25
「ただいま〜お母さん頑張って早く帰ったよ、すぐにお昼作るからね」
靴を脱ぎリビングの扉を開けて寝室をそっと覗く。
「お、おかえりなさゲホッゴホッ」
朝は少し頬が赤い程度だったのに、今は真っ赤で林檎のようだ。
「ちょっと、大丈夫?」
起き上がった純也を寝かせておでこをそっと触る。火傷しそうな位に熱い。
「凄い熱、可哀想に……氷枕作るから待っててね」
冷蔵庫から取り出した氷をビニール袋に入れ、それをタオルで包み純也の首元に置いた。
「ありがとう……お母さん。気持ちいい」
それでも熱は一向に冷める気配は無い。寧ろ呼吸は浅く苦しくなるばかりだ。
「お粥食べれる?」
純也はゆっくりと頷いた。
「分かった。待っててね、お母さんすぐ作ってくるから」
私は急いでお粥を作ると寝室に持っていった。
「あーん」
ひと匙掬って口元に運ぶ。
「ん、ゲホッゴホッ」
口には含めるが、すぐに咳と共に吐き出してしまう。コヒューコヒューとか細い隙間風のような呼吸音が響く。
「かわいそうに……大丈夫だからね」
その辛さのほんの一部でも私が変わってあげられたら……。
純也の手をぎゅっと握り携帯を取り出した。ここはマンションの3階。車は持っておらず病院までも遠い。私は迷わず119番へ連絡した。
『はい、119番です。火事ですか? 救急ですか?』
「もしもし、息子が熱を出してしまって、急いで来て頂きたいです!」
「救急ですね。住所は何処ですか?」
「族流町七虚路10-5-224のマンション3階です!」
「族流町七虚路10-5-224ですね。熱の他に症状は有りますか?」
「呼吸が、苦しそうです。わ、私はどうしたら」
「落ち着いて下さい。絶対大丈夫ですから」
純也のおでこに手を当てた。まだ熱は一向に冷める様子はなくむしろ上がっていた。咳が止まらず、呼吸が苦しそうだ。
「熱が酷くなってます。呼吸も苦しそう」
「大丈夫です。すぐに救急車が出動致します」
それを最後に電話が切れた。大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせながら震える手で純也の手を握り続けた。
どんどんと熱くなる手と小さくなる呼吸に動揺が隠せなくなっていく。たった1人の家族を無くしてしまうかもしれないという恐怖に気付けば体は震え、純也の手に反して私の手はキンキンに冷え固まっていった。
私が変わってあげられたらどれだけ良かっただろうか。もし、私に純也を元気にする力が有ったらどれだけ良かっただろうか。
手を強く、強く握ると視界がだんだんとぼやけていく、あれだけ熱かった手はどんどん冷たくなっていく。
———気が付いたら私は路地裏に座っていた。何か懐かしくて温かくて辛いことを思い出した気がしたが、今は深い悲しみと苦しみ以外何も思い出せない。
目の前に有るのは弾けた血溜まりと誰かの左手。
「ひっ」
私は思わず握っていた左手を投げ捨てて脱力し始めた体に鞭を打ち全身のなけなしの力を振り絞ってその場から逃げ出した。
何故あんな事になったのか、私は誰の手を握っていたのか、それも分からない。




