43
億利は振り返り、まだ続く階段を見上げた。
「億利さん! 詩乃先生を助けてあげて!」
頷き、駆け足で階段を登っていった。
階段は見上げた時程長くはなく、神社の本殿に辿り着いた頃には爽やかな青空が広がっていた。
「いらっしゃい、久しぶりだね」
ウツロは幼い頃初めて会った時と同じように賽銭箱に腰掛けて居た。ただ、あの時とは違い座って居たのは、しわがれて杖を付いた老人だが、変わらず顔はモザイクで見えなく、その存在が人智を超えた存在。ウツロであると理解できた。
「詩乃? あぁ、今日連れてきた子の1人だよね。え、返して欲しい? それは無理な願いだよ。それ以外なら何でも叶えてあげるよ?」
ウツロが指を鳴らすと、煌びやかに輝く宝石や金貨、高級そうな車やゲーム機が億利とウツロの周りに降って来た。
「金銀財宝何だって揃えよう。何なら君のお兄さんを生き返らせる事だって叶えてみせよう! さぁ、この私に願うんだ。この私! ウツロに願いを!」
「――るな」
「ん?」
「ふざけるな! そんなもの要らない! 詩乃を返せ!」
億利の口から出たのはガラガラの潰れたしかし、しっかりと口から、音としてこの世に放たれた声だった。
「まさか、自分で……そうかい。どうやら君を説得するのは不可能な様だね」
ウツロが柏手を鳴らすと、社の扉が開き、詩乃が立っていた。
「億利さん! どうしてここに?」
「詩乃! 帰……ろう!」
億利の喉から搾り出された声に、詩乃は今にも泣きそうな声で話始めた。
「! ……ごめんね。私は一瞬に帰れないよ。私は君を、君達を騙してたんだ……そんな私に戻る権利なんて無いよ」
億利がキッとウツロを睨む。
「そんな怖い顔をしないでくださいよ、私はただ、この子が願うからこの子の中に埋まっていた記憶を掘り起こしたに過ぎない」
「……そういう訳だから。もうほっといてくれるかな」
1度もこちらと目を合わせず詩乃は本殿へ戻ろうとした。
「詩乃ざん!」
まだまだ掠れていたが、確かに響く声。
「行っちゃ……ダメ」
億利は顔を青くし、息も絶え絶えだが、マスクを外し超音波では無い、肉声で言葉を紡ぐ。
「何で私なんかの為に……! 私なんかの為に、そんな辛そうな、苦しそうな顔しないで――」
「辛いのはそっちでしょ……! そんな今にも……泣きそうな顔で止めないで、ほっといてって……! 出来るわけ無いでしょ」
兄を亡くしてから、今日まで1度も使われなかった億利の声帯は枯れたような音しか出さないが、確実に言葉を紡いでいく。
「そもそも……裏切り……って、いつ裏切ったのさ、僕は一切裏切られた気はしないけど?」
力強く噛み過ぎたせいか、声帯が傷ついたのか、口から垂れた血を手で拭う。
「……分かったよ、私の裏切りを教えるよ」
詩乃は本殿から出て億利の前に立つ。すると、詩乃の体が淡い光に包まれた。
「これが、私の正体だよ」
そこに居たのは詩乃では無く、あの時、喫茶店で再会した億利の友人。東雲だった。




