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しましまロック  作者: kamunagi
第二章 バンド活動
17/24

タイム・トラベル・プランナー

 どうしてこうなったのだろう。


 今俺は深井さんと二人でデートしている。町で最もメジャーなファミレスで二人で食事をしている。そんなところに来てしまっては、田舎なもんだからそこいら一帯にクラスのやつらや知り合いやらがわらわらといたりするわけで、俺は(深井さんがかもしれないが)その注目を一点に集めることとなってしまった。


 あまりにも唐突なイベントに俺は額に汗をかき、笑っているのか苦しんでいるのかもよくわからない表情をしていることだろう。


「木村君はさぁ……家でどんな風に練習してるの?」


 長く、黒く、綺麗な髪をかきあげ、耳にかけるその仕草は俺にはあまりに刺激的すぎる。その上ストローでメロンソーダをチューチューと吸いながら、上目使いで質問してくる深井さんはどう考えても反則だ。


 所謂チートってやつだ。俺のHPは最大値だったにも関わらず、彼女の小手調べ程度の攻撃で俺のHPメーターが点滅するくらいに破壊力がある。注文したアイスコーヒーで目をそらして回復するほかない。


 今日こんなラッキーイベントのフラグがたったのは先日のRIZ初合同練習に他ならないのだろうが、正直それでどうしてこうなったのかはわからない。


 実際俺が真剣に練習に取り組んだのは確かだが、そんな簡単にフラグなんて立てられたら世話ないと思うのだが……。


 ただでさえ難攻不落の城である上に、高嶺の花でクラスのアイドル的な存在の深井さんだ。そんな彼女の気を引けるようなことを何かしただろうか。


 そう考え一度練習の時のことを振りかえってみる。



   □□□□□□□□□□□□□□□□



 一曲合わせ終わった俺はすぐにさっきの自分への評価を考える。


 正直自分としてはまだまだ完成には程遠いといった感触だった。


 何しろバンド演奏の状態というのは思った以上に歌いにくい環境だ。


 周りで奏でられる音が耳に入るばかりで自分の声がなかなか聞こえない。それ故にピッチもあってるのかどうか判断しづらいし、サビ部分ではがなり上げるように歌うために逆に周りの演奏が聞こえず、テンポキープがかなり難しい。

 そっちに気を取られているとブレス(息を吸うタイミング)の位置を間違えるわ、表現は甘くなるわ散々だった。


 しかし皆が優しいのか、自分に厳し過ぎるのか、素人上がりの俺を皆は褒めてくれる。


「木村君この短期間ですごい上達したね!!どうやったらこんなにすごいことになるの!?」


 いつもは切れ長な深井さんの目がまん丸になっていた。


(嗚呼……私は幸せです。深井さんからこのような慈悲深いお言葉をいただけるなんて……あぁ幸せ、チョー幸せ、めっちゃんこ幸せで有頂天になっちゃうぞーん!!!)


 しかしまぁ自分の評価と他人の評価にここまでズレがあると些か不安になるのも事実。褒めてもらえるのは嬉しいが、これをモチベーションにさらに精進せねばならんだろう。


 その後も休憩を挿みつつ、2時間近く練習してそのままガレージで雑談していると稔さんが姿をあらわした。


「おぉ!!やってんなぁ~。ってだべってるだけかいな!!」


「あの!!木村時雨です!!!この間のライブは素晴らしかったです!!感動すら覚えました!!また拝見させてください!!」


 俺にとっての生ける目標が突然現れて、変にテンションが上がってしまい、挨拶もなしに裏声交じりになるほど大声を出していた。

 言った後に気付いたが、実質稔さんとは初対面のようなものだ。

 そう考えると俺の行動は少し積極的過ぎたのかもしれない。


 周りも俺のあまりの唐突な変化に疑問符を隠しきれないようだった。俺がそれに気付き始めて、おろおろし出す。その様子を見て稔さんは俺の自己紹介よりも遥かに大きな声で笑った。


「自分相当おもろいなぁ!!天然とか言われへんか?」


(それはお宅の娘さんと奥さんのことだと思いますよ、お父様。)


 しかしそんなことが言えるわけもなく、苦笑いで誤魔化すことしかできなかった。


「ほんでも自分こないだのライブほんまに楽しかったんか?こっちから見たら自分だけ乗ってへんくってちょっとばかし悔しいくらいに思とったんやけどなぁ。ステージから見たら自分だけボーっとつっ立ってたからえらい目立ってたで。その分よう覚えとるけどな。」


 稔さんはどっしりとアンプの上に腰を落ち着かせ、俺たちの雑談に参入する。


 演者からも人はよく見える。ライトが眩しくて見えないなんて話はよく聞くが、実際は小さなライブハウスなら奥の人の表情が見えるくらいに見えるものだという。


「なんていうか、ただ楽しむだけってのがもったいないって思っちゃったんですよね。それまでやってたバンドとは段違いにレベルが高いと思えたので……何か一つでも持って帰ろうと思って……。」


 次は苦笑いで誤魔化すようなことはなかった。単純に思ったことを告げたまでだ。それくらいにこの人のことを俺は尊敬し、目標としているからだ。バンドの話は曖昧にしたくない。


「えぇ~~~!!!お前おもんな!!!そんだけ冷静にバンド見てるてどんだけやねん。真面目か!!気持ち悪っ!!」


(なんか尊敬するのやめにしよっかなぁ……すんげぇ子どもみたいなこと言ってるよこの人。)


 そんな俺の思いとは裏腹に周りは笑いに包まれていた。


「しかしまぁこっち側がまだまだやっちゅうこっちゃな。自分みたいな真面目ちゃんが冷静に考えるような余地なんてない、そんなロックをやれるようになれな本物やないやろ。」


 そう語る横顔はさっきまで俺をからかっていたそれとは全く違うものに見えた。全ての人を楽しませたい、狂わせたい、踊らせたいのだろう。それがこの人の目標であり、譲れない部分なのだ。99パーセントでは妥協できない。その妥協できない1パーセントがここにいるのだ。そりゃからかいたくもなるだろう。


 俺はなんとなく安心したような笑顔をこぼしていた。


 っとまぁなんやかんやあってその後解散したわけだ。


 それから数時間して夕飯時に深井さんからデートのお誘いが来た。


「よかったら明後日辺り二人でご飯でも食べながらお話聞きたいんだけど暇かな?」


 彼女の声で脳内再生されるメールに興奮せずにはいられなかった。


 そのテンションの異常さは愛子が俺の部屋を「大丈夫?」っとのぞきに来るくらいだ。



   □□□□□□□□□□□□□□□□



 っとまぁ今に至るわけだが……。


(何一つわからん。ってか思い返して思ったが、むしろ俺深井さんとほとんど絡んでないやんけ!!!そもそもは深井さんとお近づきになるためにスタートしたバンドやっちゅうのにバンドに夢中になり過ぎて失念しとったぁぁぁあああ!!!真面目か俺!!!いや、むしろそれで深井さん側から食いついてきたんやからこのルートは正解か?)


「木村君大丈夫?苦しいの?」


 っとそんな感じで身悶えてたら心配させて当たり前だ。自分の妄想力にはもう少し抑制を掛けるべきだろう。


「いやいやなんか深井さんと二人とかちょっと緊張するしさ。今まであんまなかったしさ。」


 しかしいよいよ深井さんの意図がわからない。


 思い返した限りなにもフラグになるようなことはなかった。


 果たしていかがしたものだろう。もし恋愛的な要素でデートに誘ったなら、こんな人目に着く場所は選ばない気がする。


 天然の深井さんのことだ。友達だと完全に思いきっているからこそこのような場所で二人でも行動できると考えた方が筋が通る。


(となるとやはりバンドのことだろうか。俺にアドバイスでもくれるのだろうか。細見は幼馴染で付き合いも深いが、小林はまだまだ知りあって日が浅いし恥をかかせまいとわざわざ場所を変えてくれたのかも知れないな。男を起てる深井さん……素晴らしい!!!)


「それで話戻すんだけど、木村君はどんな感じで練習してるの?」


 自分の中だけで納得して自信満々になった俺にはもう緊張の跡は無くなっていた。


「そうやなぁ……練習って言うとやっぱりボイトレとかやろうか。」


「それは教本とか使ってるの?」


「いや、ネットで片っ端から調べまくってるなぁ。本やと具体的なとこ分からんし、その点ネットやったら動画とかもあるからなぁ。」


 「ほぅほぅ……」と頷きながらメモを取る深井さん。ここまで自然に話をしていると付き合っているかのような錯覚にさえ陥りそうになる。


「後はめっちゃ曲何回も聞くかな。」


 調子づいてきた俺はどんどん舌の回転が速くなってくる。


「あの曲何回くらい聞いたの?」


「何回っていうか、ちょっと巻き戻しながら聞いたりしたからわからんなぁ。まぁ一日2、3時間くらいはずっと歌詞書いたノートにメモ付けまくってたけど……。」


「2、3時間!?」

 

 どうにも深井さんがつかめない。さっき俺が納得したポイントは間違っていたようだ。


「なんでそんなこと聞くん?」


 こうなったら直接聞いていく方が早いだろう。今の俺は勢いがある。


「なんだろ……木村君の急成長にはかなり驚いたんだよね。なんか嬉しい反面プライドズタズタって感じかな。でも木村君はもう仲間なんだもん。切磋琢磨っていうよりは協力して前へ進みたいじゃない。だからもっと情報を共有して私も成長したいなって。」


 俺はそんなに上手かっただろうか。正直バンドに関して俺はまだ自分を客観視できていない。しかし深井さんの言葉は俺が社交辞令だと思っていたこの間の褒め言葉を本当のことだと念押ししているように聞き取れる。


 少しくらい自信はもっていいのかもしれないが……。


「じゃぁなんで情報を共有すべきって思ったのにわざわざ二人で話すことにしたん?」


 ここに理由がないと深井さんの言葉は矛盾でしかない。


「そうねぇ……木村君は気付いてなかったのかもしれないけど、他の二人も私と一緒である程度の自信とプライドを持って練習に臨んでたんだよ。それが蓋を開けてみれば誰もが勝てるだろうと思っていた木村君の実力は予想以上。悔しいって思ったと思うんだよね。その『悔しい』の根本である木村君にいきなりご教授なんてできないと思う。男の子だしね。」


 そういってはにかむ深井さんの笑顔がいつもよりちょっとだけ苦しそうに見えた。


 俺は大きな勘違いをしていたようだ。


 俺は確実に実力を付けていけているらしい。その証拠に細見や小林、ましてや深井さんまでも「悔しい」と感じているらしい。

 

 今日深井さんが俺をデートに誘ったのは自分の成長のために他ならない。彼女が俺たちより少し大人で、俺の実力をすぐに認めることができたからだろう。そしてこれ以上負けていられないからだ。


 その根底は「愛情」なんていうよりも「妬み」の部分が大きいのかもしれない。


「それにしても深井さん周りよく見てるね。俺なんてそんなこと全然気付かんかったわ。自分のことで精一杯やったしなぁ。」


「まぁ私がバンマスだしね。当然と言えば当然のことだよ。」


 そんな事実を知ってしまってなんとなくやりずらい気もするが、ここで俺が手を抜いてはいけない。それはメンバーに対してさらに失礼なことだ。

 パートも違うし、実力を同じ物差しで測ることはできない。それでも俺たちはこうしてお互いに競い合いながら、協力しながら成長している。

 そんな願ってもないほどの上昇志向な関係が築けているのだ。

 俺だって負けていられない。キャリアがない分俺の成長はみんなより遅いはずだ。ますます頑張らなければ。


 それにしても深井さんは見る位置が変われば変わるほど色んな面が見えてくる人だ。


 この間までしおらしくおとなしい人だと思っていたら、バカみたいなことやりながらバンドメンバー勧誘する天然さんだった。そしたら今度は周りをしっかり見て空気の読めるバンドマスターだ。


 この人の頭の中は一体どんな構造になっているのだろう。

 

 まだまだ理解できそうにはないが、こうして色んな面が見えてきているということは、俺は少しずつでも彼女の心に近付けているということだろうか。



 深井さんの真意を聞き、俺は自信を持つことができたのだろう。積極的に自分の練習について話した。


 深井さんを射止めようとかそんなことは今は微塵も考えられない。それは彼女に失礼な気がするからだ。


 彼女もプライドを持って楽器と向き合って、俺と向き合ってしてくれている。俺ももっと自信を持とう。プライドを持とう。「お前ら俺の歌どや!!」くらいの気持ちでぶつかっていこう。それでこそ本当に「メンバー」になれる気がする。


 この日は結局夕方になるまで場所を変えることもなく、あーだこーだと個人、合同の練習について深井さんと話した。


 それはどこかすがすがしく、緊張がどうとか興奮してどうとかそういうものではない。恋愛対象としての深井さんでなく、ドラマーとしての深井さんと楽しい話をした。そんな時間だった。

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