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羽猫は寝ね子殺し

 目の前に転がる屍はどっからどう見ても僕自身であるから、僕が幽霊なのではないか、と他の二人(九重優作と木梨相羽)は疑ったが、ぺたぺた握手をしたり、瞳孔にライトを当てられたりした後、生きていることが確定したので僕は幽霊ではなく生きている。


 僕たち三人は友人ではなく、ただ集められただけの三人なので、情とか、そういうものは無い。だからもし僕が幽霊とかゾンビとかだった場合、どのような処置が執られたのだろう、とか想像したら身も震える。何せ九重優作は筋骨隆々のマッチョなのだから、ひ弱な僕が精いっぱい抵抗したところで、こんな閉じ込められた密室の中では逃亡も叶わずに、ぶちんだ。


 などと僕が妄想果敢にぽけーっとしていると、木梨相羽はその長い髪をふぁさっと跳ねのけて格好つける。そしてそのまま、僕の方へと近づいて行った……なんだか意味の分からない文章だが、目の前の光景をそのまま表すとこうなるのだから仕方が無い。


【木梨相羽】だと長いし堅いので、ここからは木梨さんと呼ぶ。九重も九重と呼ぼう。彼と僕は二十歳丁度の同い年だからだ。ただし木梨さんは僕らより一つ上なので敬称を付けることとする。


 木梨さんは翻って、先ほど僕にしたことを試した。握手をしたり瞳孔にぺかっとライトを当てる。見るからに死んでる奴に触って、何か感じることは無いのだろうか。


「よく触るなあ……」


 九重も僕と同じ感想を抱いていたようで、タンクトップからはみ出た屈強な二の腕に鳥肌が浮いている。


「だねえ……」


「だねってお前、お前だぞアレ。あ、もしかして兄弟とかいるのか?」


 へらっと九重が笑う。微かな希望の沁みた笑みである。その希望を守ってあげたいとは思うけれども、変に嘘を吐いても多分事態は好転しない。


「いないねえ……」


 九重が黙ってしまった。僕も黙る。


 嘘吐いた方がよかったかなあ、なんて一瞬思って、すぐに止める。仮に僕の知らない親族が目の前で外傷無く死んでいるのを見て、「実は兄弟なんだよガハハ」と九重に伝えても最悪殴られそうだし、別に人が一人死んでいるという事実は変わらないし、この密室が解放されるわけでもないのだ。




 木梨さんが僕(僕でない)をさわさわしている内に、考えるべきことを考える。


 見渡す部屋には三つのベッドが設置してある。天井の高さは五メートルそこら。照明も煌びやかに、どうも高級ホテルとかそういう様相だ。けれども一つおかしな点を挙げるならば明らかに、窓。窓が無い。そして死体が転がっている。


 この部屋の構造を、入り口から想像してみる。まず開かないドアから部屋に入る。するとスラっとした廊下があって、小さなクローゼットが左手に設置されている。その隣には冷蔵庫。翻って右手には洗面所とバスルームがあって、そういった幾つかの誘惑をすり抜けて廊下を出ると、ベッドが手前から奥に向かって三つ並んでいる。


 僕、九重、木梨さんの順番だ。


 そして死体(僕)は、僕の足元に縋る感じで、上半身だけをベッドに載せた状態で泡を噴いて、目玉をかっ開いて死んでいた。




 僕たちが同時に眠りから覚め、ここは何処だろうと周囲を見渡す中、『キャー!』という甲高い、九重の悲鳴が響いて、おいどうしたと右を向くと、彼は震える人差し指で僕の足元の、僕の死体を指差していた。


 ──というのがここまでの経緯な訳だけれども、もう少し詳しく話した方がいいかもしれない。


 初め僕たちは友人ではなく、ただ集められた三人と述べた。それは実際、事実だ。僕たちはとあるアルバイトに参加した、アトランダムな三名である。


 そのバイトの内容という奴が、もう笑えるほど怪しく、そして現状は笑えない。業務内容がなかなか興味深くって、求人サイトの掲載情報によれば、改装されたホテルの練習用の客を演じる仕事らしい。僕がこの空間を「ホテルみたい」と言ったのはそこに起因する。


 名前は【鞍馬ハイフォレストホテル】だっただろうか。


 その場所(今後此処と仮定する)は、かつて社会の景気が大いに良かった時代に建てられ、祟られて潰れたホテルである。この説明には誤字も間違いも無い。マジで祟りでブッ潰れた。


 此処は京都鞍馬なので多分鞍馬天狗の怒りを買ったのだろう。




 だが時代は進み、祟りや信仰の意気が衰えてきた現代になって、この呪われしホテルを改装しようという試みがスタートした。科学の力であらゆる不運、非業を捻じ伏せた。何度かの謎の事故があったものの(そこで辞めとけよ)、本【鞍馬ハイフォレストホテル】は無事施工完了し、三か月後の秋頃、官僚とかそういう高給取り相手にオープンする予定だ。


 しかし実際、呪われしホテルなわけだから、そういったVIP相手に事故があってはならない。事前の検証は必須だ。


 そんな訳で、要するに生贄なわけだが僕たちは集った。三日で報酬二十万。大学生には堪らない。


「気分が悪くなってきた……」


 九重が青い顔で呟く。


「洗面所で吐いてこれば?」


 善意の言葉に九重は何も言葉を返さない。代わりのように、ちらっと、洗面所のある廊下の方を見る。ああ、死体の側を通りたくないのだ。


「お前よく平気だな」


「まあぶっちゃけ、現実味無さすぎるし夢だと思ってるよ。自分の死体見るとか在り得ないし」


「だと良いんだけど……」


「それよか僕は自分を物質として見る感覚の方が気持ち悪いなあ……鏡に映る鏡像ならともなく、そこに自分が物体としてもう一個存在してるってのは奇妙な感じだ。平行世界から流れ着いた自分と出会ったら、二つとも消滅するんじゃないのか? 死体なら大丈夫なのか?」


 九重が黙った。よく黙る奴である。タンクトップに筋肉と、華美な感じで誤魔化してはいるが内心は小心者なのかもしれない。


「正常な奴は俺しかいないのか……」


 違った。






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