26
「はい、もしもし?」
不崎の家を出た僕達の元にかかった電話を取った瞬間。
「や、やめてくれ! ぐ、ぐぁ!」
路地裏から男性の苦しむ声とパンッと風船が破裂したような音が響いた。
「……ごめん。切るね」
携帯を閉まった詩乃と共に路地裏に走った。僕達の脳裏には、先程聞いた不審死の話がびっとりとこびりついて離れなかった。
路地裏に着くと、僕は思わず息を呑み口元を覆った。
血に塗れたしゃがんだ女性と路地裏を彩るようにそこら中に飛び散った肉片と血しぶき。僕の目を覆ったのはそんな凄惨な光景だった。
「……大丈夫ですか?」
詩乃はじりじりと女性に近付く。女性は声に反応してこちらを振り返った。女性の顔は血で真っ赤に染まっており、恐らく男性のものだったであろう左手を大切そうに両手で持っていた。
「どちら様ですか?」
女性は座ったまま首を傾げた。
「……私は精神科医の詩乃と申します」
詩乃はじりじりと女性に近付く。
「お医者さん!? やっと来たんですね!」
女性は勢いよく立ち上がり、詩乃の手を両手で掴みに来た。
「詩乃!」
僕は咄嗟に詩乃の服を掴んで後ろに引っ張った。
「あっ、ごめんなさい……何か嫌な予感がして」
「い、いや大丈夫だよ。ありがとう」
「どうされたんですか?」
「い、いえ、それで何があったのですか?」
「あ! そうです! 見て欲しいんです。えっと、あれ?」
女性は血溜まりをぱしゃぱしゃと歩く。
「いやぁぁああああああああああああ!」
「あっ、ちょっと!」
いきなり耳が割れるほどの大きさの声で叫んでその場から走り去ってしまった。詩乃も血溜まりを超えて追いかけることは躊躇いがあるのか、その場で手を伸ばすのみだ。
「……警察に電話しようか」
頼りない笑顔で詩乃は空を泳いでいた手で携帯を操作した。
しばらくして、パトカーが静かに路地の横に停まった。
「ったく。なんの要件だ?」
パトカーの助手席から降りてきたのはボサボサの髪に茶色いジャケットを着たパッとしない男性。運転席には若手の爽やかそうな青年がこちらに手を振っていた。
「久しぶりです八凪田さん。見て頂ければ分かるかと」
詩乃は降りてきた警察官と知り合いらしく、気さくに名前を呼んだ。
「ん? ってこれはまた……面倒な事件を持って来たな」
血飛沫と落ちた手を見て何かを察したのか嫌そうな顔をして額に手を当てた。
「ひとまずは分かった。一応確認なんだが、犯人は見たか?」
「はい。二十代後半くらいの女性でした」
「そうか、そうだよな見て……見たのか!?」
何度か頷いた後、八凪田は上擦った声で詩乃の肩をつかんで揺さぶった。




