島暮らし
「きーむーらく―ん!!!おっはよーさーん!!!」
開口一番から元気すぎるくらいのこいつは我が親友の細見 瀧である。セフィロトの大ファンで、特にギターの「RYO」に憧れて最近ではギターを始めたらしい。
身なりは正直いってバンドをやってるっぽくはない。完全に野球少年といった感じである。坊主で肌は黒く焼けており、身長は俺と一緒くらいで170センチくらい。ニコチャンマークを張り付けたよーな顔だ。
「今日も元気に学校いくで―!!」
「なんで夏期講習行くんにそんなテンションあげないかんねん。うっさいなぁ。」
っとかなんとかいつものように朝の挨拶をすませ荷物をまとめる。
玄関先で靴を履いたところで愛子が寝巻のまま姿を見せる。
「あら細見くんもう来てるん?ほなまぁ気ぃつけていってらっしゃいね。おかあちゃんもうちょい寝るわ。」
愛子が寝室から出てきたかと思うと手を振りながらまた寝室へと戻っていった。
「ちゃんと朝飯食ってよ!せっかく作ったんやさかいな!」
まるで俺が母親かのように我が不肖の母親に玄関から大声で説教をたれ、俺は家を後にする。
テレビを消し忘れていたが、いちいちもどくのがめんどくさくなったのと母親がいることもあって無視して玄関の扉を開けた。
「ほないってきますー!」
テレビは何かニュースを伝えているようだが全く聞き取れない。
外はカラッと気持ちいい天気で、部屋のうだるような暑さとはまた違った気分の良い暑さを俺に与えてくれる。
実際夏期講習に行くのは気だるくも、少しは明るい気持ちに好転し、学校に向かう俺の足を少し軽くしてくれた。
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せっかくちょっとはいい気分で家を出たというのに細見ときたらセフィロトの話ばっかりだ。もう何回聞いたかわからない話をずっとしてくる。
「この間東京の兄ちゃんにDVD借りてZEPP東京のライブみたんやけどな、それがもうめっちゃかっこえぇねん!なんといってもRYOの……」
(ライブのDVD見るとかどんだけ好きやねん。俺はどんなに徳永英明が好きやっていうてもTUTAYAでCD借りてMDに落として勉強中に聞いてるだけで十分なんやけどなぁ。ほんまようわからんわ。)
とかなんとか考えつつも適当な相槌を打ちながら細見のセフィロトオタクっぷりに耳を傾けつつケータイをいじっていた。
いくら島でも一応ケータイ電話は通じますので悪しからず。
学校に着くまでには約3キロほどの道のりを歩いて登校する。
自転車通学なんてのもあるのだがそれは学校から家が5キロ以上離れているやつののみの特権で、俺の周りの顔なじみはみんな小学生のころから田んぼだらけの見飽きた通学路を歩いて登校する。
金持ちのボンボンは車で親に送り迎いしてもらって登校するやつもいたりしてちょっとうらやましかったり、疎ましかったり。
特に夏の糞暑いこの時期は顕著にそのイライラが募っていく。車に乗った制服が見える度に「このボンボンが……」とか思ったり思わなかったり。
だが、一人だけそんなボンボンの中でも許してしまう人がいる。
「あっ!今の深井さんとちゃう?」
一台の赤いスポーツカーが通ると同時に細見が指さしてそう言った。
俺の中でボンボンでも許せる唯一の存在兼、俺が高校1年から片思いしている女の子兼、クラスのアイドルの深井 紫さんである。
黒真珠を思わせる艶のある長い髪と、島の人間とは思えないくらいに白く透き通った肌、鼻はツンと高く、細く品のある目つきと抱き締めれば折れてしまいそうな華奢な身体は俺のストライクゾーンど真ん中で、彼女に頼まれれば首さえちょん切ってもいいと思えるくらい俺の中では大きな存在である。
そんな深井さんに微笑まれる妄想をしていると呆れた細見がツッコんで来た。
「お前ほんま深井さんのこと好っきゃなぁ。見とってちょっと気色悪いくらいやわ。」
「セフィロトについて語りまくるお前よりは健全な精神に基づいとるわい!故にお前よりはまし!」
「はぁ~?セフィロト馬鹿にすんなよぉ~!!!」
とかなんとかごたごたやっているとボチボチ学校の予令が聞こえてきた。少しだらだらしすぎたようだ。あと5分で授業が始まってしまう。
セフィロトへの細見の愛情と深井さんへの俺の愛情について語り合うのはいったん置いておいて俺たちは学校へと急ぐのだった。
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学校の授業は退屈だ。
俺の志望する大学は正直今受験したとしても余裕で合格できる自信があるし、今の授業も難しいと感じることはそうない。きっちり予習復習をやっておけば大抵わかる。おまけに今は夏休み、なおのことやる気が出ないのはしかたのないことじゃないだろうか?
(なんか新しい趣味とか見つからねぇかなぁ……)
だらだらと授業は進み、時間は進み、俺はただただ机に向かうのに飽き飽きしていた。
夏期講習と言いながらもただの授業だ。きっちりと5時間目まで用意されていてとても夏休みとは思えない。
今日は7月の28日。8月3日には夏期講習は終わるのだが5日もあると考えるべきか、後5日で終わると考えるべきか……。
やっと昼食の時間になり、俺は友人と学食へと向かった。
いつも昼ご飯を食べるメンバーは決まっている。
「しぐれー!めしいこーぜ、めしー!」
セフィロトファンの細見はもういいとして、
「今日のメニューはなんかいなぁ~♪やっぱカレーがえぇよな!?カレーが一番うまいもんな!」
学食でカレー以外を食ってるのを見たことがない陸上部仲間の後藤 清四郎。彼は俺と同じ元短距離種目選手で、身長は俺より指三本分ほど大きいくらいだが、図体は俺より一回り以上でかい。オカワリくんとかドカベンとかそんなあだ名の付きそうなほがらかな顔をしたやつだ。
「君は本当にいつもカレーなんですね。あなたの頭の中は一体どうなってるんですか?」
元生徒会会長で東大を受験するほどの超絶秀才、中野 謙蔵。他のやつとは違いこいつはいかにもガリベンって感じだ。細マッチョなのだろうか、一見線は細いが、二の腕あたりはしっかりした肉付きをしている。チタンフレームのビジネスメガネを付け、きりっとした目つき、制服の着こなしも完璧。生徒会長の教科書があったならばまず彼が載っていること間違いなし、そんな人物だ。
そこに俺を入れた計4人だ。
他のやつも普通に仲はいいし、特に派閥があるわけでもないのだがなんとなく飯時はこいつらとつるむことがほとんどだ。
というのもこいつらは小学校の時からの腐れ縁で、所謂幼馴染というやつだ。
実際中学までは島の中の学校ということもあってほとんどメンツは変わらないのだが、高校ともなると学力に差が出て、島の外の高校に進むやつもいるし、就職したやつなんかもいてみんな結構バラバラになったりする。
「今日暇だったらカラオケいかね?」
唐突にそんなことを言い出したのは細見だった。
カラオケボックスは俺たちの歩いて行ける範囲に2ヶ所だけ存在する。俺たちにとってはボーリングなんかよりはよっぽどメジャーな遊びの一つだ。
だが個人的にはカラオケはあまり好きではない。そもそもあまり音楽を聞かない俺には不向きなのだ。人前で歌うのはなんだか恥ずかしいし……。
「いいねぇー!『ウェーブ』だったらカレーがメニューにあったしそっちいかね?」
「ウェーブ」とはカラオケボックスの名前だ。それにしてもこいつは……
「ほんとに君はカレーしか頭にないんですか?まぁカラオケなら行くけど」
俺の言いたいことはどうやら中野がツッコんでくれたようだ。
しかしどうやらカラオケには行く流れになってしまうらしい。
あまり気乗りはしないがたまには俺の「壊れかけのレディオ」をこいつらに聞かしてやるとするとしよう。
「ほなまぁ今日帰りにそのままカラオケいこうや!!」
そんなこんなで放課後はカラオケに行くことになった。
そんなどうでもいいようなカラオケで俺の人生が大きく動くことになるとは俺は思ってもみなかった。