大成功
ゴミ捨てにいったんだ。
そしたらさ。
『ごみ袋残ってるんだけど』
って言われたんだ。
中身に何が入ってるのかわかんなくてさ。
一応置いといたんだよ。
って言ったら。
『ごみなんだから捨てといてよ』
って言われたんだよね。
なぜかさ。
それで、頑張るのをやめようと思った。
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『おーい』
『…なにぃ?』
『もうみんな移動したぞ』
『…なにがぁ?』
『教室。次家庭科』
『…やべっ』
授業終わった途端に眠気がなくなって、休み時間の後半に眠くなるの。
人体の欠陥だろ。
『急げ~』
『ちょ、ちょいまって』
急いで荷物を準備する。
『なんでこんな遠いわけ?』
『知らん。火事になったとき被害を少なくするためじゃね』
荷物をもって、廊下を走っていた。
微妙な感じの速度で。
寝起きだからか、体に力が入りにくい。
窓の光もなんというか、やけにつまらないように感じた。
『今日は予告通り、調理実習でーす』
部屋に入ると、もう説明が始まっていた。
『お、どうした。便所か?』
息を少し切らした、僕たちを見て言った。
ちょっと恥ずかしかった。
『先生。料理の前にそういうこと言わないでください』
誰かが言った。
『なんだ、お花摘みって言えばいいのか』
『配慮の問題です』
『心持ちぃ?』
なんか話してるうちに、そそくさと座った。
『んやぁ、どうでもいいや』
『お前ら、とりあえずエプロン着けろ』
遅れた僕たちを見ながら言った。
友達がエプロンを着ける。
袋のなかを探す…けど、見つからない。
『あ。忘れた?じゃあ、なしでいいや。私も普段エプロンなんてしねぇし』
どうでもよさそうだった。
『うーい、前見ろー。説明するぞー』
みんな前を見る。
偉くね。
『——以上。まぁ、ホワイトボードに全部書いてあるから、それ見ろ』
『じゃ、開始』
ぬるっと始まった。
なんか、適当に班ごと集まる。
こういうときだいたい、僕はなにもしない。
ただ見ている。
『まず?何すんの?』
『野菜を切る』
『切り方は?』
『…肉じゃがに入ってるっぽい形』
『なるほど、雰囲気ね。得意よ、そういうのは』
友達は、輪に入って。
僕だけ、疎外感。
自業自得だし、文句も出ないけど。
『あー。言い忘れてた。料理の出来は評価基準にないから、失敗しても気にすんなよー』
スマホを弄りながら言った。
いいなぁ。
『おい』
『……』
『おーい』
『…あぁ、何』
『玉ねぎ切って』
なんでわざわざ僕に?
と思ってみんなを見ると、全員玉ねぎにやられていた。
『弱』
そう言いながら、包丁を持った。
玉ねぎを切る。
『目がぁ!』
『涙止まんねぇよ…』
『ゴーグル持ってくりゃ良かった』
なんか喚いている。
ざくざく切っていく。
まな板から離れて、口で息する。
『切るぐらい。だれでもできる』
切り終わった。
『よくやった』
『英雄の帰還』
『…で。次は?』
僕が言った。
自分でも、何で言ったのか分からない。
『鍋に入れる…のか?』
『先調味料の準備か?』
確定してない情報を教えてくる。
なんだこいつら。
『いや、ホワイトボード見ろよ』
『うーん正論』
『えーっと?』
一人が、前にあるホワイトボードを見た。
『砂糖、醤油、みりん、を用意だそうです』
『分量は?』
『えっ。適当って書いてある』
『は?』
『んなわけなくね』
『見ろって』
『……?』
本当だ。適当って書いてある。
『先生!』
『なんだ?』
『適当ってなんですか!』
元気なやつが、元気よく聞いた。
『はい。説明聞いてなかったお前らが悪い~』
『え』
『ほら、別の班見てみろ』
『あれ、誰も困ってない』
『すごいな、お前の班全員聞き逃したの?』
先生が笑いながら言った。
『まぁいいや。説明すんのめんどいし。適当に入れろ』
『雑』
『雰囲気だ雰囲気。肉じゃがなんてそんなもん』
そう言って、またスマホを見始めた。
『終わった』
『完全に終わった』
ホワイトボードを見る。
砂糖、醤油、みりん。
以上。
本当にそれしか書いてない。
『まじで?』
思わず口に出ていた。
『な。やばいよな』
なんか共感された。
『…よし、ここは、雰囲気の伝道師が参る』
そういって、器に、適当にいれ始めた。
なんか、意外といい感じそうか?
『よし。一旦これでいこう』
『少なくない?』
『少なかったら足せばいいじゃん。多かったら修正利かないだろ』
『えっ賢くね』
会話を聞いていた。そういうことね。
『で、次は——』
『出来た!』
『見た目いいじゃん』
『旨そうじゃね?』
確かに、美味しそう。
『ちょっと味見』
箸でつかんで、そいつがジャガイモを食べた。
『…味しない。いや、味はする。めっっっちゃジャガイモ』
『少ないやん』
『どーしよ』
『ここからでも入れる保険ってありますか』
『どーしたー?』
先生だ。
そろそろみんな終わり始めた頃だから、見回っている。
『味が薄くて』
『ちょっと失礼』
僕たちの肉じゃがを食べた。
『うん。薄いね』
『だろ?』
『…じゃー、こう』
計らずに、調味料を鍋に入れた。
『これでもうちょい煮込みな。混ぜろよ』
それだけ言って、別の班のところへ行った。
『え、かっこいい』
『惚れちゃう』
『やめとけ』
鍋を混ぜる。
『明らかにいい匂いだぞ』
そのまま、少しの間混ぜていた。
『そろそろいいだろ』
『食べまーす』
さっきと同じやつが食べた。
『うんまい』
『よし。盛り付け』
他の班よりも遅れていたから、急いで盛り付けた。
それで、席に座る。
『はーい。みんな終わったみたいなのでご飯タイムでーす』
『手を合わせてー』
言われた通りにする。
『いただきます』
『いただきます!』
みんな食べ始めた。
僕はなんとなく、先生を見た。
『卵焼き…卵焼きねぇ』
なんかぶつぶつ呟いてる。
『おい。食えよ』
そう言われたので、食べた。
『うん。肉じゃが』
『大成功だろ』
『これは成功だね』
そんで、食べ終わった。
『食べ終わったら各々片付けしといてね』
ということで。
片付けを精力的に行った。
これなら失敗もしないし。
『はーい。皆座ってー』
片付けもさっさと終わって、授業も終わりの時間。
『みんな上手く作れてたね。事故も起きなかったし、百点』
基準が低い気がするけど。
『もしよかったらね。家でもやってみね』
いやぁ。やらないかなぁ。
『じゃ、終わりまーす』
終わりの挨拶が終わる。
みんなが教室に帰りはじめて、混む。
だから、少し待っていた。
その間先生を見ていた。
ただ、なんとなく。
『甘いやつってどうやって旨く作るんだぁ?』
やっぱり、変なことを呟いていた。
放課後。
『なんか、家、帰りたくないな…』
そう思った。
だから教室に残って、みんなが部活やってるところを、窓越しにただ見ていた。
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『んぉ?』
卵焼きを作った帰り。
教室に、一人残ってるやつがいた。
…寝てね?
『なーんか、シンパシー感じるね』
起こすか。
もう暗くなってきてるし。
『おーい』
体を揺らしながら、声をかける。
『…なにぃ?』
少し体の向きを変えて、そう言った。
かわいいなこいつ。
『もう暗くなるぞ、帰れ』
空が淡く色づいている。
『…せんせぇ?』
『…ん?』
何か気付いたのか、椅子からすごい勢いで立ち上がった。
『すっすいません。すぐ帰ります!』
『ストップ』
『はい』
『座って』
『…?はい』
『寝起きですぐ動こうとしちゃだめだ。転ぶぞ』
『でも、早く帰んないと…』
『ん?帰りたいの?なら、一緒に校門まで行こう』
『…いや、ここにいたら迷惑かなって』
『いやぁ?くそみたいな事務作業より百倍楽しいね』
そこら辺の椅子を引いて、座った。
『で。どうしたの』
『どうしたって…とくにありませんけど』
『…職員室帰るの嫌だから、何でもいいから捻り出せ』
『えぇ……』
『…じゃあ、話しますけど』
『うんうん!』
『…嬉しそうにしないで下さい』
『…いつの日か、ゴミ捨てに行ったんです』
話の邪魔をしないように、黙った。
ちゃんと、目を見て。
『そしたらお母さんに「ごみ袋残ってるんだけど」て言われて』
『中に何が入ってるか分からなかったから、一応置いといたんだよ、って』
『うん』
『そしたら、「ごみなんだから捨てといてよ」って言われて』
『なんか……』
彼が口ごもった。
……うーん。
私が椅子から立ち上がる。
それで、窓の側まで歩く。
意味ありげに外を見た。
空は、相変わらずのグラデーションだった。
『それで?どう思ったの。それとも、ちょっとした違和感みたいなもの?』
『…頑張りたくないなぁって』
『そっか』
そのまま、少し過ごした。
返答を考える時間が欲しかったのかもしれない。
適当なこと、言っちゃ駄目だ。
『そうだなぁ。今、今日の君を思い出してるんだけどさ』
窓の外を見ながら。
決して、目は見ずに。
『え。見てたんですか?スマホ弄ってたのに?』
『…そこはほら…あー、うーん、言い訳が思い付かないな』
『まぁ、それは置いといてね?』
『玉ねぎ切ってたね』
『はい。雑魚しかいなかったので』
顔は見えないけど、真顔なのが伝わってきた。
『ふふっ。まぁ、そうね』
『それは君の中で、頑張りに入るかな』
『分かりません。仕方なくやっただけです』
『そうか。でも、それでも君は、他の人よりも上手く出来た』
『はい』
『別に、頑張らずとも出来た』
彼は言ってないけど。
私が言いきる。
『みんな失敗したんだから、僕が失敗してもきっと責められない、そんな気持ちでやったのかな』
『…そうですね』
『さて。これから何がわかるでしょうか』
『……僕の性格の悪さとか?』
『えぇ?そうなるの?…性格悪いっていうのはもっとなんというか、陰口とか、そういうのじゃないの?』
『そうですか?』
『…わかっかんね』
『…あの、それで、何がわかるんですか』
『君の、君自身への評価は、当てにならないってこと』
『どういうことですか』
『だって、他のやつらが出来ないこと、出来たじゃん。なんか、玉ねぎの切り方知ってたみたいだし』
『…不安で、前日調べたんです』
『偉いじゃん。あのバカどもよりも』
『…何が言いたいんですか?』
『つまりさ。成功を自分で決めるんだよ』
『…どういうことですか?』
『君のお母さんなんかに、君の頑張る意味を持たせちゃ駄目だ。だって、君がどれほど頑張って、どれぐらい考えて行動したか何て、考えてくれない』
『…詭弁です。だって、それでも、失敗は怖い』
自分を責めるみたいに言った。
『…それは、君の責任じゃない。失敗を許さない周りのやつらが悪いんだよ』
『…こっち来て』
隣を、とんとんと叩いた。
彼が椅子から立ち上がる音がして、やがて足音。
『…この世界はね、不条理なんだよ。自分の成功を疑わないやつが、成功する。もちろん、そればっかりじゃないけどね。でもね、それって、そいつの力じゃないんだ』
『え?』
『君が言った、ゴミ捨てもそうでね。失敗って、許されないんだ。テストも、登校することも、なんでもそう。みんなが出来ることが出来ない。その人が思っている基準を下回る。するとね』
『頑張った失敗って言うのは、価値がなくなるんだ』
『みんな、頑張れば最低限、これぐらいは出来るだろ。みたいな基準を持っているからさ。だからさ、成功なんてのは、それに上手く噛み合っただけ』
『……』
『君のごみ捨ての場合はさ、持っている知識に差があった。お母さんは知っていて、君は知らなかった。だけどお母さんは、頑張れば出来るの最低ラインを越えられなかった結果を見て、評価してしまったんだ』
『………』
『でもさ』
私は窓枠に軽く寄りかかった。
『そんなの、こっちにはどうしようもないじゃんね』
『…はい』
外を指さす。
校庭ではまだ部活をしている生徒がいる。
『あれみてさ、どう思う』
『…頑張ってます』
『うん、私もそう思う。運動とか嫌いだし』
『ここでの常識は、部活を遅くまでやってるやつは頑張ってる。こうなるね』
『はい』
『……常識からずれてしまった基準を持ってしまった子は、どんどんおかしくなっていく』
『私たちが今作った基準も、誰かにとっては不都合なものなんだ』
『つまりさ、他人の声なんて、当てにならないんだ』
『…さっき、自分も当てにならないって言いませんでしたっけ』
『そう。でもね。都合よく基準を作れるのは、自分だけなんだよ』
『………』
『きっとね。みんなから見れば、私は結構変人なんだ。でも、それでいいんだよ』
『死なない程度に、君も変人になろうぜ』
『…あはっ。あははっ』
『おい、笑うな~。真面目な話だぞ~』
『なんだか、どうでもよくなりました』
『ありがとうございます。先生』
表情は分からないけど、少しだけ、声に感情が乗った気がする。
『僕、帰りますね』
『おう。気を付けろよ』
『はい!』
……昔の私を、見てるみたいだな。
そのまま、空を見た。
『うーん。大成功。百点』
最初の視点は、誰のものでしょーか。
この先生好きすぎて、いつの間にかこんな話になってたぜ。




