#5
タクミ先輩は、時計を見て立ち上がった。
「あ、やばい。もう行かなきゃ。これからミーティングなんだ」
「あ、はい。今日はありがとうございました」
「いや、俺も久しぶりにカズヤと話せて良かった。またな」
先輩は手を振って、店を出ていった。
一人になって、俺はしばらく席に座ったままだった。窓の外は、もう完全に暗くなっていた。街灯の光が、歩いている人たちを照らしている。
スマホを取り出した。LINEを開く。ユウタとのトーク画面。最後のメッセージは昨日の「明日の集まり、よろしく」。その後、今日のことがあって、何もメッセージを送っていない。
指が、入力欄に触れた。
「悪かった」
そう打ち込んで、すぐに消した。違う、それだけじゃ伝わらない。
「今日はごめん。俺、ちゃんと話し合いたい」
それも消した。何を話し合うんだ?
俺は考えた。タクミ先輩の言葉を思い出しながら。
ユウタは、本当は何を言いたかったんだろう。「みんなの意見も聞こう」「もっと話し合おう」。それって、企画の内容がどうこうじゃなくて、一緒に作りたかったってことなのかもしれない。
思い返せば、ユウタは最初から俺の案を否定していたわけじゃなかった。「カズヤの案もいいと思う」って言ってくれていた。でも俺は、その後の「でも」しか聞いていなかった。
「でも、もっとバランスを...」って、それはユウタなりの提案だったんだ。俺の案をベースに、みんなで作り上げていこうっていう。
なのに俺は、「バランスなんていらない」って切り捨てた。
他のクラスメイトも、黙って見ていたわけじゃなかった。みんな、何か言いたそうにしていた。でも俺が、常に自分の意見を押し通すから、誰も言えなくなっていた。
タクミ先輩の言葉が蘇る。「お前が全部やっちゃうから、みんなが何もできないんじゃないか?」
俺、ずっと一人でやってた。一人で考えて、一人で決めて、一人で進めて。それで「みんな何もしない」って文句言ってた。
ユウタの顔が浮かんだ。今日、初めて見せた怒った顔。いつも優しいユウタが、あんな顔をするまで我慢していたんだ。
俺、最低だ。
スマホの画面を見つめた。何を送ればいい?
ごめんなさい?それじゃ足りない。
話し合いたい?その前に、ちゃんと伝えなきゃいけないことがある。
指が、ゆっくりと動いた。
「ユウタ、今日はごめん。俺、お前の話、ちゃんと聞いてなかった。お前が言いたかったこと、今ならちょっと分かる気がする。明日、もう一度話せないか?今度は、俺が聞く番だ」
送信ボタンに指が触れた。でも、まだ押せなかった。
これを送ったら、何かが変わる気がした。俺が変わる気がした。
それが怖くもあり、でも、なんだか少しワクワクもした。
タクミ先輩は、仲間と向き合って、謝って、また一緒にやり直して、今は楽しそうに会社をやっている。
俺も、ユウタと、みんなと、もう一度やり直せるだろうか。
今度は一人じゃなく、みんなで。
深呼吸をして、送信ボタンを押した。
メッセージが送られた。既読はまだつかない。ユウタは今、何をしているだろう。まだ怒っているだろうか。
でも、不思議と焦りはなかった。
俺は席を立って、店を出た。
外は冷たい風が吹いていたけど、なんだか気持ちよかった。
明日、ユウタと話そう。ちゃんと聞こう。
そして、みんなで、最高のお化け屋敷を作ろう。
スマホが震えた。ユウタからの返信だった。
「分かった。明日、話そう」
短いメッセージだったけど、それで十分だった。
俺は、初めて、本当に前に進めた気がした。
(了)




