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「皆さんお世話になりました」
糸夜の退院の日、狐地と蟻塚を除く全員が糸夜の病室に集まっていた。
「これからは、2週間に1回の注射の為に通院だよ。もし何か不安が有ったらすぐに言ってね」
「退院おめでとうございます。貴方は絶対に大丈夫。もし何か有っても私達が絶対に守るから」
鶴見が優しく糸夜の頭を撫でた。
「はい、ありがとうございます」
少し照れくさそうに笑う糸夜。
「糸夜くん、女神様の良さを外界に広めに行くんだね、紫の化け物には気をつけてね。偶には帰ってくるんだよ」
「2週間に1回は来ますから、大丈夫ですよ」
「糸夜の坊主もこれからは俺や猫座と同じ通院組なんじゃな! これからも宜しくのう」
「そうだ、退院記念に記念写真撮らない?」
何処かズレた鳩羽。がははと笑う酒井の後ろから飛び出た猫座はそう言って首からかけたカメラを上に掲げた。
「良いですね。ほら、糸夜くん。真ん中に」
写真を撮るときはいつもポーズに困る。とりあえずピースでもしとけばいっか。
「皆、中入って、そうそう、それじゃあタイマーかけるよ?」
「ちょっと待ったぁ!」
ガラガラバンッと扉が開かれた。入ってきたのは息を荒げた狐地と、段ボールを抱えた蟻塚だった。
「よ、良かった、間に合ったん、だね」
「一体何を持ってきたんだい? 2人とも」
「おっと詩乃先生。あまり近づかない方が良いですよ、危ないので」
ダンボールを覗く詩乃をそっと押し戻して狐地は段ボールの中をガサゴソと探ると色取り取りの液体の入ったフラスコを取り出した。
「ちょっと、何それ?」
「ふふふ、ここ最近の研究の成果さ。それより写真を撮るところだったんでしょう? 私たちも入れて下さいよ」
鶴見が怪訝そうな顔で聞くが狐地は怪しい笑みで言葉を濁し、フラスコを持ったまま糸夜のベッドの後ろに周った。
「えっと、それじゃあ今度こそ撮るよ? 人数多いし、ちゃんと撮れるかなぁ。お、いけそう」
椅子の上に置いたカメラの画角に全員が入ったのを確認すると、猫座はタイマーを切って自身の立ち位置に戻った。
シャッターと同時に何かが割れる音がし、少しして色取り取りの煙が上から舞い落ちた。
「ちょっと、なにしたんです!?」
「糸夜くん退院おめでとうございます。これは私と蟻塚くんからのほんの些細なサプライズです」
「サプライズ……ですか?」
「わっ凄いよ。見て見て」
カメラの画面をこちらに向けて猫座は笑った。
画面には笑顔の皆と赤、オレンジ、黄色、ピンクといった暖かい色の煙がまるで満開の花々の様に華やかに舞っていた。
「狐地さん、猫座さん……それに他の皆さんも、こんな素敵な写真初めてです。ありがとうございます」
糸夜はカメラの画面に目を囚われたままそう言った。
「それじゃ、僕と億利さんで送ってくるから」
しばらく糸夜が落ち着くのを待って、病室から出た。
「本当にお世話になりました」
「またな小僧!」
「写真。現像したら渡すね」
「退院おめでとう」
詩乃達が病棟から出ていった病棟内。一瞬の静けさの後。
「さて、狐地さん。素晴らしいサプライズでしたね」
鶴見は2人が出た扉の方を見ながら言った。
「そうでしょう? 見ました? 糸夜くんのあの反応。いやぁこそこそと頑張った甲斐がありましたよ」
一瞬にして病室の空気が張り詰めたが狐地は気が付かない。
「そうですね。で、弾け飛んだガラスの破片は誰が片付けるんですか?」
「あっっと……」
「この地面と壁に張り付いた粉はどうやって取るんですか?」
そこで狐地は気付いた。これは褒められているのではない。説教の前座なのだと。
「そ、それじゃあ、私は研究に戻ろうかと」
「さ、掃除しましょうね」
鶴見は逃げようとする狐地の襟首を掴み病室へと引き戻した。




