熊本地震 僕の代わりに、助けに行ってくれて
「届かなかった手」と「届いてくれた手」の記録です。
その日、熊本で地震があった。
しばらくして、熊本に住む叔父から電話がかかってきた。
「マンションから出られん。助けてくれ」
電話の向こうの声が、いつもと違っていた。
父親を亡くしてから、叔父はずっと僕を気にかけてくれていた。
実家ももうないから、帰省するときは叔父のところへ行った。
盆や正月が近づくと、叔父のほうから電話をかけてきた。
「今年は帰ってこんのか」
そう言って、僕らが帰ってくるのを待っていてくれた。
僕に子どもができてからは、熊本城や水前寺公園へ子どもたちを連れていってくれた。
僕が仕事で帰れないときには、子どもたちだけ叔父のところへ行かせたこともある。
そのときも、叔父は嫌な顔ひとつせず、子どもたちの面倒を見てくれた。
父親を亡くしたあと、僕にとって叔父は、ずっと頼りにしてきた人だった。
その叔父が、
「助けてくれ」
と言っている。
「どぎゃんかしたと?」
話を聞くと、地震でマンションの中の家具が倒れ、玄関をふさいでしまったらしい。
ガラスもあちこちに散らばっているという。
「家の中では靴を履いとる」
叔父はそう言った。
「人ひとりなら、無理すれば通れる隙間はある」
けれど、叔父も叔母も、もう若くない。
二人とも、家具をまたいだり、ガラスの散らばったところを歩いたりすれば、
転んでけがをするかもしれない。
「こっちに来て、家具をどかしてくれ」
叔父は言った。
すぐにでも行ってやりたかった。
困っているなら、今度は自分が力になりたい。
そう思った。
けれど、僕は大阪にいる。
熊本まで飛行機で行き、そこからさらに車で移動するとなれば、かなりの時間がかかる。
気持ちは焦るのに、体は大阪から動かせない。
僕は少し考えてから言った。
「まず、消防に電話して」
「消防か?」
「そう。家具が倒れて玄関がふさがって、家から出られんって、そのまま言えばいい」
それから、叔父と叔母が家の中から出られずに困っていることを伝えるように言った。
自分が行けないなら、行ける人に頼るしかない。
電話を切ってからも、落ち着かなかった。
ガラスで足を切っていないだろうか。
家具の下敷きになっていないだろうか。
また何か倒れてはいないだろうか。
スマートフォンを何度も見た。
しばらくして、叔父から電話がかかってきた。
「消防が来てくれた」
その言葉を聞いて、ようやく息を吐いた。
消防の人たちはすぐに来て、玄関をふさいでいた家具をどかしてくれたそうだ。
電話を切ったあと、僕はしばらくぼんやりしていた。
ありがたいな、と思った。
僕が大阪から熊本まで行くには、何時間もかかる。
それを消防の人たちは、連絡を受けてすぐに来てくれた。
困っている叔父たちのところへ。
翌日、さらに知らせがあった。
ボランティアの人たちが来てくれたという。
倒れた家具を片づけ、散らかった家の中をきれいにしてくれたらしい。
僕が大阪で心配している間に、顔も名前も知らない人たちが、叔父たちのために動いてくれていた。
その話を聞いて、胸の奥が熱くなった。
もし僕が熊本まで行っていたら、どれだけのことができただろう。
家具をどかすことくらいはできたかもしれない。
散らかったものを片づけることもできただろう。
でも、もう若くない。
僕が大阪から駆けつけたところで、どれほど役に立てたかは分からない。
そう考えると、ありがたさが増した。
僕が行けないところへ、誰かが行ってくれた。
顔も名前も知らない人たちだった。
それでも、ありがたいと思った。
後日、僕は叔父に現金を送った。
自分が熊本まで行くために使うはずだったお金のつもりだった。
しばらくして、叔父から電話があった。
「ありがとうな。神棚に祭っておく」
「そんなことせんでええよ。使ってや」
僕はそう答えた。
電話を切ったあと、ふと思った。
今回、僕は叔父を助けに行けなかった。
それが少し悔しかった。
父親を亡くしてから、僕を気にかけてくれた叔父。
帰省すれば迎えてくれて、子どもたちまで可愛がってくれた叔父。
そんな叔父が困っているときに、今度は自分が力になりたかった。
でも、できなかった。
年を取るというのは、こういうことなのかもしれない。
若い頃なら、多少無理をしてでも熊本へ向かっただろう。
今は、自分の力だけではどうにもならないことが、少しずつ増えてきた。
それは、やっぱり寂しい。
けれど、今回ひとつ分かったことがある。
自分の手が届かないところにも、誰かの手が届くことがある。
僕が大阪で心配している間に、消防の人たちが来てくれた。
翌日には、ボランティアの人たちが家を片づけてくれた。
僕にはできなかったことを、誰かがやってくれていた。
これまで僕は、できることなら自分で何とかしなければならないと思っていた。
人に迷惑をかけたくないとも思っていた。
けれど、年を取れば、自分ひとりではどうにもならないことが増えてくる。
そんなときは、誰かの手を借りてもいいのかもしれない。
そして、いつか自分に誰かを助けられる力が残っているなら、そのときに返せばいい。
今回、僕が叔父に送ったお金など、たいしたものではない。
消防の人たちがしてくれたことに比べれば、ほんのわずかなものだ。
ボランティアの人たちが汗をかいて片づけてくれたことに比べても、小さなものだ。
それでも、ありがとうという気持ちだけは、形にしておきたかった。
あの日、熊本の叔父の家に来てくれた人たちの顔も、名前も、僕は知らない。
たぶん、この先も知ることはないだろう。
それでも、忘れないと思う。
僕が助けに行けなかったとき、代わりに動いてくれた人たちがいた。
だから今でも、心の中で頭を下げている。
ありがとうございました。
叔父を助けてくれて。
僕の代わりに、助けに行ってくれて。
自分の力が足りないとき、誰かの手がそっと伸びてくる。
そのありがたさを、あの日、深く知った。




