10‐4 東ノ国の御仁
目的地に着いて、宿の案内人に馬と馬車を預ける。シンプルな外壁と打って変わって、宿のエントランスは深い青と白のツートンで彩られていた。ロビーの隣には開放的なカフェがあり、空間を仕切る壁もなく客の様子を眺めることができた。
人を尋ねようとケイが受付に足を向けたところ、雑多な会話が溢れる中に凛とした声が響いた。
「ケイはん。こっちや、こっち」
食後のティータイムを楽しんでいたのか、異国の服を纏った女がしずしずと手を振っている。
「おや。泊まっている部屋を聞く手間が省けたな」
ケイは呼ばれるがまま、ソラたちを引き連れてカフェに入っていった。途中、ウェイターに人数分の冷たい飲み物を注文し、女の元へ急ぐ。
「思てたよりも早いお着きで」
迎えたのは小柄な中年女と、愛想というものが欠落して見える青年だった。
女は漆黒のまとめ髪に鼈甲の笄を挿し、全体に小作りで奥ゆかしい美人だった。薄紫の瞳は神秘的で控えめながら、相手を値踏みするがごとく容赦のない光を湛える。しかし彼女の表情は一貫して穏やかで、これはどうにも内と外とで異なる感情を抱える人物のようだった。装いはいわゆる袴姿で、淡い彩りの上下に薄手の道行きを着付けている。外見、仕草、声、どこを取っても品位が高く立派を絵に描いたような御仁だ。
彼女の隣に控えるのは体格のしっかりした長身の青年で、日に焼けた黒髪を紫の紐でひとつに結っていた。瞳は澄んだ琥珀色で、見るものを真っ直ぐ射抜く視線に意志の強さを感じる。表情は先の女と対照的に感情らしいものが見えず、堅物然とした雰囲気が漂っていた。半袖の白い上衣に黒い袴をつけ、質素な出で立ちだ。
ケイは二人の席によそのテーブルをくっつけ、皆に椅子を持ち寄るよう言って女の正面に座った。
「無理を言って申し訳ない。だいぶ待たせてしまったかな?」
「特別ほかに用事があるわけでもなし、かましまへんよ。それで、今度はお連れさんがぎょうさん居てるけど」
「いろいろとあってな。貴方を引き留めたのも、この子たちの頼みがあったからなんだ」
「そないやったら、ご挨拶しなあかんね」
女はソラたちを順繰りに見つめる。
優しく細められたその目は言っていた。まずはそちらから、と。
微笑みと共に圧をかけてくる彼女にソラは社会人としての緊張感を思い出し、背筋を伸ばして立ち上がった。
「アッ、は、初めまして! 私はソラと言います。訳あって人の多いところで顔を見せられないもので、隠したままで申し訳ありません……」
「その格好は巡礼者さんやな。ソラというと、何やうちのお国で聞くような名前やけど?」
「それは、その。追々ということで今はご勘弁を」
「まあ、人それぞれに事情はあるやろし。ええですよ」
頭を低くするソラに女はニコッとした。続いてエース、ジーノ、セナと名乗り、最後にロカルシュが自分とフクロウを紹介する。
全員を把握した女はテーブルに置いていた扇子を取り上げ、
「うちはユエ。故郷の東ノ国では末席ながら〈巫女〉の役に就いとって、早い話が外交使節やね。こっちは――」
「ヘェー! おばさんもミコさんなの? 私と一緒だ~」
他人の話を遮った上に気安い口調のロカルシュに、ユエは扇子を広げて口元を隠す。
「あらぁ。そちらのヒョロっこい騎士さんはプラディナムのご出身なん?」
「うん! 私もお国では神子やってたのー」
「フゥン、道理で……」
彼女は異国の神子をじっと見定めた。
ロカルシュの子供じみた態度は初対面で敬遠されがちだ。隣に座るセナはユエが扇の下に隠す不快の念を察し、相棒を下がらせる。
「ロッカ、アンタはちょっと黙っとけ。な?」
「何かよく分かんないけど、セナが言うなら。はーい」
「申し訳ありません、巫女様。先を続けてください」
機敏なセナの対応にユエはいくらか機嫌を直し、扇子を閉じた。
「そしたら話を戻して。えっと……、何言うてたか忘れてしもたわ」
「こちらの紹介が一通り終わって、ユエ殿が名乗られたところだったな」
「そやった。おおきにケイはん。そしたらアンタも挨拶し」
彼女は扇子の先を右に動かし、皆の注目を青年に移す。見るからに寡黙そうな青年は想像した通り、最低限の挨拶をした。
「自分はツヅミと申します。ユエ様のお世話と護衛を担っております」
「……アンタ、それだけなん? ちょっとはニコッとしぃや……すまへんなぁ、皆さん。この通り無愛想やけど、悪い子やあらへんので」
代わりに主人が愛想を振りまく。ツヅミは小さく頭を下げ、誰も映してないような目で正面を見つめた。ユエは仕方なさそうに眉を下げ、場の空気を変えようと扇子で反対の手をぽんと叩く。
「ほな、挨拶も済んだことやし、早速やけどそちらさんの用向きをお聞きしましょ。皆さんはどないな用事でうちを引き留めたんやろか」
「私は文に書いたとおり、ある人物の健康状態について魔術的な助言を賜りたいと思っている。だが、これは後回しにしてもらって構わない。肝心なのはもうひとつの用件でな」
ケイがソラに視線を送る。ソラは緊張の唾を喉にひっかけながら飲み込み、口を開いた。
「私からお聞きしたいことがありまして。それが人目をはばかる内容なもので、できればよそ様のいない場所でお話しできたらと考えているのですが……」
「それやったら、ここの娯楽室を貸し切ったらどない?」
ユエの提案にソラとケイが顔を見合わせて頷く。本調子であればエースとジーノが真っ先に動きそうなものだが、兄妹は未だに頭を茹でられており目もうつろだ。ソラはケイと共にカフェを中座して宿のフロントへ急いだ。手が空いている従業員に娯楽室の利用を頼むと、あと半刻ほどの間であれば貸せると言われた。
カフェに戻る途中、ソラが不意に立ち止まった。
「どうした?」
「さっきからずっと、心臓がドキドキしててですね。何せ相手が国家を代表していらっしゃった使節様ですから、神経がゴリゴリに削れるというか。ちょっと深呼吸をば……」
「……すまない、私の気が回らなかった。ユエ殿との交渉ごとは私が引き受けよう。キミは自分の疑問だけに集中したまえ」
「それめっちゃ助かります」
親指を立ててウィンクしたケイの何と頼もしいことか。ユエとツヅミの誘導は彼女に任せ、ソラはもはやボロ雑巾と化した兄妹の手を引いて娯楽室へ移動した。




