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その五

6508

 卑しい考えを抱いていると中年以降凄まじい程に顔に出ます。五十歳くらいになると最早隠し(おお)す事など出来ぬ程、残酷なまでに顔に表れます。そして一旦その顔になるともう元には戻りません。それは仮面ではなく知らぬ間に、完全に、素顔になっているのです。自分の顔は即ちそれです。幾ら嫌でも。

 重大な事は皆気付いた時には遅いのです。気付いても、(あたか)も氷の坂道を滑り落ちる様に途中で留まる手段などありません。今、すべき事はありませんか。あるに決まっているそれを実践して下さい。


6509

 若しも私が軍人だったら上官に逆らって最有力候補で最前線に送られ、早々と死んだと思います。出征の祝の後程無く。家族に申し訳が立ちません。私は軍人や警察その他上官の命令を絶対とする仕事など金輪際出来ません。まだ悲惨な程に貧しい暮らしをしながら生きる方が家族に対しても何かしてあげられると想像します。

 今更言うまでも無い事ですが、根本的に私は世の中で生きるのに向いておりません。百も承知なのです。でも一方でそんな私だからこそ、そんな私が生きるのにこそ、他の誰が生きるのでもない、他の誰かには達成する事の出来ない生きる意味があるとも思うのです。私はどこまでも私らしく生きなければなりません。いや生きる必要は必ずしも無いのですが、生きている間は私らしく在る事をしないといけないのです。自分の心に残す死の様な後悔こそ私が避けるべきものではありませんか。それは私を最悪の方法で殺します。身体だけ生かして心を殺すからです。それに比べたら戦後直ぐの闇市を歩き回っていた凄まじい襤褸を着た物乞の貧乏など、ものの数ではありません。軽々しく言えない事ですが、私はその鼠の様な暮らしの中からでも何かを生み出して、誰か私の目に映った可哀想な人に施す事で生きる力を獲得していくでしょう。


6510

 隣近所と付き合うならば貧乏な近所付き合いが良いですね。金持ちの隣近所など想像するだに嫌な気がします。表情も声音も絶対に私の好きな人間らしい感じが無いに決まっています。犬神家の一族の松竹梅子の各夫人の顔が浮かびます。御免蒙ります。念の為言っておくと、三婦人は哀しい人ですが。

 人は物質的には貧しいのが本当なのです。屹度(きっと)それが自然なのでしょう。私はそっちに倣います。


6511

 守銭奴というものは今も昔も小説中の恰好の登場人物です。特徴的と謂うよりも象徴的なのです。何の象徴でしょうか。現在の『状況』が自分が死ぬまで変わらないと、そして自分は死ぬ事も老いる事も無いと、加えて金は絶対に自分を裏切らないと盲信している人間の象徴です。

 現在の状況は天候不順に拠る世界的な作物の不作一つで、或いは自国或いは他国のそれでさえも戦争一つで根本的に変わります。またそれよりも尚激しく、自分を支えてくれていた家族が失われる事に拠って決定的に変ります。また程無く脚が痛くなり、更には困った事に若い頃には絶対に間違えなかった金の計算すら頻繁に間違える様になります。おまけに金貨を何処(どこ)(しま)ったかも忘れて仕舞います。そして最低な事に、国全体の工業生産力の低下と馬鹿な政治家の政権維持の為の国費濫費で、第一次大戦後のドイツのレンテンマルク直前みたいな死ぬ程のインフレになり、預金封鎖と新通貨への切替で金に裏切られるのです。絶対の前提としていた事は細大漏らさず、全て、何ら信頼出来るものではなかった事がその段階になってやっと理解される訳ですね。勿論時既に遅しです。自分の人生は終わって仕舞いました。

 動かないもの、()わらないもの、自分の生きる前提にする事が出来るもの、それを見出すのです。人生の救い難い失敗は必ず自分の『積極的承認』が一枚噛んでいるのです。それ無しに救い難い失敗は決してやって来ません。その決意その判断を間違えないものにする為に自分が生きる上で絶対に変じない前提が必要です。それに基づいて判断すべきなのです。落ち着いて、自分のそれが何か見付けて下さい。


 ブログには他の手紙も掲載しています。(毎日更新)

https://gaho.hatenadiary.com/

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