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しましまロック  作者: kamunagi
第二章 バンド活動
16/24

スタート

 先日のライブから木村の様子がかなり変わった。


 具体的に言うと僕が遊びに誘ったってほとんど出てこない。


 昔から暇があれば遊んできた幼馴染兼親友だ。


 ましてやこんな受験期の夏休み。部活もなけりゃ生徒会もない。勉強こそ一緒にするかもしれんとは思っていたが、高校生活最後の夏休みだ。ここ何年かで一番遊ぶだろうと思っていた。


 それがどうしたというのか。「すまん今日は忙しい」って彼女が家に来てるのを隠す初心な中学生かお前は。


 今日から始まるメンバー全員でのバンド練までにあいつと遊んだのは一回だけ。それもいつもならファミレス行ったり、ゲーセン行ったりするのだが、TVゲームも一つもないあいつの家にお邪魔しただけだ。


 内容は今まで我関せずだった音楽の話を自分からあーだこーだと振ってくる、ギターの練習について質問してくる、挙句の果てには僕を一旦追い返しギターを取ってこさせてセッションさせようする始末。


 (そんないきなりセッションなんてできるわけないだろう……。)


 案の定そんな高度なことがいきなりできるわけもなく(そもそもギター買って幾日って人間なのだからリズムに合わせてさえ弾けない)、惨敗したのは言うまでもない。


 しかしなんていうのだろう。この熱心さというかなんというか。僕はそんな真っ直ぐ過ぎて周りがちょっと見えなくなるくらいの木村が好きだ。


 僕は別にそんな感受性豊かな人間じゃないからこないだのライブ一つ見たところでちょっとしたモチベーションの上昇にしかならない。


 しかし木村は俺のような凡人とは違うのだ。


 陸上だって生徒会だって彼の考えつくあらえる努力をしていた。あらゆる人に影響を受けることができ、一のことを十に広げることができる。一番になれなかったわけだから別に才能に恵まれていたわけではないだろう。


 でも僕はあいつを普通の人間だと思わない。幼いころから今まで長い間あいつの親友として隣で見てきた限り、あいつは「努力の天才」だ。「モノを好きになる天才」だ。


 あいつは好きな物は諦めない。そのためなら努力を惜しまない。僕はそれをよく知っている。


 全くあいつのそういうところが羨ましくもあり、尊敬するところでもあり、嫉妬と自己嫌悪に陥るポイントだ。


(こりゃぁ僕もオチオチしてられへんなぁ。ギターめっちゃ練習せぇへんとあっという間に抜かれてまいそうや。)


 これが「切磋琢磨」とかいうやつだろうか。僕にはあいつほど一点に集中できる才能はないが、「負けず嫌い」さでは負ける気はしない。


(今回別にあいつはギターお披露目せぇへんからあれやけど、ギターで言うたら僕は先輩なんやからそんな簡単に負けてられへんよ。なんかあいつに踊らされてるみたいで気乗りせぇへんけどなぁ。あいつのことは尊敬してるが僕にもプライドくらいあるんやからなぁ。)


 そんなことを考える僕はホントは最初からあいつのことを妬んでいるのかもしれない。あいつの「努力の才能」が欲しくてたまらないのかもしれない。その木村が自分の領分であるギターに侵入してきたのが怖いのかもしれない。


 それでも僕はあいつの「親友」なんだ。


 複雑な気持ちではあるが、僕の好きな「音楽」という部類に興味を持ってくれたことは何よりうれしい。


 バンドメンバーとして、親友としてそれは歓迎するべきだ。


 ただ僕の中でギタリストとしての彼が「教え子」の範疇を越え「ライバル」の領域にたどり着くのはそんなに先のことではないのかもしれない。


 友の成長に嬉しさ半分、追いつかれようとしている自分に悔しさ半分。


 そんな入り混じった感情を持ち合わせながらも、今日も笑顔で、ニコチャンマークを張り付けたようなこの顔で、僕は「ライバル」の家のインターホンを押すのだった。



   □□□□□□□□□□□□□□□□



「とりあえず一回合わしてみたりとかしません?」


 木村さんや細見さんより一足先に深井さん宅に着いた俺は早速ガレージに行き、アンプの電源をつけ、音の確認をしつつ深井さんに提案してみる。


 木村さんがまだ来ていない以上今はチャンスだ。

 ちょっとでも深井さんとの距離を縮められるよう彼女と関わるべきだ。

 そう思っての提案だった。


「いいよ!!ボーカルいないから曲展開間違えないようにね!!」


 深井さんの様子を見る限り、木村さんも俺もまだまだ全然男として意識されていない。

 天然さんというのはこれだからやっかいだ。

 どんな女の子でもこんなあからさまな積極性を見せつけられたら意識せざるを得ないはずだが、この人は恋愛なんかよりもドラムって感じの人だ。

 全く苦労させられる。そういう意味では木村さんが相手だからといってそこまで焦ることもないのだが……。


 ほとんど目立ったミスもなく一曲終了した。


「いやぁ~やっぱり小林君はうまいねぇ~。リズム的にはまだまだ小林君のベースに引っ張られちゃうよぉ~。」


「いやいや、俺もまだまだっすよ。ここまで単純だと逆にグル―ヴ(一体感や雰囲気、ニュアンスなど言葉で表現しにくい部分)出すの難しいっすよねぇ。」


(なんだろう、この妙なお互いの傷のなめ合いは……。こんなんやったらいつまでたっても距離を詰めるどころか男を意識させることさえできへんやんけ!!!一生後輩のままやぞ?俺ってこんなに初心やったか?なんかちょっと逆に恥ずかしいわ!!頑張れ俺!!)


「あの……よかったら今度食事に……」


 そんな俺の勇気ある一歩を踏みにじったのはやはりあの男だった。


「おっつー。」

「はよーっす。」


 思ったより全然早かった。やはり俺は木村時雨をライバルとして意識せざるを得ないようだ。このタイミングは宿命としか思えない。やつとは戦う星の下にあるらしい。


「おはよー!!……小林君なんか言いかけなかった?」


「いやぁほんま大したことやなかったんで忘れてしまいましたわぁ。」


 やつが来てしまった以上一旦攻城戦は中止だ。やつを見張ることで精一杯。高笑いしてごまかすしかない。


 それにしても、こいつはきちんと練習してきただろうか。細見さんはいいとしても木村さんはバンドなんて初心者中の初心者だ。個人練習の仕方さえ危ういんじゃないだろうか。


(俺はやるとなったらきちんとやりたいタイプや。ボーカルやからって歌詞覚える程度で来たんならボロクソにいうたらぁ。そして深井さんの前で恥をかくがいい!!フハハハハハハハハハ!!!!)


 なんだか俺の心の中が丸見えだったらなんて悪役っぷりだろう。

 なんとなく情けないような、切ないような。そんな気持ちにさいなまれながらももう一度曲の確認をするのだった。



   □□□□□□□□□□□□□□□□



 さて、そろそろ皆音出し(音量調整、音色確認などのこと)も済んできたころだろう。そろそろ始まるんじゃないだろうか。


 俺はベースを弾くのを一旦止め、周りの様子を確認する。


 するとその様子を見計らったように深井さんがスティックの動きを止めた。


「じゃぁ記念すべきRIZの初練習を始めますか!!!みんな準備はOK?」


 笑顔たっぷりに皆を仕切る深井さんは実にバンマス(バンドマスターの略称。バンドのリーダーとして皆を仕切る)らしく、その返事にはニヤニヤしながら「OKっす」と返すしかない。


 他の人達も準備はできているらしい。


 木村さんも先ほどまで眺めていた歌詞カードらしきものをポケットにしまい込んで準備完了を示唆する。


(さすがにそのボーダーはしっかり守ってきたか。しかしまぁ当然やな。歌詞も覚えてない状態でバンドするんやったら俺は帰るわ。)


 最初から皆メンバーにいたわけだから実質的な実力に関しては俺はよくわかっていない。その分俺はまだこの人たちのことを認めたわけではない。


 バンドをやる以上喧嘩してでも自分の筋を曲げる気はないし、少なくとも個人がそれくらいのプライドを持ってやらないとバンドとは呼べないと思っている。


「ほんじゃぁこの曲ギターからやし僕からやるよぉ。」


 細見さんが名乗りを上げ、イントロが始まった。


 このニルヴァーナの「You know your right」という曲はかなり単純な曲だ。確かに素人のいるバンドだし丁度いい。


 しかし単純な曲ほどその味を出すには感覚的な物が必要となってくる。それを曲を聴くことで受け取れる感受性と自ら表現できる運動神経が必要になる。特にボーカルはあの特殊なカート・コバーンの声に近づくのは大変だろう。


(まぁそこまで今日の練習で要求するのは酷ってもんだな。今日はとりあえず俺とのキャリアの差を見せつけてこのバンドでの主導権を握らせてもらうとしますか。)


 歌が始まり、Aメロを通過した。


(木村さん……めちゃくちゃ発音いいなぁ……ピッチ(音程のこと)もめっちゃ丁寧だ……。でもこの曲はサビでの盛り上がりまではなんてことない。音域も今のところ無理ある感じはないしな。)


 俺はあきらかに動揺していた。手元が狂って思わずミュート(弦を鳴らさなくする状態)し損ねた。どこか自分に言い訳しながら、木村さんの歌を認められずにいる。


 だが、そんな俺の悪あがきも無駄だった。




 サビを迎えると、俺の背筋にゾクゾクとした感覚が痙攣のように伝わる。



 

 そこにはギターを持たないカート・コバーンがマイクを握りしめていた。



   □□□□□□□□□□□□□□□□



 俺は言うほどボーカルには詳しくない。そんな俺にも分かるほどにあいつの歌はずば抜けていた。


 深井さんから話を聞く限りでは「個性的な」ボーカルとのことだった。


 しかしこの渋さ、しゃがれ具合、抑揚と雰囲気、そしてこの言葉ではあらわせない、オーラというものが存在するならばそれがあいつを包んでいるような、そんな感覚さえ覚えさせるカリスマ性。


 なにが指摘して恥かかして野郎だ。


 バンドを舐めていたのは俺の方だ。


 俺は自分のキャリアの長さと経験者としてのプライドでなんとなくここにいる全員よりも上手いと思い込んでいただけだ。

 本当に才能のあるやつはここまで大きく一歩を進み出すことができ、変われる。


 俺は俺を恥じた。


 自然とあいつから目をそらす。


 するとそこには深井さんの顔があった。


 彼女の顔がみるみる内に楽しそうな、輝かしい笑顔へと変わっていく。


(クソッ!!!クソクソクソクソクソクソォォォオオオ!!!!ムカつく!!!好きな人の変化は手に取るように分かる。このままじゃ負ける。俺は……。)


 俺は今まで深井さんに格好のいいところを見せることばかりだったのかもしれない。


 俺も男だ。バンド練にちょっと早く来るとか、そんな小賢しいまねはやめよう。


 正々堂々闘う姿で深井さんを惚れさせる。


 一曲やり終え、歯を食いしばる俺には誰も気づかない。


 皆の視線の先には木村さんの姿があるからだ。


 素直に認められない。悔しい。木村さんを褒める二人の声が俺の胸をえぐる音に聞こえた。


(俺はまだまだ子どもなんだなぁ。)


 その言葉が俺の中に響き渡ったとき。身体の力が抜けてすごく冷静になれた。そしてこれから先のことへと俺は思いを巡らせた。

 最初は引っ張られていた時雨が徐々にバンドを引っ張る立場になっていきます。


 物語の進行としては折り返し地点です。


 なんだか書いているとどんどん書きたいことが増えてくるのでもしかしたら分量的に半分ではないかもしれませんが、どうぞ後半もよろしくお願いします。

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