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住宅街の中をサイレンを鳴らしながらとてつもないスピードで突っ切る。窓の外の景色が目まぐるしく移り変わっていく。人が出て来ていたら確実に轢いていただろう。
「糸夜くん……なんで倒れちゃったんですか? 知ってそうな口ぶりでしたけど」
「あぁ……これは他言無用で頼むよ、特に同志や患者さんにはね」
車の中には私たちしか居ないのに、念を押すように詩乃は静かな脅す口ぶりで言った。
「実はね、私の診察する異能症かの判断基準は異能が使えるようになるかどうかだけじゃ無いんだ。今運転してる柳田君だって異能を持ってるけど、この病気にはかかってない」
「え、そうなんですね、それで他の共通点って」
「記憶喪失だよ。それも、亡くなった家族の事を忘れるというね」
「記憶喪失……確かに糸夜くんはお父さんの事を覚えてないみたいでしたけど、じゃあ鶴見ちゃんや蟻塚さん達は? あっ治ったから思い出して?」
「いや、この事実を知ってるのは、柳田くんと、不崎さんだけだよ」
「え、それじゃあ、他の皆は」
「あぁ、家族の誰かを失い、そしてそれを誰も覚えていない」
僕は思わず息を呑んだ。
「そんな事って……! なんで教えてあげない」
「駄目なんだ。…………私が医者になって間もない頃の事だったよ」
僕の言葉を遮って詩乃は力強く言った。
あの頃の私はまだ医者になったばかりで、後天性精神異能症についてもほとんど知らない状態だった。
そんな中、初めて私が受け持つ事になったのは読心の異能を持った異能症の少女だった。
「こんにちは、四条立花さん。精神科医の詩乃です」
そんな彼女との初対面は散々だった。
部屋に入って来た彼女は片方の手でもう片方の腕をギュッと握りながら母親に押されて無理矢理中に入れられてきた。その顔は無愛想でこちらを敵としかみていない目つきだった。
「なんだおっさん。変な格好しやがって、本当に医者か?」
私の目をじっと睨んで彼女はそう言い放った。
「はい、元探偵ですがきちんと医師免許も持った医者ですよ」
「……そうかよ」
「立花ちゃんは、確か人の心が読めるんでしたよね」
「……そうだよ読めるよ、あんたが妹の事しか頭にないどうしようもないシスコンだって事もね」
「そうですか! 良ければ色々と聞かせて頂きたいのですが、良いですか?」
新しい情報と真実にもうすぐ辿り着くかもしれないという焦りから私は妹を探す為の情報を集めようと躍起になっていた。
「そうだなぁ、まずは好きな食べ物とか」
「……教えない。お前の妹なんて知った事じゃない。なんで私がお前の為に話さなきゃいけないんだよ」
そこで私はハッとしてね、私は妹を探す事に囚われて彼女を見ていなかったと。
「……ごめんね、立花ちゃん。私が間違ってたよ……普通にお話ししてくれないかな? 妹も治療も一切抜きで」
私は正真正銘心から彼女にぶつかりに行った。彼女はじっと私の目を見つめたので私もそらさず見つめた。
「……蜂蜜入りのクッキー」
「! それって」
「もう今日は帰る!」
彼女はそう言って出て行ってしまったが、その時は確実に初対面の時より良い方向へ進んでいる確信が有った。
立花ちゃんとの初対面を終え、立花ちゃんの診察という名のお話会を数回行うと、彼女について段々と分かってきた。
母子家庭で、父親は数年前に離婚。好きな食べ物は蜂蜜入りのクッキーで、症状は躁鬱。初めはトゲトゲした口調だったが、話していくにつれて年相応の子供らしいところが増えてきた。
「こんちゃ〜今日のお菓子は?」
「こんにちは、今日はパンケーキだよ」
「パンケーキ! 早く! 蜂蜜いっぱいにしろよ!」
あまりにも年相応の、子供らしい発言に思わずクスリと詩乃は笑った。
「な、子供ぽいってなに? まだ6歳なんですけど?」
いー! と言って彼女は無邪気に笑った。
「全く、じゃあ用意するから、待っててね」
クリニックなのに何故か最初から付いていたキッチンで材料を揃えてパンケーキを焼く。
完成したものをお皿に盛り付け、立花ちゃんの前に置く。
「頂きます!」
一生懸命にナイフとフォークを使ってパンケーキに熱中する立花を微笑ましく見守る詩乃の元に一本の電話が鳴った。
「はい、もしもし?」
立花を見守りながら電話に出た。
『よぉ、俺だ。この前言ってた四条家の情報入手したから伝えようと思ってな』
「あぁ、ありがとう、助かるよ」
『数年前に両親が息子の死をきっかけに離婚、それからは母親との2人暮らし、娘同様母親にも何らかの精神疾患の兆候が見られたそれから――』
「ま、待ってくれ、息子?」
『あぁ、今担当してるのは娘の立花だよな? だったらそいつの弟になるな、赤子の頃に呼吸困難で亡くなってるな、要因は、ボツうんたらとやららしいぞ』
「ボツ……もしかして、ボツリヌス症かい?」
『あぁそれそれ』
乳児のボツリヌス症による呼吸困難は主に蜂蜜を食べる事により起こるが、まさか。
その時、カランという金属音が診察室の中に響いた。




