9‐7 魔力集め
夜半、カシュニー地方の南東部にて。
巨樹もなくなり通常の植生となった森の中を一頭の馬が歩いていた。
「お前のこの能力、すっげー便利なのな」
左腕を布で吊っている男はナナシである。彼は器用に片手で手綱を握り、前にジョンを乗せて馬を駆る。彼に乗馬の経験はなかったが、もとより身体能力が高く勘もいいとあって、跨がった一時間後には馬の乗り方を覚えていた。
「はやくにげられる。ぼくたちのあしあともつかなくて、いっせきにちょう」
「さっすが僕のジョン。偉いぞ、褒めてあげよう」
「へっへ~。ぼくてれちゃう~」
「つーかさ、ジョンのその能力ってどういう仕組み? 動物と脳内会話ができるとかそういうやつ?」
「えっとねー、さきがわっかのなわをなげて、あいてをつかまえる……みたいな? やろうとおもえば、にんげんもあやつれちゃうの。むずかしいけど、ね!」
ジョンの言っていることがいまひとつ分からず、ナナシが首を傾げる。ジョンは仰け反り返ってナナシを見上げた。
「どうぶつとは、まりょくのなわ? ひも? みたいなのでつながってるのよね。それをきったり、つないだりして、いうことをきいてもらうの」
「何であれ、生まれ持っての才能だな。僕には全然分かんない」
「えっへん! ぼくみたいにきようなのは、そういないわよ。こやでぼんやりしてたじかんも、むだじゃなかった」
洞穴でナナシの体調が安定するのを待っていたジョンは、その間にスルスルと魔力の紐を伸ばし、最寄りの村からこの馬を拝借したのだった。暗い茂みを四つの蹄が行く中、ナナシが後ろを気にしながらジョンに聞く。
「なあ、僕たちって制服の奴らに追われてんの?」
「たぶん、そう」
「何で僕らがこんな目に遭わなきゃいけないんだろう……」
「なな。うでのこと、ごめんね。ぼく、ゆだんしちゃった」
「それなー。お互い天狗になってたというか、主に僕がナメプしてたというか。赤毛の火力バカ以上の魔法が飛んでくるなんて思ってもなかったし」
「ちがうの。むこうもななしとおなじまりょく。つかってた」
「僕と同じ? じゃあ、あの兄ちゃんも聖人なのか」
「のん。まほうをはなったのはオニーチャンだけど、まりょくはくろかみのオネーチャンのだった」
ナナシは二日ほど前の屈辱的な敗退劇を思い出す。しかしその光景のどこにも黒髪の女は見あたらず、眉間にしわを刻んだ。
「そんなんいたっけ?」
「とちゅうでななしに、はなしかけてきたひと。オトーサンはななのオトーサンじゃないよって、いってた」
「うーん……、ああ。そういやいたな。それほど危険な奴には見えなかったから覚えてなかったわ」
「ぼくはね、あのオネーチャンもたぶん、ななとおなじだってわかってた。だけど、さいしょのななしみたいに、まほうはつかえないんだろうなって、おもって。それに……」
「んだよ? 怒らないから言ってみ?」
「あのオニーチャンが、ぼくみたいに、たにんのまりょくをつかうとは、かんがえてなかった。まりょくをかりるの、とってもむずかしいの。だから、ぼくいがいにはできないとおもいこんでた。ごめん、なさい」
しょんぼりと頭を落としたジョンに対し、ナナシは吊った腕をわずかに動かしてその背中をつつく。
「しゃーないって。失敗は誰にでもあるし、そう落ち込むことないよ。次も同じことしないように気をつけよう?」
「うん。むこうも、ななしといっしょのじょういまほう、つかえることわかった。こんどあうときのために、たいさくしっかりかんがえておく!」
「おう。頼んだぜ相棒」
「あいあいぼ~」
元気を取り戻したジョンが袖をブンと振り上げて意気込んだ。
「そしたらさっそく、たいさくをじっこうにうつす」
「ここで?」
「そこ、みて」
ジョンが指さす先には魔物除けの結界があった。人の住まう集落が近い証拠である。
「ジョンさんは目が利きますなぁ。具体的には何すんの?」
「みなさんから、できるだけたくさんのまりょくを、あつめます」
「つっても相手さんが使うのだって上位魔法なんだし、下位の魔力を貯めても敵わないんじゃない?」
「こっちのまりょくは、あかげのオネーチャン? のたいさく。あれのあしどめは、ぼくがたんとうするわ。くろかみのオネーチャンは、ななしがおあいてつかまつる」
「ま、相性を考えればそうなるか」
実を言うと、二人は碩都からここまでに馬を奪取したほか食料をいくらか盗んだくらいで、人間には手を出してこなかった。騎士はきっと周辺の村々に警戒するよう指示しただろうし、碩都の近くで事を起こせば捕まる可能性が高いと彼らは考えたのだ。そのためずっと、深い森の中をネズミのようにこっそりと移動してきた。
そんな面倒くさい隠密行動もここで終わる。
まだ日が昇るまで五時間はあろう。手綱を木の枝に結んで馬に待機の命令を出し、宿借りは慌てず焦らず作戦行動に移った。




