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その九

6524

 待っていれば、(やが)て春の暖かな風は吹くでしょう。それこそただ北風に耐えてじっと我慢をしておれば。でも幾ら待っていても来ないものもあります。それは待っているだけでは来ないのです。ぐいと引き寄せないと自分に近付いては来ないのです。

 何の事を言っているのかは分かって頂けると思います。自分の人生の生き甲斐の事です。これには根本的に自分の行動を必要とします。それが条件になっているのです。

「はい、これがあなたの一生の生きる理由です。これを大切に奉じて一生を頑張って生きて下さい」

 そんなもの、誰が生き甲斐として迎え入れ抱き続ける事が出来ますか。自分と何の関係も無いではありませんか。何ですか、その、『はい、これが』というのは。自分で探し、自分で見付け、自分が生涯抱くと決意するからこそ自分の生き甲斐ではありませんか。何かの宣伝は彼方(あっち)に行きなさいと思いませんか。


6525

「私の存在とその意義を脅かす恐るべきもの、私の破滅、後悔に沈みながら発する天地に対する呪い、そういったものは私の一生絶えず私を囲んでいた。しかしそれが現実に囲みを破って私の直ぐ隣にまでやって来る事は、(つい)に無かった」

 死に臨んでそう告白したいではありませんか。これが一生を終える人間の言葉であるべきではありませんか。

 そう言って地上を後にし、私の愛する父の(いま)す空の上に飛び立つ事が出来る為に、私は今日も生きるのです。自分自身を汚す事をせずに、です。汚れていては、父に合わせる顔がありません。これが地上の旅を終えたあなたの息子ですと、その汚れた顔や手でどうして父の前に跪く事が出来ましょうや。


6526

 『立派な人』。新しく綺麗で洗練されたデザインの衣服を着て、靴も上品で艶があり鞄も同様、髪は綺麗に整えられていて眼鏡も多分高級品。表情はきりっとしていながらも落ち着いていて、今日の商談はまずまずの成果だといった感じの表情を浮かべている。人生に困難は付き物だと知ってはいるが、今までにそれを乗り越えてきた経験がある、だから何も怯えたりはしない。恐がる必要が無い。()う転んでも、逆境は迎えるかも知れないが破滅を迎える事はない。それなりの『自信』がある・・・。

 ざっと、()んなところでしょうか。でも私はこの程度ならひっくり返してやる自信があります。この自信に満ちた人間のスーツ目掛けて背後から犬の糞を連続的且()つ大量に投げ付けても駄目ですよ。しかし次の社会的混乱、それも終戦直後級のそれが来たら、この人の自信は大気圏外に吹っ飛んで行くと思います。それが来なくても、食事に一服盛ってやり一生続く障害を背負わせてやれば、矢張同じ様に大気圏外でしょう。『そんな事態はやって来ない』、この程度の自信で自分を支えている人は、私の見るところ必ず()う思っているものです。

 そんな程度で生まれてくる自信も、またそんな程度で大気圏外にまで吹っ飛んでいく結末も共に駄目なのです。私だったら要りません。私が欲しいのは、私が死ぬまで私と共に居てくれる自信です。更に謂うならば自信ではなく覚悟です。

「私がこれと共に在る以上、私は自分の存在を(まっと)う出来る。私が死のうが生きようがそんな区別には関係無しに。今私がこれと共に在る以上、私の生涯は既に意義を得た」

 私には天地を貫くものが必要です。それでないと私の大切な大切な人にまで届かないからです。


6527

 本当に生まれてこの方四畳半の部屋から出た事の無い人間が、

「世界は狭いーっ!、世界は詰まらんーっ!」

と大本気で叫んでいたとしたら、普通可哀想に思うか滑稽に思うかのどちらかでしょう。私だってそう思います。最早これだけで私が何を言いたいのかお分かり頂けると思います。

 人間が観じ、感じ、想い、願う、精神詰まり心の世界は目に見えません。けれど人はそれぞれの心の延びる事の出来た範囲でしか世界を知らないのです。その自分の世界に就いて、或いはその自分の世界から見えたもの『だけ』に就いて、あれこれ言う訳です。

 私はこれだけ生きてきてもまだ全然世界を知りません。あなたもあれこれ言っていないでもっと人の中に出て行って下さい。そして勲章をあげたい程の愚か者馬鹿者も見れば、どうかこのお金をつかって下さいと此方(こちら)から差し出したくなる程可哀想な人を現実に見てくれば良いのです。私に言わせれば話はそれからです。今あなたに必要な事は先端を変質狂的に研磨し続けて如何なる岩盤鉄鋼をも突き破る槍を心に形造る事ではありません。全く単純に、ただ常識的な普通の意味に於いて、経験の母数を増やすという事だと思います。


 ブログには他の手紙も掲載しています。(毎日更新)

https://gaho.hatenadiary.com/

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