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4 魔道具屋『銀の杖』

「ちょっとした認識阻害がかかる魔術具だね。随分昔の型だ」

「祖母のもので、修理をお願いします。後同じものをもう一つお願いしたいのですが」


 今度は間違えずに辿り着いた魔術具店は、静かな落ち着いた雰囲気の店で入口に『銀の杖』と看板がかかっていた。

 店主は眼鏡をかけた白髪交じりの中年で、俺が懐から取り出した古い魔術具を受け取り、しげしげと眺めながら、また懐かしいものが出てきたな、と言った。

 

 魔術具は手のひらの三分の一ほどの大きさのペンダントで、中に物を入れられる構造になっている。蓋が開けられ、作業中の手元を横から覗くと、いくつかの部品が複雑な機構で組み合わさっていた。店主はその中の部品の一つをピンセットで取り出す。


「経年劣化だな。修理か⋯⋯新しい型のやつ買ったほうが早いよ」

「新しい方が性能がいいんですか?」

「いや、性能はむしろ下がった。昔は女騎士が戦争で負った傷跡を隠すために使ってたらしいけど、今はもっぱら貴族のお嬢さんがニキビやそばかすを隠すために使うくらいだから」


 そっちのほうが魔力消費も少ないよ、と勧められたが。何しろ隠すものが隠すものだ。ニキビやそばかす程度じゃ用が足りない。 


 環境に擬態して敵をやり過ごす性質を持つ魔獣を素材として使ったこの魔術具は、変装と違い顔や姿を変えることはできないが、傷だったり痣だったり、本来そこにはないものの存在を隠すことができる。


 他者が感じる違和感が大きいものを隠すほど、魔力の消費が大きくなるので、俺ももっぱら人と会う時くらいにしか使わなかった。今はズボンの中に突っ込んでいるが、ばあちゃんと二人で山暮らしだった頃は遠慮なくズボンの穴からビチビチさせていた。

 

 俺の方は、最悪人前で服を脱がなきゃいい話なので、顔の方だけなら新型でもなんとかいけそうだけど、とちらりと目線を下げる。フード越しにも薄っすらと2つの角が盛り上がっているのが分かる小さい頭が目に入る。うん、だめ。


「古い方でお願いします。あと急ぎでお願いしたいんですけど⋯⋯」

「急ぎか⋯⋯やってやりたいがこれから3日ほど仕入れに行かなきゃいかんくてな。見習いでよければ手が空いてるんだが、ただ⋯⋯ちょっと変わってるんだ」

「全然いいです。とにかく早く用意してほしくて」 


 城を飛び出したカエンを追ってきていた刺客のこともあるし、冷遇されている様子とはいえ王位継承権第一位様だ。不在が長引けば捜索が始まる可能性が高い。できるだけ早く王都を出てしまったほうが良いだろう。性格がちょっと変わってようが仕事の速さが優先だ。


 店主がおーい、と店の奥に向かって呼びかけると、ガタゴトと物音がした後、奥にある扉からあっちこっちに跳ねるくすんだ金髪を、羽箒のように一つに括った、俺と同い年ほどの女の子が顔を出した。新緑のような瞳の下には、カエンに負けず劣らずでかい隈ができている。


「ししょー、お呼びですかぁ?」

「急ぎの客だ。お前に任せる」

「はぁーい。こちらへどーぞ」


 ずいぶんと緩んだ態度で客を手招く彼女を見てため息をつく店主に、ああ見えて腕はいいから、と見送られ、俺たちは奥の部屋へと入った。


 所狭しと物が積まれた小部屋は雑然としていて、床が見える空間は人間一人が寝転べるくらいの面積しかなかった。

 見習いの少女はムルカと名乗った。部屋の端に積み上げてあったガラクタの山から、禍々しさを感じられるフォルムをした椅子を二脚引っ張り出すと、その僅かな空間に並べて2人に勧め、自身は使い込まれた簡素な丸椅子に座った。


「・・・・・・骨、に見えるんだけど」

「お目が高いねぇ。お兄さんの座ってるやつは座面にフレイムベアの頭蓋骨を使ってるんだぁ。討伐時に鈍器で凹んだ頭部がいい感じに平らだったから、そこを上手く活かした出来で、なかなかの会心の出来だったやつ。座面をあっためる機能もつけてるから肌寒い季節もお尻がほんのりあったかいってわけ。そっちのお嬢さんのはちょうど致命傷だった傷の部分をあえて活かして革張りにしてるんだよぉ」


 でもししょーかお店に並べるの許してくれなくてぇ、と愚痴るムルカに、店主は英断だなと思った。機能はともかく、デザインのセンスが大変個性的だ。

 店の表の棚揃えや、インテリアが上品で洗練された雰囲気なだけに、扉一枚で隔たれたこの部屋の様子は異様だった。だいぶ言葉を選んでも趣味が悪い。


 隣に座るカエンは物珍しさを隠さないままキョロキョロと部屋の中を見渡していたが、壁から垂れ下がる魔獣の毛皮や瓶に詰められた色鮮やかな目玉にビビったのか、椅子を引きずり俺に体を寄せてきた。

 

「これなんだけど・・・・・・」


 俺は先ほど店主にしたのと同じ説明をした。ムルカは受け取った魔術具に、装飾が地味、と文句を言いながら中の部品を覗き込む。


「ふへぇ、核に使われてる素材がうちの国では調達できないやつだぁ。地属性ってことは砂漠の方かなぁ。

「直せるか?」

「直るよ。・・・・・・ねぇ、他の素材で代わりは効くからさぁ。この核ちょうだい?」

「はい!よろこんで!」


 おっと持病が。

 急にテンションが上がったように見えた俺に、ムルカの目は不審げだ。俺は咳払いで誤魔化しつつ話を続けた。


「こほん、性能が変わらないなら元の素材は好きにしていいよ。代わりに最速で頼む。明日までには可能か?」

「おっけー。明日の今頃には出来るから取りに来てねぇ。特急料金はおまけしとくよ」

「助かる」


 前払いで支払いを済ませると、横からついと服の裾を引かれた。どうした?と顔を近づけると、わたわたと慌てた様子のカエンが小声で耳に寄せてきた。


「ミズキさん、わたしお金持ってないです・・・・・・」

「出世払いで返してもらうからいいよ」

「す、すみませんご迷惑ばっかりかけて。せめてわたしにできることは何でもするんで捨てないでくださいぃぃ」

「わかったわかった」

「わたしちゃんと頑張りますから」


 とはい俺も金銭的に余裕があるわけではない。

 今、ちょっとした額が俺の財布に入っているのは、道中いつもの持病で助けた子供が、たまたまお坊ちゃんで、その親が礼にと大盤振る舞いしてくれたおかげである。魔獣の群れの中に突っ込んで、足首から先を持っていかれた怪我の功名だ。

 俺がこんな特異体質じゃなかったら、命が何個あっても足りないだろう。この呪いはいつか絶対に解きたい。


 今までは自給自足で、時折山で採れる素材を売って生活していたが、今回食い扶持が1人増えることになる。

 カエンがもう少し健康的になったら、剣か弓の練習をさせて、小金を稼ぐために冒険者登録をするのもいいかもしれない。何にせよ金はあって困るもんじゃないし。


 城から逃げ出してきた時、カエンは武器として部屋にあった包丁一本を持ち出した以外は何も持ってこなかった。その包丁も途中で追っ手に向かって投げ、失ってしまったそうだ。


「今度家出をする時があったら、ちゃんと金目の物を持ち出してこような」


 ばあちゃんも大昔に出奔した時、財産分与だと実家から容赦なく貴金属類を持ってきたそうだ。

 今回遺品を探したときには無かったし、ばあちゃんも着飾る人間ではなかったから、早々に売り払って金銭に変えたのだろう。


 「はい!」とカエンの元気のよい返事を聞きながら、俺は厄介な生き物を拾ってしまったなぁ、と思った。

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