(メンバーに深井さんが好きなやつが入ってきたらどうすんだよぉ~!!!)
心の中は叫んでいるが顔は笑ってごまかした。
丁度いいところで深井さんの家に着き、話はまた今度でってことでお互いに連絡先を交換して今日のところは別れた。
しかしまぁ俺をバンドに誘うだけでここまでする必要はあったのだろうか。もしかしたら深井さんは俺の気持ちを知っているのではないだろうか。それを知って上手く出し抜いているのだったら大した人だ。末恐ろしい。
深井さんがそんな凶暴な人物でないことを祈りつつ俺は帰路についた。空は星が埋め尽くしていて、一点の曇りもない。月明かりがまぶしくて足もとまで照らされ明るい。
まぁそんなことはよくあることなのだが俺は安心していたのか空を見上げながら道を歩く。
案の定溝に足を突っ込んでしまった。