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私がそれを望むから  作者: 未鳴 漣
第三章「白昼の悪夢」
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9‐5 助言の当て

 ケイも視線を床に落とし、情けない自分に嘆息する。


「すまない。私はキミにひどいことを言わせてしまった」


「……先生、ひとつお願いがあるんですけど」


「何だろう」


「エースくんのことが心配なので、この先どうなるにせよ、しばらく同行してもらえませんか」


「もとよりそのつもりだったが、ソラはそれでいいのかい? キミにとって私は――」


「私自身も今の状況にいろいろと手一杯で。自分より年上のしっかりした大人がいてくれると、気が楽なんです」


 ソラはベッドの端に座り、背中を丸めて太股に肘をつく。燃え上がる感情は消え去り、彼女はすっかり落ち込んでいた。


 ケイはソラに手を伸ばそうとして、拳を握って元の位置に戻した。


「私でよければいつでも話を聞く。遠慮なく頼ってくれ。夜中でも、早朝でも。寝ているところを叩き起こしてくれたって構わないよ。私はキミたちの味方だ。今更こんなことを言っても信じてもらえないかもしれないが……」


「いいえ」


 自嘲するケイをソラが否定する。彼女はすっと背筋を正し、真実しかない言葉を口にした。


「先生が信頼できる人なのは、ちゃんと知ってます。さっきはああ言いましたけど、彼の記憶があるからこそ私は貴方を信じられるんです」


 まっすぐに見つめる褐色の瞳に青が重なって見え、ケイは目を逸らそうにもできなかった。そそくさと立ち上がって仕事道具を鞄から取り出し、テーブルの上で薬の調合を始める。


 そうしていると、兄妹が四人分の朝食を持って戻ってきた。テーブルはケイの薬草と細かな器具が占領していた。なのでそれぞれ膝にトレーを乗せ、ソラとジーノはベッドに腰掛けて、エースとケイは椅子に座って食事を取った。


 腹ごしらえを終え、ソラはまだ休んでいるようにと医者二名に言い渡され、ジーノと少し話してからベッドに入った。それを見届けたケイは薬品を広げたテーブルにエースを連れてきて声を潜める。


「ソラの足の具合についてだが、本人には魔力の滞りがあるとだけ伝えた」


「何か別の見立てが?」


「正直、私も判断がつかなくてな。〈何か〉が膝に居座っているのは確かで、位置的には骨の内部と分かった。しかし正体が掴めん。触診で探ってみたところ、弾かれる感じがあった。彼女が持つ魔力と関係があるのではと考えている」


「今のところは魔力の滞りと言うほかない、と」


「ああ。とりあえず、魔力の循環を改善する薬と痛み止めを出すつもりでいる」


「分かりました」


 卓上に並ぶ薬草の種類を見て、エースが首肯する。ケイはその横顔をのぞき込み、


「……出しゃばりじゃなかったか?」


「いえ、俺にはそういった診察ができないので。助かります」


「ならばよかった」


「ですが、俺たちの使う薬で効果は見込めるでしょうか? 湿布薬は多少なりとも効いていたように思いますが」


「実は、そのあたりも含めて助言を頂けそうな知り合いがいるんだ。ひらめいたなら行動は早い方がいいだろうし、さっそくお伺いを立てたい。というわけで、調合の続きを頼めるか?」


「もちろんです、任せてください」


 ケイは鞄の中から手のひら大の箱を取り、蓋を開けて細長い巻紙を広げた。巻き戻ってくる上下の端に重しを置き、眼帯を外して文面を書き始める。隣でエースが調合を開始し、ペンの動きを横目に問う。


「そのお知り合いというのは、どこの方ですか?」


「東ノ国の巫女殿だ。あの国は魔術の開発に積極的で、我が国も薬剤面で世話になっている。教えを乞うにはうってつけだ」


「さすがは師匠ですね。国外の方にも伝手を持つなんて」


「ノーラの一件でカシュニーへ戻る途中、お会いする機会があってな。クラーナを周遊してから帰国すると言っていたし、主要な港町を当たってもらえば見つかるだろう」


 ケイは右目の黄金を指さし、陪臣の存在を示しながら得意げな表情を作る。エースは師の相棒自慢に眉を緩め、


「ホークなら難なく探し出すでしょうね」


「うむ! まぁ、薬の話がなくても連絡は取ろうと思っていたんだ。詳しくは外交の取り決めで話せないと言っていたが、の国には異界からの使者について、独自の言い伝えがあるらしい」


「本当ですか!?」


 らしくもなく大きな声を上げ、エースはバチンと音を立てて口を手で塞いだ。ソラが枕から頭を上げ、ジーノも兄を振り返る。ドアが開いてセナとロカルシュまでも顔をのぞかせ、誰も一様に驚くやら訝るやらでエースを見た。


 ケイは巻紙から顔を上げて皆を見回す。


「今後の路程に目処が立った。それだけのことだよ」


「こっちを差し置いて勝手に行き先を決めるな、ババセン


「むろん、騎士側の意向が優先だとも。そちらの方針が決まったあとで改めて話し合うとしよう」


 ケイはセナの悪態を笑って流し、書き終えた文をくるくると巻き戻す。眼帯をつけ直して席を立ち、騎士の二人を廊下に押し返しながら部屋を出た。


「私は陪臣くんにお使いを頼んだあと、町の片づけを手伝うつもりだ。昼には一度ここへ顔を出す。それまでソラの看病を頼むぞ、エース」


「え? それなら俺も一緒に行きます」


「そしたら誰がソラの薬を調合するんだ。というか、お前は自分も病み上がりだってことを忘れてないか? 代わりにジーノを借りていくから、お前はここでソラと一緒に安静にしておけ」


 エースはその決定に不服そうだったが、ジーノがやる気満々でケイのあとに付いて行ったので、大人しく薬の調合に戻った。閉じたドアの向こうでセナも彼女らに同行すると話が聞こえた。

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