1 オオサンショウウオの先祖返り
はるか昔この大陸をまだ竜が支配していた頃。
水竜を騙り、小さな村で神様の真似事をやっていた一匹のオオサンショウウオの魔獣がいた。
人間が大好きで、人間が困っていると手を課さずにはいられなかったそのオオサンショウウオは、土砂で細道が埋まれば岩をどかしてやり、大雨で川が氾濫すれば水の流れを変えて村を守った。
最初は村の近くに棲み着く魔獣に警戒していた村人も水竜の末端と名乗ったオオサンショウウオに感謝し、村に社を作り農作物や酒を供えて丁重に祀った。オオサンショウウオも念願の人間との交流を楽しみ、治水に協力し、村人と良い関係を築いていた。
信仰は代を重ね、ついには人間の女が嫁として献上されるようになり、異種族間でありながら奇跡的に子供が生まれることがあった。人外の特徴を受け継いだその子供は、村で育てられ、人との婚姻を繰り返す中でその特徴は人の中に埋没していった。
オオサンショウウオはその後、名を騙られたことに怒った本物の竜に殺されたが、その血は細々と当人達も知らぬまま受け継がれていき、千年とちょっと経った今、思い出したかのようにそれは現れた。
とある小さな村でミズキはオオサンショウウオの先祖返りとして生まれた。
母とも父とも似てはいなかった。川底に紛れる斑な茶髪、湖のように澄んだまん丸とした瞳、体の所々を覆う粘膜のような皮膚、極めつけは明らかに人間のものではない尾びれに背びれ。
異形の血が混ざっていることを周囲に知られるのを恐れたミズキの両親は生まれた赤子をすぐに川に投げ捨て、周囲には死産であると伝えた。その後二人は子供を作ることはなかった。
ミズキは運よく下流を通りがかった老女に拾われ、山奥で世捨て人のように暮らしていた老女をばあちゃんと呼んで育ち、時おり顔を隠しては麓の村に降り、山で採取した素材を売って細々と暮らしていた。
拾われてから17年が過ぎ、最近育て親のばあちゃんが寿命で亡くなってからもミズキの生活は変わり無く過ぎていった。
そんなミズキは麓の村人にとっては、ちょっとしたおつかいから畑を荒らす魔獣退治までどんなことでも二つ返事で気持ちよく引き受けてくれる大変気の良い優しい若者として知られていた。
深くフードを被っている日が多かったり、近隣の村で共用で管理している温泉に一度も入りに来ることがなかったりと、いろいろ不審な行動も多い少年だが、村の人間はみなこの親切なお人好しの少年に一度は助けられたことがあった。
だから村人宛の郵便物がまとめて届けられる集会所から、その少年のよく通る声が聞こえた時は、ああまた誰かの頼み事を気前よく引き受けたのだなと誰もが気にしなかった。
[借金が嵩み自宅が抵当に入れられそうなので、伯母が実家から持ち出した物で何か高値で売れそうなものがありましたらどうか王都までご返却をお願いできないでしょうか]
「ハイ!よろこんでぇぇぇぇぇぇ」(本棚2つ分、王都まで一月かぁ⋯⋯着払いで送るのは、高いから駄目だよな、はぁ⋯⋯)
ミズキは決してお人好しでもないし、滅私奉公精神を持ち合わせているわけでもなかった。ただ、人からお願いだったり助けを求められたりすると口が勝手に「ハイ!よろこんでぇぇぇぇぇぇ」と引き受けてしまうのだ。
若い頃は土着の魔術を研究し、あちこち歩き回っていたというばあちゃんによると、とある地方に詐欺を働いて供物をせしめていたオオサンショウウオの伝承が残っている地域があるらしく、先祖の罪が呪いとして受け継がれてしまったのかもしれない、とのことだ。迷惑な話である。
そんなわけでミズキは一度も麓の村から外へは出たことがないにも関わらず、徒歩で一月はかかる王都へと大荷物を届けに行くことになったのだ。