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9‐8 追って来て

 まずは村の規模を確認するため結界の外を回り、ナナシの魔法で寝静まる人々を完全に包囲した。これから何が起ころうと、彼らが逃げ出すことはできない。


 ジョンとナナシは最初の家へ近づき、玄関の前でしゃがみ込んだ。この世界では戸締まりにも魔鉱石が使われる。魔鉱石内部には注がれた魔力を魔法に変換する回路が存在し、それは石毎に異なる構造となっている。それぞれ固有の回路はどんなに似通っていようとも細部で異なり、ひとつとして同じものはない。


 その特性を利用したのがこの世界の施錠方法だった。ひとつの石を割って鍵と錠とに埋め込み、同じ回路を伝った魔力に反応して開く仕組みである。


 魔法は魔鉱石を介してのみ行使が可能となることから普及したこの錠前であるが、石に頼らない魔法使い相手には防犯の体を成さない。


 ジョンが鍵穴に人差し指を押しつけて微量の魔力を流し込む。指先から伸びる魔力で錠の構造を探って回路を把握した彼女は、ものの数秒でピッキングを完了させた。


「おっけー、でっす」


「んじゃ、魔力回収ついでにゴミ掃除といこうぜ」


 足音もなく家に侵入し、リビングの奥にある寝室のドアを開ける。そこには夫婦が眠っていた。ナナシが妻の、ジョンが夫の横に立つ。先に少女が手に見えざる刃を握り、半開きになっていた夫の口に切っ先を突き刺した。


 目を見開いた男は溺れているかのように喉を詰まらせ、四肢をばたつかせて抵抗した。ジョンはポシェットから金剛石を取り出して、暴れる男の胴体に乗り上げた。胸に押しつけた石を介して相手の魔力を徴発し、組み替えた貯蓄回路に流し込む。


 目を覚ました妻はナナシの魔法で拘束されていた。ナナシは自由になる右手で彼女の口を塞ぎ、他人の最愛が生き絶えるのを見せつける。顔を返り血で染めたジョンが振り向いたタイミングでナナシが女をベッドに押し倒し、血濡れの少女が獲物の喉を突き刺した。


 ジョンは彼女の魔力も余すことなく頂戴し、ひと仕事やり終えたように額を拭った。


「れいとうまほう、かけといた」


「えらーい! それで、魔力の収集具合はどう?」


「ばっちり。やっぱりしたいよりも、しにかけのほうがいっぱいもらえる。いきてるのからすいだせれば、もっとたくさんもらえるはず。のだけど」


「大声とか出されたら面倒だかんなー。今回もそんなに時間があるわけじゃないし」


「よるは、ねたい。ので、さくさくっところころしていきましょう」


 用なしの家を飛び出した二人はその後も淡々と人を襲い、多くの魔力を集めた。今回は汚れを防ぐ雨具を着ていないため服が血液を吸って動きにくく、作業を重ねるごとに煩わしさが増していった。


 先に意気が切れたのはナナシだった。終盤、彼は顔の血を手で拭いながら大きく口を開けて長々とあくびをし、ジョンが魔力を調達する様子をうとうとと眺めていた。その怠慢が祟ってナナシは物陰に隠れていた一人を見逃し、逃走を許してしまった。


 高いところから落ちたのか小さく悲鳴を上げたあと、体重の軽い足音が去っていく。


「やっべ、一人逃げてった。ガキンチョがいたっぽい」


「このいえ、おばさんがくらしてたかんじしか、ないけれど」


「ジョンはまだ手ぇ離せないよな。そしたら僕が先に追いかけるわ。とりま殺さずに縛り上げておけばいい感じなんだろ」


「そうです。よろー」


 暴れる女を押さえつけて魔力を奪うジョンを残し、ナナシは廊下に顔を出し、玄関とは反対の方向を見る。突き当たりにある物置と、隣の部屋の扉が中途半端に開いている。外に出て裏手へ回ると浴室の窓が開いており、足下の砂利が散らばっていた。急いで駆け出した足跡が向かうのは少し離れたところにある教会だった。


 ナナシが家屋の壁から目だけを覗かせる。少年が一人、戸口を前に立ちすくんでドアを叩くか決めかねている。家の異変を察知して逃げ出したのに、何を躊躇しているのだろうか。


「あのガキ……」


 宙を迷う手はぎこちなく、ナナシはその仕草から少年が怯えていると分かった。


 その子は結局ドアを叩くことができず、涙をこぼして座り込んだ。見かねたナナシは静かに歩き、うなだれる背中に近づく。足音に気づいた少年が怖々と振り返り、ついに二人の視線が交差した。


「お前、何で助けてって言わないの」


「そ、れは……、……」


 顔をそらして声を詰まらせる彼の背後にナナシがしゃがみ込んだ。手のひらに明かりを浮かべ、少年の様子を観察する。サイズの合っていない服は寝間着にしても粗末で、袖からのぞく肌に変色した箇所がいくつかあった。ナナシは無遠慮に後ろ襟を掴んで引き下ろし、隙間から見えた背中に痣とやけどの痕を確認した。


 ナナシが忌々しそうに目を細める。そこに遅れてジョンがやってきて、珍しく殺気立っている相棒を後ろからぎゅっと抱きしめた。


「どしたの。こわいかおして、なにかいやなものでもみた?」


「ここにもクソ野郎がいるみたいなんだ。さっさと始末しようぜ」


 彼は魔法でドアを破壊し、子供を引きずりながら手当たり次第に部屋を開け放っていった。騒音で目を覚ました教会の主が寝室から出てきたところをナナシが一発、頭をガツンと殴りつける。


 床に倒れたその男は壁の蓄光石に明かりを灯して闖入者を目撃した。彼は血まみれのナナシとジョンを見て、考えるより先に逃げ出す。行く先は突き当たりの書斎だった。薄いドアを勢いよく開け、窓から外に逃れるつもりだった。


 ナナシは子供をジョンに預けて腰の鞭を握った。書斎に足を踏み入れ、今まさに窓を乗り越えようとしていた男にそれを振る。風を切る音と同時に逃亡者の背中が斜めに裂け、外へ落ちていった。


「そこのキミ。よく見てて」


 ナナシが瞳に慈愛を浮かべ、ジョンの隣でおびえる子供に言う。そして彼は腕を伸ばし、光の鎖を窓向こうの男に巻き付けて室内に引き戻した。宙を飛んだ男が壁に激突し、苦悶の息を漏らす。ナナシは指先の動作ひとつで杭を作り、吊し上げた男の両手首を壁に縫いつけた。


 汚らしい悲鳴を頭に浴びながら、ナナシは新たな杭で罪人の関節を順に穿っていく。


 肘、肩、股関節、膝、足首……。


 腹部と胸部にも突き刺し、最後に口腔を貫いたところで手を下ろした。


 ぴくりとも動かなくなった人間標本を横に、ナナシは少年を振り返って清々しく笑う。


「キミの家のババアも、ほかのも死んだし、コイツはこのとおり磔になった。怖い奴はもういないから安心していいよ」


「……」


 無残を間近で直視した子供はあんぐりとして言葉を失っていた。やがてその口から息が漏れる。


「は、はは……、あはは……」


 あまりのショックに気が狂れたのか、はたまた歓喜を発したのか。子供は顔面を痙攣させて笑い始めた。それを満足そうに見つめるナナシのズボンに、一枚の紙切れがくっついていた。血で湿った箇所に張り付いてしまったのだ。彼は足を振って剥がそうとするが、なかなか離れてくれない。


「まって。ぼくがとってあげる」


「ん。ありがと」


 ジョンは紙をぺりっと引き剥がしたついでに文面を見る。そこには凶悪な女の人相が描かれていた。


「おお~? ふんふん……、なるほどそういうこと。そらオネーチャンはまじょだったのかぁ」


「魔女、というのは何でしたっけ?」


「せかいにのろいをふりまいた、わるいやつ。そんでもってー、このにがおえだけど、くろかみのオネーチャンにそっくりね」


「え。あの姉ちゃんあんな弱っちそうな顔して悪い人だったの?」


「そうみたい」


「そんなら仕返し以前に僕の使命として、いずれ倒さなきゃいけない相手なのかぁ」


 しげしげと人相書きを眺めるナナシの隣でジョンが性悪な笑みを浮かべた。


「ぼくによいかんがえ、ある。にんげんがひとりたりないけど、たぶんだいじょぶなやつ」


「それはそれは。お聞きしましょう」


「あのね……」


 彼女はナナシの耳元で内緒話をする。


「……うっわ、お前エグいこと考えるじゃん」


「まじょがどんなまほうをつかうかなんて、みんなしらないもの。たにんのすがたをかりることも、できちゃうかも?」


「ジョンさんはホント意地悪で悪い子だなぁ」


「いっひっひ!」


 密談を終えたナナシとジョンが放心状態の子供を振り向く。二人はまず子供の頭を撫でていたわり、小声で謝罪してから顔色を変えた。


「お前ら、よくもこんな似顔絵を描いてくれたな」


「ぜつみょうに、にてるとこ。にくらしい」


「姿を変える魔法ってめちゃくちゃ面倒なんだぜ」


「はぁ。くらーなまで、もつかしら。いまからあたまがいたいわ」


「まったく困ったもんだが、とにかくお前で最後だ」


「かくごしろ~」


 録音装置として生き残る子供は状況を理解できず、口に薄ら笑いを張り付けたままだった。ジョンによって魔力のみを吸い取られ、彼は眠るように意識を失った。それをナナシが抱えて寝室に運び、布団の中にそっと寝かせる。


 殺戮を終えた二人は教会を出て、まだ暗い空を見上げて伸びをした。


「僕たちすいぶん汚れちゃったな。ちゃんとお風呂に入ってから寝ないとだ」


「なな。あさごはんは、おやさいおおめにしてね。さいきん、ふそくしがちだとおもうの」


「へーい。お任せくださいませ、お嬢様」


 惨劇の終わりに場違いなまでの和やかな会話が響く。


 彼らは適当な民家に入り、湯を浴びたのち短い仮眠を取った。朝日が昇る頃に起き出して食事をし、食器の片づけまでこなして借りた家を出る。何人たりとも逃さぬ包囲網を解いて、革靴と裸足の足跡は悠然と村を去った。

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