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その八

6520

 人間の愛情を信じられない、無理も無いかも知れません。私だって私の父母みたいな人に育てられたのでなければ到底それを信じる事抔(など)出来なかったでしょう。人間は人間を愛する事が出来ない、それが私の信条だったでしょう。だからしようとする必要も無い、ただ自分が損をしない様に行動すべきだ、そうとしか考えなかったでしょう。人間を慈しむ事が出来るのは神や仏のみで、少なくともそれは人間に出来る事ではないと心底からの確信をもって胸に抱いていたに違いありません。

 ですが、大前提が在るのです。上の『それも無理はない』という話は全て『観察』の結果に拠るものです。対象として観察し結果を判定する限り、上の結論は不可避です。しかし観察に留まらず自分がその当事者となり、他者に何らかの働き掛けを()したいと願い、それを行動に移す事をしていると、この絶対に動かし難い真理に(ひび)が入ります。そして(みずか)ら承認したその真理を今度は自分で打ち壊しにかかるのです。

 人間とその世界は観察の対象ではありません。現在の私の、ここが非常に重要な価値観の一つです。観察するのも勿論観察しなければなりません。しっかりと容赦無く。しかしそれ以上の強さ熱意をもって観察以外の働きが自分の中に動いていなければなりません。それをもってして漸く本当の、詰まり私が納得出来る真理を受け取る事が出来るものと私は考えています。


6521

 古い写真を見ました。でもカラー写真でした。そこには晴れた夏の美しい海岸の風景と、それに沿って走る舗装道路と蒸気機関車が牽引する列車が写っていました。私は不思議な印象を受けました。舗装道路と蒸気機関車の列車という取り合わせが、初め不自然に映ったからです。昔の土道ならば私は『綺麗だなあ』だけで、何も感じなかったと思います。ですが段々とその写真を眺めたい衝動に駆られました。だから暫く眺めていました。五分くらいはそうしていたでしょうか。

 その写真は時代が移り変わる、その時を捉えたものだったのですね。今までと何も変わらずに古い、昔からのものが営みを続けている。だがその直ぐ横にもう新しいものが迫って来ている。古いものはずっとそのまま在る事を許されている訳ではない・・・。多くを語る写真ではありませんか。良い写真です。


6522

 夢幻の霧の中を、単線非電化、単行詰まり一輌だけのディーゼルカーに乗って、何処(どこ)迄も行ってみたいものです。行き先は知らなくても()いです。私がよく見る夢の様に。多分私は呆然とその列車に揺られているでしょう。窓の外には延々続く防風林、原野、湖沼、原生林。人の、生活の気配が感じられない。音は床下のディーゼルエンジンの音とレールのジョイントの音だけ。それが全て。私は半醒半睡で屹度(きっと)目を閉じているでしょう。昔の記憶と繋がるからです。若い頃そんな風に旅をした事があったからです。昔のその旅の続きを、決して希望に満ちていた訳ではない、寧ろ圧倒的な不安しか無かった旅路であるのにその旅の続きを、今、更にその先を求めているかの様に、私は黙って列車のシートに自分の身を任せているでしょう。

 まだ私の人生の旅は終わっていません。これだけ続けてきてもまだ終わりが見えないのです。長い旅です。しかし、いつかは終わります。その終わりが、私の懐かしい父母の家である事だけが、結局私の一番の願いです。それがあるから、その願いを胸に抱いているから、私は生きている事が出来るのです。


6523

 嘘っ八は、いつも、

「これがあなたの利益になります。ねっ、お分かりでしょう?」

と言います。余計なお世話です。自分自身で苦労して見出してもいないものが自分の利益になる事など無いと最早知っている年齢である私からすると、それは子供騙しもいいところです。他所(よそ)でやってほしいと思います。でも嘘と本当を見分ける事自体は実はそんなに難しい事ではありません。真面目に生きていてそれ相応の年齢になれば、多分誰にでも出来る事でしょう。鉄棒の逆上がりと基本的に違いません。真実に困難で難しい事は、自分の生きる目標、目当てを見付ける、否、確定する事、詰まり決める事なのです。これは本当に簡単には出来ません。おまけに長い長い時間がかかります。

 で、私の言いたい事です。自分の生きる目標、目当てを見付ける、決定(けつじょう)する事が現在出来ていない、その事をそんなに激しく恥じる必要はないという事です。だってそれは言った様に滅茶苦茶に困難な事なのですから。恥じるとしたらそれを見出す努力を具体的に自分が全く出来ていない事を恥じるべきです。でもそれも要するに何か小さな事一つを始めたら良いだけの事なのですから、決して悲観し絶望する必要などありません。()いですか。自分が途轍もなく下らない人間だと思って苦しむ事の一番の間違いは、抑々(そもそも)現在の自分に自分の『真価』が見えていると見做す事なのです。『自分が途轍もなく下らない人間だ』と、どうしてその事が、その真実である事が自分に分かるのですか。その時点で既にその苦悩は虚構です。人間の真実の涙の重みを許されません。現在の自分の真価を量る事などどうせ正しくは出来ないのですから、自分の生きる目当てを見付ける為の実に小さな行動を一つ起こして下さい。そちらが今必要な事ではありませんか。


 ブログには他の手紙も掲載しています。(毎日更新)

https://gaho.hatenadiary.com/

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