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「それじゃあ行ってくるからね」
「行ってらっしゃい」
紺色のスーツに着替えた私を見送るのは先月4歳になった息子の純也。栗毛色のパジャマを着てまだ眠そうに目を擦っていた。
「今日もいつも通り帰るからね」
私は純也のふわふわの髪を撫で笑顔で仕事へと向かった。
「海谷さん! これは何処に」
「はい、はいそれはそっち、それはそこに置いといて」
慌ただしい職場。私はパソコンからほとんど視線を外さず周りに指示を出す。繁忙期の今は休む暇などなく、昼休みも返上して働き続けた。
「お疲れ様でした。お先に失礼します」
18時ぴったり。私は仕事を終え帰宅の準備を素早く終わらせてデスクから立ち上がった。
「あ、海谷くん。丁度良いところに、この仕事」
「デスクに置いといてください。明日やりますので」
一切止まらず上司の横を通り過ぎた。帰宅の時間をずらした事は一度もない。残業時間0分。しかしその剣幕と確かな能力から、それに意を唱える事は誰もいない。
「ただいま〜」
仕事中の剣幕からは想像もつかない程緩んだ顔で玄関まで出迎えに来た純也に抱きつく。
「ちょっと、お母さん。苦しいよ」
「でへへ、今日もお母さん頑張ったんだから、少しくらい良いじゃない」
息子の頬に自身の頬を擦り付け、だらしない顔と声で笑う。
「ちょ、ちょっと〜」
迷惑だと言いたげな純也。嫌そうなふりをしつつも満更でもない顔だ。
「それじゃ、ご飯作るから手伝ってくれる?」
ひと通り息子を吸うと、手を繋いでリビングへ向かった。
「うん! 今日は何を作るの?」
「今日はね〜鶏肉が安かったから唐揚げよ!」
「やった! 僕唐揚げ大好き!」
リビングからは2人の楽しげな声と調理の音が響く。そんな楽しい日々。それがずっと続くと思っていた。
「学校には休みの連絡しといたから。お母さんも早く帰るから暖かくしててね」
「うん。行ってらっしゃい」
翌日、頬に少し赤みを帯びた純也の肩まで布団をかけ仕事へ出掛けた。
純也は生まれつき体が弱く、しょっちゅう体を壊していた。
私は純也を心配に思いながらも完璧に仕事を終わらせていく。
「海谷さん、これもよろしくね」
「っち、はい、分かりました」
「え、いま舌打ちした?」
「いえ、気のせいかと」
デスクには部長の嫌がらせか、おおよそ1日では終わらない量の仕事が山となって置かれた。そしてそれらを常人の2倍、いや3倍以上のスピードで終わらせすぐさま元の業務に戻る。
「それでは、息子の体調が心配なので早退致します」
彼女は昼休みが終わる頃には全ての仕事を終わらせて早退届けを部長に出した。
「えぇ? こんな時間に? もう息子さんも小学生なんだし、大丈夫なんじゃない?」
バンッという衝撃音。何事かと皆が視線を向けた先では部長のデスクに書類を叩きつけた私の姿があった。
「いいから、早く帰らせてくれますか?」
「う、うん。行ってらっしゃい」
その剣幕に押され部長は反射的に書類を受け取った。
「では、お疲れ様でした」
鈴華は軽く一礼すると身支度を一瞬で済ませ家へと一直線に帰った。
「ふぅ……」
玄関の前で一度深呼吸をし扉を開けた。




