#3
「俺もさ、カズヤと同じことやったんだよ」
タクミ先輩は、窓の外を見ながら話し始めた。
「会社立ち上げて、半年くらい経った頃かな。最初は三人とも、すごくワクワクしてた。自分たちでアプリを作って、世の中に出すんだって。毎日、夜遅くまで集まって、ああでもないこうでもないって話し合ってた」
先輩の声は懐かしそうだった。
「でも、段々と意見がぶつかり始めた。特に、アプリの方向性について。俺は『もっとユーザーを増やすために、機能を増やそう』って考えてた。でも、プログラミング担当のハヤトは『シンプルな方がいい』って言う。デザイン担当のケンジは『まず見た目をもっとかっこよく』って言う」
「それで、どうしたんですか?」
「最初は、ちゃんと話し合ってた。お互いの意見を聞いて、どうするか決めようって。でも、俺は自分の考えに自信があったんだ。だって、マーケティング担当は俺だし、ユーザーが何を求めてるかは、俺が一番わかってると思ってた」
先輩は苦笑いした。
「だから、二人の意見を聞いてるふりして、結局、自分の意見を押し通した。『俺を信じろ』『これが絶対に正しい』って。二人は最初、渋々従ってくれた」
俺は先輩の話に引き込まれていた。
「で、どうなったんですか?」
「最悪だったよ」
先輩は、はっきりとそう言った。
「機能を増やせば増やすほど、バグが増えた。ハヤトは毎日、朝まで修正作業してた。ケンジは、デザインがどんどん複雑になって、使いにくくなってると指摘してくれた。でも、俺は聞かなかった。『もうちょっと頑張れば、絶対にうまくいく』って」
「それで...」
「ある日、ハヤトが言ったんだ。『もう無理だ。俺、抜ける』って」
俺は息を呑んだ。
「最初は、冗談だと思った。でも、ハヤトは本気だった。『タクミ、お前は俺たちの意見を聞いてるふりして、全然聞いてない。何を言っても、最終的にはお前の意見になる。俺たちは、お前の言うことを実行するだけの道具じゃない』って」
タクミ先輩の声には、今でも後悔が滲んでいた。
「それを聞いた時、最初は腹が立った。『俺がこんなに頑張ってるのに』『お前らのためにやってるのに』って。でも、ケンジが言ったんだ。『タクミ、ハヤトの言う通りだよ。俺も同じこと思ってた』って」
「二人とも...」
「そこで初めて気づいた。俺、一人で突っ走ってたんだって。二人の意見を『聞いてる』つもりだったけど、実際には『聞き流してた』んだ。自分の考えが正しいって、最初から決めつけてたから」
先輩は、俺の目を真っ直ぐ見た。
「カズヤ、お前、今日の話をしてる時、気づいたか?」
「え?」
「お前、ユウタの意見を一度も肯定してないんだ。全部『でも』『だって』『いや』で始まってる」
言われて、ハッとした。確かに...
「俺もそうだった。『でも、俺の方が正しい』『だって、俺の方が考えてる』『いや、お前らが分かってない』。ずっとそう言い続けてた」
先輩は、フラペチーノのカップを両手で包むように持った。
「で、その後どうなったんですか?ハヤトさんは...」
「謝った。土下座して謝った」
「え...」
「それくらいしなきゃ、伝わらないと思った。俺が本気で反省してるって。それに、ハヤトもケンジも、本当に大切な仲間だったから。失いたくなかった」




