希望
部屋の中に流れるテレビの音だけが、ここに人がいることを主張していた。
締め切った部屋の中に焼酎ペットと、コンビニ弁当の残骸が小山を作っている。
俺はゴミの中で目覚めると、突っ伏した体勢のまま焼酎に手を這わせた。
ゴミ山の崩れる音がして手が空をかく。
観念した俺は顔をしかめながらあぐらをかき、痛む頭を抑えた。
視線を走らせると、目当ての焼酎に手を伸ばし一気に煽る。
風味などない安物の甲類焼酎が、喉を焼きながら腹に収まる。
わずかにあった思考の断片も、アルコールによって霧散し、いつものように体が畳の中に沈み込んでゆく。
薄い玄関ドアを叩く音が部屋に響いた。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん、開けないと大家さんに開けてもらうよ」
どうやら妹がやってきたらしい、言葉が脅してないことを知っている俺は、嫌々ながら玄関へ向かう。
「なんだ、突然」
玄関を開け、かすれた声をなんとか絞り出した。
「突然じゃないわ、電話しても出ないほうが悪い」
クモの巣の張ったアパートの廊下に、妹が荷物を持って立っている。
スマホをポケットから取り出して確認すると、何日も前から妹の着信履歴が並んでいた。
妹はその間にも部屋の奥に進み、惨状にため息を付くと掃除を始めた。
二人がテーブルを挟んで座れるスペースを作ると、対面を指差す。
「座って」
不承不承、示された位置に座り込む。
「佳苗さんが実家に来たわ」
俺は思いがけない名前に目を剥いた。
「何であいつが実家に?」
「それよりもお兄ちゃん、彩織ちゃん、高校進学の費用を出してもらえないって言っていたわ。お母さんから就職してお金を入れるように命令されているって」
脳裏に佳苗の顔が浮かび拳をテーブルに叩きつける。
家から出ていったあの日、あの女は少なくとも金に困るようなことはないと啖呵を切っていたではないか。
なんとかしてやりたいが、学費を援助できるような蓄えはない。
両目の視野が狭まり、自分に対する怒りと情けなさで頭に血が上る。
震える両手を見つめ、拳を握っては放つを繰り返した。
息をつき、顔を上げると妹は居なかった。
荷物は置いていっているし、靴もないので帰ったのだろう。
どうやら自分の精神や意識はだいぶアルコールに毒されているらしい。
立ち上がり、ふと足元に目をやると自分のものとは思えないほどやせ細った足があった。
脱衣所へ向かい、いつから着ているかもわからない服を脱ぎ捨てる。
浴室に入り、シャワーを頭から爪先まで浴びた。
温かな感触が体の汚れを少しずつ取り去ってゆく。
体を隅々まで洗うと、シェービングクリームを顔半分に塗りつける。
二枚刃のカミソリを喉の髭に当てた。
震える右手に舌打ちをすると、左手を添えて無理やり手を動かす。
鏡には、肌の白い、目を爛々と輝かせた男の顔が写った。
用を済ませて脱衣所に出ると、息が上がり、眼の前が真っ暗になって倒れ込んだ。
笑いが込み上げてくる。
不摂生を極めると、風呂に入るだけで体力が尽きるらしい。
体力が回復するのを待って身なりを整えた。
クローゼットの奥に仕舞い込んだスーツとシャツには防虫剤の匂いが染み付いている。
何も考えていないのに体が動く、こんな感覚は久しぶりだった。
求人広告を手に取り、内ポケットへ入れる。
俺は革靴の紐を結ぶと玄関を開け、勢いよく歩きはじめた。




