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「おい……悪かったって、機嫌直してくれよ」
小学生4年生くらいだろうか、年齢の割に落ち着いた男の子。その目線の先に居たのは……。
「やだ!」
頬をぷくっと膨らませてそっぽを向く少女。黒い髪を長く伸ばしたその少女は紛れもなく僕の幼い頃の姿にそっくりだった。
「なぁ〜兄ちゃんが悪かったからさ〜機嫌直してくれよ」
「ふん!」
何を僕はこんなに怒っているのだろう。
「確かに病のプリン食べた僕も悪かったけどさ、そろそろ許してくれても……良いんじゃないかなーってお兄ちゃん思うんだけど……」
……プリン? そんな事で……いや、ぼんやりだけど思い出してきた。
「やだやだやだ! 私の口はプリンの気分なの! プリン食べるまで許さない! だから私と遊ぶの!」
そう言って幼い僕は兄に飛び付いた。
あの頃の僕は甘え方が分からなくて、兄に対してすぐ反発していた。それこそプリン程度で。そうすれば兄が遊んでくれると分かっていたから。
「分かった分かった! 遊ぼう! な? さ! 何して遊ぶ?」
「おままごと! 私がお母さん! お兄ちゃんがお父さんね!」
「はいはい」
……見てるこっちが恥ずかしいくらいだ。
「じゃあ、お兄ちゃん」
「お兄ちゃんじゃなくて旦那さんね!」
「旦那さんは仕事に出掛けてくるから、少しだけ待っててくれるかな?」
「はーい! 早く帰るのよ?」
出掛けて行った兄を僕は笑顔で見送った。
恥ずかしい……! 僕は思わず手で顔を覆った。でも、こんな他愛もない記憶をどうして僕は忘れて?
その瞬間、世界にノイズが走り、場面が変わった。
周りの風景は自宅から病院の廊下に変わり僕の隣で母が静かに泣いていて、幼い僕はそれを心配そうに見ていた。
目の前にあるのは集中治療室、赤く点灯した使用中の文字が消え、医者が出てきた。
「…………」
医者は何も言わずただ、静かに首を横に振った。
それと同時に母が小さく声を出して泣いた。
「ママ大丈夫? どうしたの? お腹痛いの?」
あぁ、そうだった。
あの日、兄は仕事に出掛けると言って家を出て、家のすぐ近くの交差点で、信号を待っている時に、居眠り運転をしたトラックに轢かれた。
また世界にノイズが走る。今度は僕の家の前だ。
小学生低学年程度に成長した僕が出てきた。
その目には先程までの純粋さは無く、在るのは今と同じ、いや今以上に暗く濁った自責の念だけだった。
家を出た幼い僕は、小学校へと繋がる道から大きく外れた道を進む。理由は明らかだ。あの場所を通りたくないのだ、兄の死んだあの交差点を。
元の通学路まで戻った幼い僕が暫く歩く。
あれ? こんな所に神社なんてあったっけ?
スーパーを超えた少し先、T字路の突き当たりに大きな山とその上に繋がる階段、そして真っ赤な鳥居が建っていた。




