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9‐13 異界人の行方

 彼女の告白には誰もが目を丸くした。特にノーラは瞼が三重になりそうなほど見開き、白目をむいて今にも気絶しそうによろめく。


「は? 待って。待ってちょうだい。それは私も初耳なんだけど? え? お、おば様は村の方だし、それじゃあまさか……おじ様が!?」


「魔法院に入ったお前なら薄々感づいていたと思ったが、知らなかったのか?」


「で、でも! 大陸の外から来た方だから、こちらの言葉を話せないって……!」


「それは方便。詰まるところ嘘だ」


「嘘だったの!?」


 これまで横柄で高飛車だった彼女はプライドを天井高くブン投げて、素っ頓狂な声を上げたのちに床に膝をついた。ケイはそれを反面教師として見つめた。度を過ぎた憧れは親愛を信奉へと変え、対象を飾り立ててその輪郭を朦朧とさせる。目も心も、近づくほど相手が見えなくなるものだ。


 頭を抱える幼なじみをよそに、ケイはソラに顔を向ける。


「父はキミと同じ状況でこの世界にたどり着いた。光陰ふたつの魔力を持ってね」


「ンエ!? お医者先生のお父さんも両方の魔力を持ってたんだー?」


 ロカルシュの疑問にノーラがのろのろと立ち直りつつ答える。


「陰の魔力のみを持ってこちらへやってきた異界人は過去にいないわ」


「……なーんでおばさんがそんな断言できるの」


「魔法院で確認した事実よ」


「へぇ~? ふぅーん? どーして私たちはそれを知らないんだろーねぇー?」


 フクロウがテーブルの方に飛んでいき、冊子の上に降り立ってノーラをじっと見つめる。バチバチと視線を戦わせる二人(と一羽)の間で泥沼の喧嘩が始まる気配を察し、ケイが手を叩いて話題の中心を自分に戻した。


 彼女が続きを切り出す前に、ソラがひとつだけ疑問を投げかけた。


「では、先生のお父様も私みたいに魔法院へ報告されてしまったんでしょうか」


 自分と同じ状況でこの世界に来たのなら、真っ先に気になるのはそこだった。対してケイは申し訳なさそうに目を伏せ、幼い頃に母から聞いた当時の状況を語った。


「かつての世界で医者だった父は、私たちの村を救った救世主でな。そのとき流行っていた風邪らしき病を根気強く治療してくれたんだ。言葉もろくに通じず、自分もまた同じ病にかかりつつも、必死に」


「ええっと、つまり……?」


「誰だって命の恩人をみすみす死地へ送りはしない」


 それを聞いてソラは安堵に胸を撫で下ろしたが、すぐに眉をひそめた。


「死地だなんて、魔法院に渡したらケイ先生のお父様が何かよくない目に遭うことを村の人たちは知ってたんですか」


「村の上役連中は」


 衝撃の事実とはまさにこのことだろう。魔女と疑われる者が魔法院でどのような仕打ちを受けるか、知っていて報告するだなんて。目つきを険しくするソラの袖をジーノが強く掴んだ。


「あのっ、ソラ様! お父様はそのようなこと、ご存じありませんでした。お父様はわざと貴方を魔法院へ送り出したわけでは……!」


「そこは大丈夫、分かってるよ。スランさんに限ってそんなことはあり得ない」


「ああ。カシュニー地方では集落の長などが暗黙のもと承知していたが、ほかの地域であれば知らない人間が大多数だ」


「先生、なぜ私たちはそれを知らないのです? 知っていれば、ソラ様につらい思いをさせることはありませんでしたのに」


 ジーノが柳眉を歪めて抗議する。ケイは伏せていた目を窓の外に向けてロカルシュに問うた。


「ロカルシュ。キミは相棒殿が扱う武器の名称を知っているかね」


「銃でしょ。そのくらい知ってるよー」


「それはこちらの言葉に置き換えた俗称だ。正式には?」


「あーそれ、意味分かんない造語だったはず~。何だっけ……、が……がん? ず?」


「そう、ガンズだ」


 親指と人差し指を直角にしてケイが虚空を撃つ。


「この単語の翻訳はソラも分かるだろう」


 仕草に加え、ご丁寧に「翻訳」と表現してくれたものだから、ソラは悩む暇もなく全てを察した。彼女は丸めた紙のように顔面をぐしゃぐしゃにし、様々な感情を堪えて天を仰ぐ。


 ロカルシュが渋面のケイとソラを交互に見比べて首を傾げる。


「どゆことー?」


「小騎士殿の武器は、ソラのような半端者の異界人から、おそらく非道な手段で聞き出した知識をもとに作られた。ということさ」


「……ケイ先生の言いようと氷都のジジイの態度から考えるに、魔法院は知識ほしさで陰の魔力を持つ異世界人を引き取り、悪しき魔女と断じて拘束。痛めつけるなりしてこの世界にない情報を搾取して、用済みになったら殺してきたんでしょう」


 ソラは視線だけをノーラに向けて、


「各地の祠祭さんに報告を義務づけたのは、獲物を見逃さないため。魔女について皆が不自然に無知なのは、外聞が悪い部分を隠そうとした結果なんじゃありませんか」


 何にせよ、氷都から逃げ出したのは正解だった。ろくな知識もないソラでは、きっと惜しげもなく殺されていた。


 寒気に両腕を抱くソラを前に、エースは自分の仮説に追い風が吹いたのを感じた。伝承記と古い文献との差異から発展した持論を単に「妄想」と片づけるには、魔法院の振る舞いが怪しすぎる。こうなると、院が秘匿する技術は全て異世界由来なのではと疑ってしまう。


 ますます院への嫌悪が増して、エースはノーラを睨んだ。


「さて、ソラ。私が父の正体を明かしたのは、同じ世界にルーツを持つ者としてキミを他人とは思えなかったからだ。あのナナシという男にしてもな」


 話題が切り替わり、ソラは「そうくるか」と頭を抱えた。ケイはあからさまに消沈する彼女を見つめ、決然する。


彼奴きゃつは私とキミで止めねばなるまいよ。結果的に騎士殿たちが捕まえてしまうのならそれでもいいが、このまま人任せにするべきではないと私は考える。やはり、同郷の不始末を放り出すのは体裁が悪い」


「陰の魔力を持つ私の場合は、特にそうですね……。悪行を目の当たりにしながら野放しにしたと世間に知れたら、いざって時に非難の的どころじゃなくなる」


「それだけじゃない、とても嫌な予感がするんだ。あの男の執念深い目、このまま何もせず逃げるだけとは思えない」


「同感です」


 ケイは利己心でソラを巻き込もうとしているのではない。それはソラも理解していた。宿借りの襲撃があった今だからこそ、彼女は保身のために善人である証明を積まなければならなかった。

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