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「大丈夫かい」
朧げな視界に足が映る。少し動かすのも困難な軋む体を動かして顔を見上げるが、不自然にモザイクがかかったみたいに見えない。
「たす……けて」
声が掠れる。お腹が何本ものナタで叩き切られているみたいに痛む。もう何週間も食事をしていない。空腹感よりこの腹と頭の痛みが体を揺さぶっていた。
「……して欲しいんだ?」
声が途切れて聞こえる。耳ももう駄目みたいだ。
「いき、たい……!」
思考が定まらない中、私は希望を精一杯に訴えた。
「それが君の……だね。良いよ、幾らでも……しよう」
差し伸べられた手を取った所で私の視界と意識はぼやけ、途切れた。
「おはようございます永栄様。お食事出来てますが食べれますか?」
メイド服に身を包んだメイが私の顔を覗く。
「うん。ありがとう」
まだ完全に冷め切っていない目を擦り、良い匂いのする野菜と鶏肉の使われた鍋を私はゆっくりと嚥下していく。
「今日の予定は?」
「今日は特に無いですが、明日は詩乃先生の診察が入ってますね」
「そう。なら今日の内から準備しないと。色々買わないといけないね」
「お供したします」
私はエコバッグを持ったメイと共にスーパーへ向かった。
「いつもと同じで良いですかね?」
「うん。ただ、今回は少し量を多くしとこうかね」
「多くですか?」
「うん。それと少し良いもの買っちゃおうか」
あの夢を見た日は自分にご褒美を与えると決めていたので、私はいつも買う鶏肉や野菜より少し良いものを多めに買った。
「買い物は終わりましたが、今日のお昼はどうしますか?」
「うーん。どこかで食べていこっか」
「はい。ただ、お酒はやめて下さいね」
「う〜ん。焼肉とかにする?」
「永栄様の好きな物にしましょう」
「じゃあ焼肉にしようかね」
心なしか歩幅が広くなったメイの手を掴んで私は顔見知りの焼肉屋に入った。
「いらっしゃい」
厳格そうな爺さんの店主だが、根は優しい良いやつだ。店もこぢんまりとしているが清潔で当然肉も美味しい。
「久しぶり、冷蔵庫借りて良いかい? 肉はお任せで」
「はいよ。冷蔵庫は家庭用の方に頼むよ」
メイが冷蔵庫に買った物を入れている間に私は着々と運ばれてくる肉をせっせこ焼いていく。焼肉を焼くのは私の仕事だ。肉が良い色になったタイミングでメイが戻ってきたので焼けた肉をメイの皿に乗せていく。
「永栄様! 永栄様の分から焼いて下さいよ」
「まぁまぁ、私は食べなくても平気だからさ」
ぷんぷんという効果音が似合いそうな動きで怒るメイを宥めつつも、私はメイの皿に肉を乗せていく。
「全く、永栄様は自分を後に考え過ぎです」
メイは自分の皿の肉を何枚か私の皿に移す。
「食事は誰かと食べた方が美味しいと言ったのは永栄様じゃないですか」
「ごめんごめん。ついね。それじゃあ食べようか」
「「いただきます」」
肉は以前来た時と変わらず非常に美味しい。
「……いつも思うんですが、見てて楽しいんですか?」
「ん、楽しいよ。メイは美味しそうに食べるからね」
「……なら良いですけど」
私は美味しそうに食べるメイに微笑ましく思いながら肉を焼く。
「嬢さん。ちょっと良いかい?」
ちょいちょいと店主が手で私を呼ぶ。
「どうしたんだい?」
私は席を外しカウンターの店主の元へ行った。
「嬢さんは大丈夫だろうけど、一応伝えとこうと思ってな」
店主はメイの方に一瞬視線を送り話し始めた。
「最近この近く。というかこの町で不審死が相次いでるらしい。それもただの不審死じゃなく……」
「何を言い淀んどる。私が今更その程度で臆する乙女だと?」
「……そうだな。っつーのもその亡くなり方が、人が爆破したみたいに亡くなっとるらしいんだ」
「それはまた面妖な」
「爆破の犯人がどこかに潜んでるかもしれねぇ。外に出る時は気を付けてあげてやれよ」
そんな事件が起きていたとは。
「ありがとう。気をつけるとするよ」
メイは私の唯一の家族だ。絶対に守らなければならない。私は席に戻ると能天気に肉を頬張るメイを見て気を引き締めた。
「そろそろ帰ろうか」
「ありがとな。重々気を付けて帰りなや」
ひとしきり焼肉を楽しんだ私達は冷蔵庫に入れといてもらった物を取り出して店を後にした。




