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私がそれを望むから  作者: 未鳴 漣
第三章「白昼の悪夢」
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9‐9 魔力の属性

 ソラが目覚めてから二日がたった。その後、彼女は体調を崩すこともなく本調子に戻り、一方でノーラも回復したと知らせが届いた。


 ソラたちはこの日、魔法院に置かれたノーラの執務室を訪れていた。エースとジーノ、ケイのほか、監視役のセナとロカルシュも居合わせる中、沈黙が室内を支配している。接客用のソファに座るソラは落ち着きなく、正面に座るセナと斜め隣のノーラの間で視線をさまよわせていた。


 あらかじめ言っておくと、ノーラが彼女たちを呼び寄せたのは、魔女を監視下に置くとしたセナの決定に抗議するためではなかった。


 この部屋には中央に大きなテーブルが鎮座しており、そこには紐で綴じた冊子が積み上げられている。それらは全て同一人物によって書き記されたもので、量だけでも執念深さが伺えた。


 ノーラはその内容を開示する目的でソラたちを招集したのだった。


「これは魔女狂いのフランが残した妄想の数々よ。結論から言うけれど、ここに貴方たちが求める答えはないわ。ただ、フランに話を聞いていれば得られたであろう知識くらいは提供しようかと思ったの。わざわざ地下図書の禁書区域から運んできたんだから、感謝するように」


 彼女はいつも通り、誰に対しても鼻持ちならない態度であった。


 研究を記した冊子を読み解くのは下地となる知識を持ち、なおかつ速読が可能なエースとケイだった。ゼンマイ式の振り子時計が時を刻む間に、紙の束を一枚ずつめくる音が響く。


 待機組のソラは指先をクルクルと回したり目を泳がせたりして、手持ち無沙汰を堪えた。ジーノは微動だにせずじっとしている。一人掛けのソファに陣取るノーラは、文字を追いながらいちいち顔をしかめるケイたちに同情しつつ、煙草を吹かす。セナは入室からずっと窓の外ばかり見ていた。


 体裁として各自の前に配られた茶が薄いカップの中でどんどん冷えていく。


 そんな中で、ロカルシュの目が異様にやかましかった。彼に目玉はないため、実際には表情かおがうるさい。


「……ロカルシュさん、視線が痛いです」


 耐えかねたソラがごく小さな声で本人に申し入れた。


「え? アッ、ごめんね。確かにお国でもこんなんして魔女さんジロジロ見てたら怒られちゃうかも。不敬だ~って」


「えっと、貴方の故郷では魔女も信仰の対象なんですよね」


「そーなの。滅びの神様の使いって言われてる~。ちなみに聖人さんは創世の神様の使いね」


 ロカルシュはともすると緩みそうになる顔面に平静を張り付けて問う。


「ねえねえ、魔女さん。プラディナムに来ない?」


「はい?」


「おいコラ。何を言ってるのかなロッカさん」


 セナが声を低くしてロカルシュを訝る。ロカルシュはギクリとして隣のセナから上半身を引き、遠慮気味に提案を続ける。


「魔女さんも、うちのお国なら丁重に迎えられると思うんだ~」


「待てって。隊長からの指示もまだ受け取ってないんだぞ。違う話を進めるんじゃない」


「えー? だって私が騎士になった理由……」


「知らん。駄目。今は王国騎士の一員なんだから勝手に決めない」


「ムゥー、じゃあ隊長の用事が済んだらでいいよ。そしたら魔女さんは私と一緒にプラディナムに行こうねっ」


「隊長の了解が取れたらな」


 ロカルシュは頬をまん丸に膨らませて抗議を表したが、セナも眉間に深いしわを刻んでおり、譲歩の限界であることが分かる。


「……分かったよぉ、隊長に相談すればいいんでしょ~? まったくもう、創世と滅びの使いを一人で担っちゃうなんて聞いたことないんだよ。すっごい貴重なんだから。何が何でもお国に連れてウワーッ!! 思い出したぁ!」


 大声とともに立ち上がったロカルシュの奇行に、思わずエースとケイも紙面から顔を上げて振り返る。が、ロカルシュは気にもせずノーラに詰め寄った。


「鬼畜院のおばさん、証石なぁい?」


「証石? あるけれど」


「かーして!」


 解読班の二人は何事もなかったように作業に戻った。


 ロカルシュの声に耳を塞ぐノーラが口を大きく開けて煙を吐き出し、うんざりとして聞く。


「理由を言いなさい」


「そんなの決まってるじゃーん。魔女さんの魔力を見せてもらうんだよ~。ちゃんと自分の目で見て、魔女さんの言ってたことが本当なのか確かめないと! 鵜呑みはいくない。だからおばさん早く証石貸してー」


「……分かったわ」


 ノーラは灰皿に煙草を押しつけ、ソファを離れて備品を納める棚に向かう。彼女も少なからずソラの魔力には興味があった。魔力を遮断する手袋をはめ、引き出しから証石を持ち出す。それをソラの手に転がして、一同は金紅石の変化に目を凝らした。


 石は通常では見ない白と黒とに輝いた。その比率はおよそ三対七。氷都の魔法院で見た時よりも、やや黒色が強くなっている。


 セナはソラの言葉が事実であったと見せつけられ、舌打ちをした。


「クソめ。本当に両方の魔力があるんだな。だが、これで半分以上は魔女ってことが証明されたわけだ」


「……まあ、そうなりますよね」


 セナの解釈に文句は付けず、ソラはノーラに問う。


「ノーラ博士。私は魔女について知りたいがために貴方を訪ねました」


「ええ。ケイから聞いているわ」


「実際のところ、魔女って何者なんです? この世界に呪いを振りまいた忌まわしき存在ってことくらいしか知らないんですけど」


 ノーラはわずかに思案し、ソラから視線を外して語り始めた。

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