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平民ですが、何か?

作者:


「店長! 時給、上げてくださいよ!」


俺の名はカイル。定食屋「旅人の炉」で働く平民だ。話しかけたのは店長のマレン。


「はぁ? 先月上げたばかりだろうが!」


「俺の生活、スレスレなんですよ〜。貴族どもの標的にされちゃいますよ〜」


「うちだって厳しいんだよ、カイル。」


マレンはため息をついた。


「国王が変わってから税金がバカみたいに上がって、物価も高騰する一方。借金ばっかりだ。」


「来年も税率が上がるって噂ですね。」


「今でもギリギリで生きてる国民が多いのに、国王は何考えてんだか。」


「近々、増税の声明が出るらしいですよ。全国放送で。」


「知ってる。どうなることやらな。」


マレンの声は重かった。


「そういや、前の国王はよかったよな。国民のこと本気で考えてた。先代のご子息、エリオス様だってさ。父親の意思を継ぐ立派な奴だったって話だ。」


「なんで今の国王になっちゃったんですかね。」


「詳しいことはわからんが、先代が決めたことだ。その先代も王位継承してすぐに病死したしな。」


「そんなこともありましたね。あっ!店長! 俺そろそろ上がる時間なんで!」


「おう、明日もちゃんと来いよ。時給アップも考えておいてやるから。」


「さっすが店長! 明日も絶対来ますよ! まかないはステーキで頼みます!」


「バカ野郎、調子に乗るな!」


仕事を終え、俺は定食屋を出た。夕方のカルディアはまだ明るく、人通りが賑わっている。


この国には三つの階級がある。王族、貴族、平民だ。王族は純粋な血筋、貴族は血筋か功績で決まる。それ以外は平民と呼ばれる。だが、もう一つ、隠された階級がある。貧民だ。公式じゃない。一部の貴族が、惨めな暮らしの者を蔑むための差別的な呼び方だ。


カルディアは貧富の差がひどい。元々、平民を蔑む貴族が多かった。それでも先代国王の頃は、なんとか均衡が保たれていた。あの人は国民を本気で考えていた。


でも、今の国王になってすべてが変わった。差別主義者の貴族どもと手を組み、平民への横暴が止まらない。重税で苦しむ人々、貴族のわがままで潰される暮らし。


だから、平民なら覚えておくべきことがある。「貧民」と呼ぶ貴族には近づくな。



なんてこの国じゃ暗黙の了解だ。なのに目の前の少女が貴族に絡まれている。相手はヴァルドレイン家の貴族だ。平民への当たりが特に強い一族。女や子供にも容赦ない。


ロベルリン家なら、同じ平民嫌いでも、子供好きだから多少の温情があったかもしれないのに。



「貧民の小娘! 自分が何をしたか分かってるのか?」


貧民? この少女のどこを見てそう呼ぶんだ? 服は薄汚れ、所々に穴がある。だが、子供なんて外で遊べばそうなる。健康そうで、目はキラキラしてる。貴族が「貧民」と呼ぶのは、布切れをまとい、飢えてやせ細った者達だったはずだ。


なのに、この少女を貧民と呼ぶ。国王が変わり、重税で国民が苦しむ今、貴族どもはどれだけ私腹を肥やしてる? 傲慢に振る舞い、まるで自分たちが特別だとでもいうように。ただ貴族の血筋に生まれただけじゃないか。


「あの、なんかありました?」


俺は貴族に声をかけた。普段なら近づかない。だが、絡まれてるのが世間知らずな子供なら、放っておけない。


「貴様! その汚い身なりで私に近づくな!」


ヴァルドレイン家の貴族が怒鳴る。


「すみません。でも、見過ごせなかったんで。」


俺は冷静に答えた。内心、こいつの傲慢さに腹が立つ。


「この貧民の小娘が、私に石を投げたんだ!」


貴族が少女を睨む。


「あなたが前に、私のママに汚いって言ったからでしょ!」


少女が言い返す。


おお、なんて強気な子だ。将来有望だな。いや、将来があるなら、の話だけど。


「汚いものに汚いと言って何が悪い? 貧民が貴族に盾突くな!」


貴族が少女に棒を振り上げる。俺の血が沸いた。


「貧民、貧民って、差別すんなよ!」


俺は貴族を殴りつけた。


「お嬢ちゃん、今のうちに帰りな!」


少女が駆け出す。周囲の人が足を止め、息をのむ。


貴族は顔を真っ赤にして叫ぶ。


「衛兵! この貧民を牢にぶち込め!」


衛兵が俺を囲む。やれやれ、って感じだ。


「まぁ、ちょうどいいか。」


俺は肩をすくめて連行される。

牢獄に着くと、衛兵が鉄格子に俺を押し込む。


「バカな奴だな。生きて出られる保証はねえぞ。」


「はは、だろうな」


俺は笑った。内心、少女が逃げられたならそれでいい。


「でも、すっきりしたぜ。」


衛兵がニヤリと言う。

俺は牢の壁にもたれる。


牢獄に入れられて3日。ろくな食事も与えられず、腹が減る。ひもじいなんてもんじゃない。この国の貴族どもの腐ったやり方には、うんざりだ。


衛兵がやってきた。


「カイル、死刑が決まったぞ。」


「へえ、そうか。」


俺は笑った。ヴァルドレイン家の貴族が話を盛ったらしい。


「強がってると、楽に死ねねえぞ。」


衛兵が睨む。


「まぁ、死ぬつもりはないからな。」


俺は肩をすくめた。


「そういや、あんた、久しぶりだな。」


「久しぶり? 毎日来てるだろ。」


衛兵が怪訝そうに言う。


「もっと前に、何度も会ってるだろ。」


俺は目を細めた。青い目が赤く光る。


衛兵がハッとして慌てる。


「し、失礼しました!」


頭を下げた。


☆☆☆


王城の裁きの間。魔法紋が刻まれた石柱が薄く輝く。全国放送の日だ。

貴族だけが集まる。平民は入れない。爵位の低い反対派貴族たちが、国民の声を代弁し、ざわめく。


奥の玉座に、クラウス・ヴァルディア王がふてぶてしく座る。差別主義者の高位貴族が脇を固める。傍らには最強の騎士、セリス・アルヴァード。無表情だが、苛立ちを隠しきれていない。


放送が始まる。反対派の貴族が声を上げる。


「陛下! 重税で平民の暮らしは貧しくなるばかりです。減税を求めます!」


「この5年で平民の生活費は2倍! なのに一部の貴族の暮らしは豊かになる一方です!」



もう一人が続ける。


「税金は本当に正しい使われ方をしているのですか? 労働者が減れば、国は衰退します!」


クラウスが鼻で笑う。


「減税だと? 冗談はよせ。国の繁栄には金が要る。軍備を強化し、魔法の防衛網を築く。他国が侵略の動きを見せている。備えは必要だ。国民を守るため、魔法学院を設立し、交易路を保護し、貴族の館を拡張する。すべて国のためだ。平民の我慢は必須だ。」


「では、ルシアン・デュラント公爵の脱税はどう説明します? 王族に次ぐ爵位の者が、なぜ処分されないのです?」


ルシアン公爵がクラウスの近くで顔を強張らせる。ざわめきが広がる。

クラウスが冷たく言う。


「ルシアンは国のために尽くしている。魔法防衛網の監督、交易路の管理、全て彼の功績だ。些細な噂を気にするな。」


「功績? 国民は重税で苦しみ、貴族は私腹を肥やす! 陛下、継承前には全ての国民が豊かに暮らせると約束しました! 平民の税負担を今より減らし、貴族の横暴を禁じ、教育を平等にすると! この格差が国を滅ぼします!」


クラウスが内心つぶやく。それはワシではない。エリオスだ。


「確かに、継承前にそんな言葉を口にした。」


クラウスが続ける。


「だが、それは兄、エリオスが言ったことだ。ワシは彼の意志を実行すると述べただけだ。公約は必ず守るものではない。状況は刻一刻と変わる。国の繁栄には、最低限の犠牲は必要だ。」


国王派の貴族がぼそっと呟く。


「平民が少し減ったって、大げさだろ。」


クラウスが鋭く睨む。


「民が見ている。言葉を慎め。」


「し、失礼しました」



「では、なぜエリオス様が王位を継承しなかったのです? 長男であるエリオス様が国王になるはずでした!」


「以前にも話したが、兄は次期国王の重圧に耐えきれず、姿を消した。」


「そんな理由で納得できるはずがない!」


反対派が叫ぶ。


「エリオス様はそんな方ではなかった! 陛下は何か隠している!」


耐えきれなくなった反対派の貴族がクラウスに向かって飛び出しそうになる。だが、セリスが瞬時に動く。剣が貴族の首筋に光る。


「それ以上進めば死罪だ。私に無駄な殺生をさせるな。」


貴族が唾をのみ、こくりと頷く。セリスが静かに席に戻る。

その時、扉の向こうから衛兵の声が響く。


「止まれ! 何者…失礼しました!」


裁きの間の全員が扉に目をやる。魔法紋が薄く輝く中、扉が開く。そこに俺、カイルが立っていた。


「久しぶりだな。ここに来るのも。」


俺は部屋に入り、周囲を見回す。


クラウスが玉座にふんぞり返ってる。おお、懐かしい顔だ。


「よお、クラウス! 久しぶりだな!」


国王派の貴族がどよめく。ヴァルドレイン家の男が叫ぶ。


「貴様、死刑になったはずでは!?」


「生きてるよ~ん。」


俺は笑う。

別の貴族が吠える。


「国王陛下を呼び捨てだと? 貧民風情が!」


「またそれかよ。」


俺はため息をつく。貴族どもの怒号が響く中、セリスが目を見開く。表情が崩れ、俺をじっと見つめる。


胸が熱くなる。あいつ、気づいたな。


クラウスが冷たく言う。


「貴様、何者だ。ここは平民が入る部屋ではない。衛兵、捕まえろ。抵抗するなら殺せ。」


衛兵が集まり、槍を構えて俺を囲む。


「ちょっと待て! 俺、戦闘向きじゃ…」


「動くな!」



衛兵が迫る瞬間


―――――ドン!


地面を震わせる音が響く。何かが衛兵を吹き飛ばす。


「久しぶりだな、セリス。元気だったか?」


「お久しぶりでございます…エリオス様。てっきり亡くなられたと…」


「悪かったな。お前にすら知らせなかった。」


俺は苦笑する。


「力を貸してくれるか?」


セリスが膝をつき、頭を下げる。


「仰せのままに。」


セリスがいるならこの場は安全だな。

まぁ、いるとわかってたから来たんだけどな。


クラウスが焦る。


「何を言っている? エリオスだと!? 我が兄は既に…」


俺は笑う。セリスは異常だ。普通、俺が先代国王の長男、エリオスだと気づく奴はいねえ。

青い瞳を赤く光らせる。生まれつきの力、認識阻害の眼。視界に入る者の認識をずらす能力だ。俺はそれを解除する。


会場が凍りつく


クラウスが玉座で目を剥く。


「エリオス…死んだはずでは…!」


貴族どもも驚愕してる。


当然だ。俺、エリオスは、クラウスが仕掛けた殺し屋に殺されたことになってた。国民には知らされてない。次期国王の暗殺なんて、国民の不安を煽る一大事だからな。


「爪が甘いんだよ、クラウス。」


俺は笑う。


「父上はお前の企みに気づいてた。」


「父上が…?」


「継承前日、お前の差し向けた暗殺者が俺を襲った。父上が助けてくれた。だが、生きてるのがバレたら、また暗殺者を送ってくる。だから俺は死んだふりをして消えた。 俺がいなくなれば、王位はクラウス、お前に渡るしかなかった。父上は病弱で、もう王位を続けられなかったからな。」


セリスが涙をこぼす。


「エリオス様…」


クラウスが叫ぶ。


「ふざけるな! 衛兵! こいつを殺せ!」


「やれやれ。」


俺は肩をすくめる。セリスが剣を握る。こいつは俺の味だ。


「エリオス、たとえ生きていても、王位はもう引き継いだ! 今更どうしようもない! この者を殺せ!」


衛兵と国王派の貴族が臨戦態勢だ。魔法の光がチラつく。


「ったく、お前はどうしようもないな。」


俺はため息をつく。


「ここ数年、お前たちのことはずっとみてたぞ。自分に同調する貴族の爵位を上げ、父上を支持した貴族を落として権力を奪う。道理で国が腐る訳だ。」


「黙れ!」


クラウスの声と同時に、貴族の魔法と衛兵が襲いかかる。

だが、セリスが動く。剣が閃き、全てをいなして制圧。衛兵が倒れ、魔法が散る。

俺はクラウスに近づく。奴が腰を抜かし、這うように後退する。


「王の座は私のものだ…!」


「クラウス。」


俺は静かに言う。


「俺は今更王位を返せとは言わねえ。貴族と平民の境界をなくせとも言わねえ。だが、お前はやりすぎだ。平民を使い捨ての道具みたいに扱うな。」


凍りついた空気の中、俺、エリオスはクラウスを睨む。


瞳が一瞬、赤く染まる。


「俺はいつでも見てるからな。」


クラウスが震える。腰を抜かしたまま、言葉もない。貴族どものざわめきが止まる。

俺はヴァルドレインに目を移す。


「お前、あの少女に手を上げようとしたな。今すぐ謝罪しにいけ。わかったな?」


鋭い視線が奴を突き刺す。ヴァルドレインが震え、ズボンが濡れる。


「は、はい…分かりました…!」


セリスを見る。


「セリス、クラウスがバカなことしないよう、監視してくれ。」


セリスが目を潤ませる。


「エリオス様、あなた様が王位を引き継げば、私は…」


「悪いな。約束してるんだ。明日も仕事に行かなきゃな。」


俺は笑う。もう3日無断欠勤だが、まぁなんとかなるだろ。


そして俺はこの場から姿を消した。


☆☆☆


「店長! 時給、まだ上がってないじゃないっすか~!」


俺、カイルは定食屋「旅人の炉」でいつものように皿を洗いながら、軽口を叩く。


「ふざけんな、カイル! 3日も無断欠勤しやがって! 減給でもいいくらいだ!」


「仕方ないでしょ! お腹壊して、3日間トイレから出れなかったんすよ~!」


「そんな奴いるか!」


マレンが吠える。俺は笑う。いつもの掛け合い、悪くない。


そんな中、店のラジオがチラつく。


「国王襲撃事件の続報です。襲撃者は先代国王の長男、エリオス様の名を語り、クラウス陛下に暴行を働きました。犯人はその場で姿を消し、現在も行方不明です。」


マレンが鼻で笑う。


「エリオス様の名を語るなんて、ふてえ野郎だな。」


俺は内心ニヤリ。ふてえのはクラウスのほうだろ。

ラジオが続く。


「国王からの声明です。来月より、すべての税率が先代国王の時代に戻ります。陛下は『国民の声を反映し、今後も真摯に聞き入れていく』と述べました。」


「へえ、税率下がるのかよ。珍しくまともじゃねえか。」

セリス、クラウスをちゃんと監視してくれてるみたいだな。


「カイル、ボーッとすんな! 皿洗え!」


「はいはい、了解っす!」


俺は笑う。この国、少しずつ変わり始めたぜ。父上の理想にちょっと近づいたかな。



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