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2.獅子は夢を見ている

 保育園を出て、俺とラルフがやって来たのは、保育園から車で半時間ほど走ったところにあるファーストフード店。店の中では、うだつのあがらないサラリーマンや、学校帰りの学生達が屯している。

「さて、昔話を聞こうじゃないか」

 俺はカウンターに座り、ハンバーガーのセットを前にラルフに言った。彼はすでに自分のハンバーガーをほうばっている。

「ああ、そうだったな。まあ大体の内容は察しているとは思うんだが」

 ラルフは、口をもごもごさせながら切り出した。

「一週間前、俺の昔の知り合いから得た情報で、以前お前が捕まえた指名手配犯が、脱獄してアメリカを抜け出し、ここ日本の、それも都心に近い横浜の街に流れ着いたらしい。覚えているか? 七年前、当時の大統領宅に爆弾を仕掛けた犯人として、指名手配されていた人物……本名は俺も知らんが、通り名は、たしか『ダンプ(デブ)』という」

「さあ、忘れたね」

 俺は彼から目をそらし、ハンバーガーに口をつけた。

 ラルフは口の中のモノをシェイクで流し込むと、俺の表情をしばらく観察して、言った。

「ブラフだな。まあいい、忘れていようがいまいが、どうでもいいことだ」

「そういうことだ。それで?」

「奴は今、渋谷を拠点に、爆弾や、その他の火器をヤクザに流すシノギをやっている。奴さん、今は自分の金儲けのために必死だ。そこでだ、そのスキついて、俺達で……」

「そいつを捕まえて、一稼ぎしよう……ってすんぽうか」

「ビンゴ。情報をくれた知り合いの話によれば、ダンプには、すでに高額の懸賞金が掛けられている。しかし、この腑抜けの日本には、奴を捕らえられる人間はいない。が、俺とお前が組めば、何の造作もない仕事さ」

「馬鹿が、俺達は引退した身だぞ」

「しかしライセンスは未だに持っているだろう」

「そんなことを言っているんじゃない。それに、ここは日本だ」

「賞金稼ぎは許されないと言うのか? ならばそれは違うぞ、この日本という国は、そういった国際事情には関わりたがらない傾向を持っている。つまり、変な話だが、そういった場合に限り、今でも地表下で治外法権が生きているのさ」

「…………」

 俺はしばらく返す言葉もなく沈黙してしまった。見ると、ラルフは俺の次の言葉をじっと待っている。

 俺は溜息を一つつくと、キャメルに火をつけて訊いた。

「お前はどうして、俺をまた闇の世界に引き戻したがる。俺は今、やっと手に入れたカタギの生活で、日の光の下で生きているというのに」

 俺が言い終わると、ラルフは、また意味ありげな笑みを浮かべた。笑う彼の表情は、いつも何処かあどけなく、とても俺より五歳年上のオヤジには見えない。この男が日本にやって来たのは、元はカタギに戻った俺をからかうのが目的だった。しかし、彼が訪れたレストランで知り合った日本人の女性と恋に落ちてしまい、そのまま結婚してしまったのだ。それを機に、彼も日本に住むことを決意する。まあしかし、奴さん去年の春に離婚したらしいが。

 ラルフはゆっくりと口を開く。

「お前は……佐伯幸平は、まだ闇の世界を忘れちゃいないさ。俺には、お前の中で、虎視眈々と獲物を待っている野獣の姿が見えるがね」

「年のせいで目がイカれたとみえる」

「まじめな話だ」

「ならなおさらだ。俺はもう足を洗ったんだ、やるなら、一人でやってくれ」

 言い終わると、煙草をもみ消し、俺は「あばよ」と言い残し、食いかけのハンバーガーの乗ったトレイを持って立ち上がった。

 ラルフは俺に背を向けたまま、最後にこう言った。

「お前は、俺の知っている中では、最高の賞金稼ぎだぜ」

 しかし、俺は聞こえないフリをして立ち去った。


                                         *


 自宅のマンションに向かって走る、愛車のポルシェのハンドルを握りながら、俺は日本に戻ってきたときの事を思い出した。

 決意をしたのは、五年前に、最後の仕事を片づけたときだった。当時、俺はシェリーという恋人がいた。俺達は、この仕事が片付いたら、結婚しようと決めていた。シェリーは、俺と同業者の女賞金稼ぎで、年は俺と同じ、俺達は二十歳のときに知り合い、以後、彼女は俺のパートナーとして付き添い、そして恋に落ちた。

 

 ターゲットは、ロシアのマフィアを統率するザンギエフという男。俺はシェリーを伴って、男が宿泊するホテルの二階の部屋に踏み込んだ。作戦は完璧だった。俺達はあらかじめ調べていた、奴がボディーガードを部屋から出して女を呼び込む時間帯を狙い、まず俺が窓から襲撃する。そこで間違って殺してしまうと、賞金が半分になってしまうので、脅し程度に発砲して、奥の狭い通路におびき出し、そこに待っているシェリーが捕らえる――というものだ。

 俺は打ち合わせどおり、窓から侵入し、ベッドで女と戯れていたザンギエフに威嚇射撃をした。しかしそこで一つの誤算が起きた。ただの娼婦だと思っていた、ベッドの上の女は、なんとマフィアの一員で、彼女も銃を持って応戦してきたのだ。

 俺が思いがけない反撃にあって苦戦していると、そこで二つ目の誤算――俺の劣勢を知ったシェリーが、たまらず部屋の中に飛び込んできたのだ。彼女が俺の名前を叫ぶと、ザンギエフはそちらの方向に反射的に発砲した。弾は、まっすぐ彼女の胸に向かって飛び出し、そしてその心臓を打ちぬいた。

 俺は激しい怒りに襲われ、銃を撃ちまくった。目も、耳も、手も、何もかもが麻痺し、何の感覚のない状態でひたすら撃ちまくった。

 気がつくとそこには、シェリーの死体と、二つの肉片が転がっていた。


 シェリーを失った俺は、しばらく廃人のように、部屋に引きこもっていた。

 が、ある時、ふと思い立ち、日本に帰ることを決意する。俺は、賞金稼ぎで得た金を握り締め、再び日本の土を踏むことになった。

 

 日本に来て、しばらくは何の職にもつかず、ただ街に出て女と遊ぶ生活をしていたが、さすがに金も底をつき始め、働き口を探すべく、新聞の折込の求人広告に目をやった。

 自分の手にしている資格といえば、賞金稼ぎのライセンス、というものだけだったので、そんな青年を雇う企業は、今の日本にはほとんどなかった。しかし、広告の片隅に書かれている、『保育園のセンセイをやってみませんか?』という見出しの案内には、『資格、経験は一切不要、年齢制限はありません』と書かれていた。給料も、事務の仕事が出来ればその分水増しされ、そこそこいいモノになる。俺は軽い気持ちでそこの面接を受け、存外、あっさりと採用された。

 まあ、それが『みどり保育園』なのは言うまでもないが。

 最初は、何気ない気持ちで始めた仕事だったが、それが俺に与えたものは、とてつもなく大きかった。子供達と触れ合うことにより、俺の中で、何か暖かいものが生まれ、自分が徐々に変わってゆくのが分かった。

 俺は、今一度、日の光が当たるところにやって来た。

 俺は、今の自分を失うわけにはいかない。

 

 絶対に。 


 

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