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10‐5 崇子と尊子

 観音開きの扉を閉め、喧噪から隔絶された空間でユエが切り出す。


「場所も整ったことやし、手短に聞きましょ」


「では単刀直入に……」


 ケイに見守られ、ソラはぎくしゃくとしながら用件を打ち明けた。


「東ノ国には異世界に関する独自の言い伝えがあるそうで、巫女様方をお引き留めしたのは、その内容をご教示いただけないかと思ってのことでした」


「異世界、ねぇ」


「具体的には、魔女について詳しくお伺いしたく」


「あら、驚いた。まさか魔女様のお話を聞きたい言うお人が大陸さんにおるなんて。理由は?」


「それはですね……、まず前提としてお尋ねしたいのですが」


 未だにベールを被ったままのソラはセナをちらりと見て気まずそうにする。この少年をはじめ、人々にとって魔女は憎悪の対象である。これから続く質問にユエが彼らと同様の反応を示した場合、どう挽回したものか。軌道の修正案がひとつも思いつかない。


 さりとてユエを焦らすわけにはいかないので、ソラは「どうにでもなれ」と半ば捨て鉢に問うた。


「巫女様方にとって、魔女とはどういった存在なのでしょう?」


「東ノ国では彼の御方を崇子すうし様とお呼びし、丁重にお祀りさせていただいとります」


「祀られているのであれば、悪い感情は持っていないと理解してよろしいですか?」


「無論。崇子様とはこの世で一等大切、いと崇高な御方であります」


 信心の染み渡ったユエの声色にセナがピクリと眉を動かす。彼の態度を見逃さなかったユエは扇子を振って開き、じゃっと音を立ててすぐに閉じた。他国の文化に口出しは無用である。


 ソラはしばらく悩んだのち、ユエを正面から見つめた。


「信じてもらえるかは分かりませんが、私には……魔女と同じ陰の魔力があってですね」


「……それ、ほんまに?」


「正確には光陰で半々くらいなんですけど」


「そらまぁ、そうやろな」


 陰の魔力を有すると告げたソラに、ユエは驚愕と猜疑の感情を表した。一方で、光陰両方を持ち合わせることには平然としている。それはツヅミにしても同じで、彼女らにとって陰の魔力が単独で存在し得ない事実は既知らしかった。


 ソラは今になってベールを脱ぐ。


「私は現状、魔法院に魔力の件を知られて追われている身です。これまで失礼を承知で素性を隠していたのは、この顔が大陸中に指名手配されているためでした」


「そしたらアンタはん、騎士さんが一緒やけど取っ捕まってしもたん?」


「捕まりはしましたが、騎士様の判断で院に突き出されることは免れました」


「それはそれは、意外なこともあったもんやね……」


 ユエは渋面を作るセナを見て感心した。


「あい分かりました、と信用する前にひとつ。ソラはんの言葉が本当かどうか確かめさせてもらえます?」


 ユエが扇子を仕舞うと、ツヅミが懐から一枚の札を出した。彼はソラに表を向けて見せる。


 漉いた紙を短冊切りにしたそれには、文字とも記号とも取れる模様が薄灰の墨で描かれていた。線の太さは様々に変化し、筆で書かれたものと分かる。


「これは〈分けの札〉言いましてな、大陸さんでいうところの証石と同じようなものです」


「そちらでは御札を使うんですね」


「大陸さんでは石によって魔法を制御するそうですけど、東ノ国ではこうした札や帯によって制するのが主流です。魔法も〈符術〉言うて、呼び方が違っとります」


「ああ、ソルテ村でそんな話を聞いたような……」


「では、お手を」


 ソラはユエに言われるまま、彼女に手を差し出した。ユエは懐中の畳紙から一本の針を取り出し、ソラの指先に先端を押しつけた。


「少しチクッとしますけど、我慢なさいませ」


 指の腹に小さな穴があき、じわじわと赤い粒が膨れ上がる。ユエは素早くソラの手をうつ伏せ、ツヅミから札を受け取ってその中心に血液を落とした。


 血はスッと墨の中に吸い込まれ、そうかと思えば文字が赤く染まった。札の中央から白い炎が立ち上り、その周りを黒い炎が囲む。やがて黒は墨が滲むようにして白を飲み込み、札は灰も残さず燃え尽きた。


「ほんまに、ほんまなんですねぇ……」


 ユエはソラの指をガーゼで押さえて包帯を巻き、感極まった声でその手を握った。


「まさか生きてるうちに崇子様とお会いできようとは。大陸の物見遊山も無駄やなかったと思うと、感慨深いですわ」


「あの、巫女様はどういった目的で大陸にいらしたんです? 秘密のことであればお答えいただかなくとも構わないのですが」


「自分たちは崇子様と尊子そんし様、こちらで言うところの魔女様と聖人様を探し出す命を帯びて大陸を行脚しておりました。ところでソラ様」


「は、はい?」


 ソラは急に謹厚な口調となったユエに困惑しながら返事をする。


「これからはユエ、ツヅミとお呼びください。貴方様がわたくしどもごときに畏まる必要はございません」


 東ノ国の二人は平身低頭でソラの立場を表した。手のひら返しと言うつもりはないが、ソラはまるっきり変わったユエの態度に戸惑っていた。当の本人も相手の当惑を分かっているだろうに、鈍感なふりをして話を先に進める。


「ソラ様のご依頼を謹んでお引き受けいたします――と言いたいところですが、実を言うと国同士の取り決めにより、大陸での布教およびそれに類する活動は一切禁止されておりまして」


「魔女を語ることが布教行為に当たるんですか?」


 と疑問を口にしつつ、ソラは魔法院の秘匿姿勢や大陸で魔女が毛嫌いされている現状を思い出す。先の問いに「ええ」とだけ返したユエの目には諦観の念が見て取れた。推測するに、彼女が知っている魔女の言い伝えは大陸側にとって都合の悪い内容なのだろう。まさに、異なる視点から魔女の存在を検証できるチャンスである。


 それがソラの立場を回復する手だてとなるかは不明だが、湧いて出た希望に彼女は目を輝かせた。


「そこを何とか。お聞きすることはできませんか」


「お応えしたいのは山々なんですけど、大陸のお偉方を怒らせるようなことはできまへんし……。さて、どうしたものか」


 ユエはしばし悩んで見せ、最初から決まっていた解決策を提案する。


「ほな、ソラ様に東ノ国が副都〈朱櫻〉へご足労いただくのはいかがでしょう」


「すおう?」


「代々、我が家系が治める土地です。そこでしたら誰にも気を使わんと、ゆっくりお話しもできましょう」


「駄目ですよ巫女さん。このクソ魔女には先約があるんだ」


「へえ、騎士さんとの?」


 敬うべき対象を排泄物呼ばわりされたユエは怒って当然だったが、彼女は子供の戯れ言として冷静に聞き流した。


「どないな約束してるん?」


「俺たちでコイツを王都に連れていくことになってるんですよ」


「ホホ、ホ。そうやの。王都に行く御用事となると、そら邪魔でけへんなぁ」


 などと言い、割り込むくらい何とも思ってなさそうなユエである。


「そしたら騎士さんのあとに、いうことで」


「え~!? 駄目だよぉ! 王都のあとはプラディナムに行こうって私も約束してるんだからー」


「……アンタもかいな」


 ユエはロカルシュを一瞥し、そうかと思えばソラに目を向けて顔をほころばせた。


「ソラ様はこのあと、どないな予定になってはりますのん? すぐ旅路に戻るようやったら、うちも急いで準備しなあきまへんし、教えてもらえると助かります」


「アン? 巫女さんたちはお国に帰るんじゃないんですか?」


「騎士さんはえらい大らかなお人やねぇ。けど、ここで会うたが百年目。うちはソラ様を逃がすわけにいきまへんのや」


「そ……、っすか」


 使命に熱を帯びる巫女殿に騎士は辟易していた。


 ユエはセナを押しのけてずずいとソラに迫る。彼女の問いはケイが引き継いだ。


「ソラたちの衣服を新調する用事があるから、すぐに街を出ることはない。終わってからだと出発の時間も遅くなるし、今日はここで一泊していこうと考えているよ」


「あら嬉しい。そんならこっちもしっかり準備できるわぁ」


 頬の脇で両手をポンと優しく合わせ、ユエは優美に小首を傾げた。


 ソラたちは娯楽室を出たあと、ユエとツヅミに見送られて買い物へ向かった。

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