9‐12 魔力の移植
「あ、の。もしかして聞いたらまずいことでした?」
それなら答えなくて構わないと続け、ソラは大げさに手振りして引き下がる。
ケイがノーラを肘でつつき、
「お前の口から話すのが筋だぞ」
「……そうね。最初は魔法院や私への当てつけで始めたことなんでしょうけど、奴の最終目的は魔女が持つ魔力をこちらの人間に移植することだったの」
「魔力の移植ぅ? そんなことできるの~?」
「治癒魔法の応用と考えれば不可能ではないさ。施術士は自分の魔力を中和して患部を治療する。それはつまり、局所的ではあるが魔力の移植にほかならない」
セナがソファから立ち上がり、ノーラに向く。
「治癒魔法を応用した移植方法だと、異界人が自ら被験者に魔力を〈譲渡〉するか、そうでなければ二人の間を取り持つ仲介役を立てるか、または被験者本人が異界人の魔力を〈徴発〉するかですよね?」
「その通りよ」
「理論の上では可能なんでしょうが、実際にできるものなんですか?」
「もっともな疑問ね。魔法施術士の資格を持つフランは魔力操作の難しさを知っていたわ。だから仮に異界人を確保したとしても、譲渡の方法をその異界人にイチから教えるという頭はなかった。魔力の徴発についても、そう安易なことではない」
「じゃあいったい、どうやって……」
答えに見当がつかず眉頭を揉むセナに、ケイが人差し指を立てて得意げになった。
「そこで目を付けたのが魔術的な移植方法さ。早い話が輸血だな。魔力は血液の流れに乗ることが知られているだろう?」
「フランは被験者の血液を異界人のそれに入れ替えてやろうと企んでいたの。幸か不幸か、方法の確立までは至らなかったけれど」
「その前に殺されてしまった、と。つーか、大層なことを考えてた割に運頼みな研究ですね。いつ現れるかも分からない異界人を当てにするなんて悠長すぎるというか、何というか」
「腐っても異界学を極めた学者ということよ。巨樹に囲まれたあの土地は遠からず異界人が現れると予測して手に入れたものだった」
「一か八かの賭で聖域つきの土地を買ったわけじゃないってことっすか」
「ほほう、小騎士殿は実際に聖域を見つけたのか。どんな状態だったか教えてくれないかね」
「ロッカのおかげでな。フクロウが確認したところ、結界の中に血の滴った跡が残ってたそうだ」
「私としてはぁ、怪我した動物さんが偶然そこにいたのでは~? って思ったんだけどぉ。今の話だと、あのナナシっていう異界人が出てきた場所かもしれないね~」
ロカルシュはフクロウと一緒になって小首を傾げる。
フラン邸の聖域については置いておくとして、それまで一言も発せず静かにしていたジーノが挙手して発言を求めた。
「首尾よく異界の方を手中に収めたとして、移植先の人間に当てはあったのですか?」
「それについては、うってつけの人材がいたわ」
「うってつけ……?」
「あの狂人は自分の子供を魔力の器に使おうと考えていたのよ」
「なっ――!?」
そもそもの構想も人道を外れているが、我が子を被験者として計画に組み込むなど言語道断である。ソラたちはあまりの非道に絶句し、先んじて知っていたエースとケイは暗い面もちで目を伏せた。
誰の口も重くなり、しばらく音がなくなった。
その沈痛な空気をノーラが破る。
「フランは異界人の魔力だけを取り上げ、我が子にそれを引き継がせようとしていた。それで何を成そうとしたかは定かでないけれど、魔法院に仇を返すとか、そういう下らないことを考えていたんだと思うわ」
彼女は身勝手な言い訳だと自覚しながらも、まくし立てるように弁解する。
「私はフランがそんなことを考えていたなんて知らなかった。もしも知っていたら子供なんて産まなかったし、置いてもいかなかった……」
それさえも尻すぼみに消えていくあたり、ノーラのロクでもない人柄が表れていた。
またしても重々しい沈黙が室内を支配する。
おかげでロカルシュは外が騒がしいことに気づいた。彼はキョロキョロと辺りを見回し、耳の後ろに手を立てて遠くの話に耳を澄ませた。屋外の目と耳を借りて、近くの通りを慌ただしく駆けていく騎士の会話を聞く。
「わ、わ、うわわ!」
突如、ロカルシュの挙動が不審になる。
「んだよ、どうしたロッカ」
「大変! あの、あのねっ、出たって!」
「何が」
うろたえるロカルシュはセナの片耳を両手で多い、彼にしか聞こえないよう声を絞って報告する。
「ここを襲った黒と白の。宿借り、遠くの村で痕跡が見つかった……!」
ギョッとしたセナは窓に駆け寄って外の様子を確かめ、ソラを振り返ってからロカルシュに頷いた。
「ロッカ、魔女はアンタに任せるぞ。俺は詳細を聞いてくる」
「分かった~」
彼はソラを指さし、表情だけで「逃げるなよ」と釘を刺した。ソラはとんでもないとばかりに何度も頭を上下させ、部屋を出て行く少年を見送った。
バタンとドアが閉まったのを見計らって、ケイが一人掛けのソファに腰を下ろす。先ほどまでノーラが座っていたところだ。
「小騎士殿が席を外してくれたのは何とも都合がいいな。無駄にケンカをしなくて済む」
「どうしたんです? ケイ先生」
「この場を借りて皆に打ち明けたいことがあるんだ。ソラ、キミは私がなぜ外来語を知っているのか、不思議がっていたね」
先日、ノーラを治療した際にケイが口走った血液型の件である。ケイはすっかり忘れていた様子のソラに肩をすくめ、金の右目でウィンクした。
「この通り、私自身はこちらで生まれ育った人間だ。獣使いなんて特殊能力を持つ人間はキミの世界にはいなかったろう?」
「はい。しかしそうなると、先生はどなたか異世界から来た方とお知り合いなんでしょうか」
「当たらずとも遠からずだな」
ケイは前のめりになって膝に肘をつき、顔の前で静かに両手の指先を合わせた。スッと鼻から息を吸い、不敵に笑う。
「私は異界人の子供なのさ」
その仕草はどこか、異国めいた雰囲気を持っていた。
※ケイが「魔力は血液の流れに乗る」と言っている点について補足します。
元タイトルのいせよめ版では、魔力とは「血管と重なる形で全身を巡る見えざる器官」を流れるものと解説しましたが、今回リメイクするに当たり、【魔力は血管を通って全身を巡る(魔力は血液に含まれる)】という設定に変更しました。
いせよめの内容をご存知の方につきまして、この変更により混乱が生じてしまうかもしれないと思い、注釈を入れさせていただきました。




