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私がそれを望むから  作者: 未鳴 漣
第三章「白昼の悪夢」
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9‐3 信仰

 予想通りの反応を目にして、ケイは先を付け加える。


「魔女信仰についてはプラディナムも公言をはばかるからな。皆が知らないのも無理はない」


「……ロッカ、本当なのか」


「あー、の。それは、えとね、あの……ア、アレェ? 私ってばお医者先生に故郷の話なんてしたカナー!?」


「してはないがね、以前プラディナムに立ち寄った際に知り合いの神官が、行方をくらまして久しい我が国の神子が王国で騎士をやっているようだ、と嘆いていたのだよ。盲目の青年で、フクロウをつれていると言っていたから、おそらくキミのことではないかと思ってな」


「何だ~。お国にはバレてたのかぁ」


「神官からはキミが希代の獣使いという話も聞いている。機会があれば、是非ともその能力を見せてもらいたいものだ」


「うん、いいよぉ。そのうちね~」


「そんで? 魔女信仰は本当なのかな、ロカルシュさんよォ」


「ンピィ!?」


 ロカルシュの奇声にあわせてフクロウが飛び上がる。人間の方はセナを向かずに、猛禽が動揺を露わに部屋の中を大きく旋回した。


「お医者先生はひどい!」


「キミもソラを前にして興奮を隠し切れていなかったじゃないか。理由の分からない好意は小騎士殿の疑心暗鬼を招くだけだぞ」


「ムギギ、うぐぅ……!」


 それはそうなのだが、ケイのあんまりな不意打ちにロカルシュは涙を浮かべ、フクロウと一緒になってセナにすがった。


「あ、あっ、あのね怒らないで! セナの前で魔女さんにデレデレしたりしないから! ちやほやしない、絶対。しない、ので!」


「小騎士殿も寛大にな。その年なら自他の境界もついている頃だろ?」


 息苦しい空気の中で、ケイだけが平然としている。彼女は感情的になりがちなセナを牽制したのだろうが、それにしても少年に向ける視線は厳しいものがあった。


 セナはこめかみを押さえて盛大なため息をつき、ひざまずくロカルシュの頭のつむじを強く突いた。


「ババア先生の言い方はムカつくが、その通りだ。俺はよそ様の事情に口を出す気なんてない」


「ほ、ほんとぉ~?」


「信仰ひとつで信頼が裏返るほど、アンタとのつき合いは浅くねえってんだよ……」


「ヤッター!! セナ優し~!」


「うっせ。フクロウも離れろ鬱陶しい」


 このやり取りが二人の普通なのだろう、セナはロカルシュとフクロウを引っ剥がそうと盛大にもがいていた。けしかけたケイは満足そうにして彼らから視線を外す。その先でソラと目が合った。


「そういえばですけど、ケイ先生が怪我を治療した方は無事なんですか?」


「ノーラなら魔法院の療養所に移されたよ。腹の傷は私がしっかり塞いだし、楽観して大丈夫だ。二、三日休めば元通り元気になるよ」


「助かったんですね。よかった」


「本当にな――っと、そうだ。キミが話題に出してくれたおかげで思い出したぞ」


 そこでケイはエースとジーノを見やり、


「ノーラを訪ねてきた理由は二人から聞いている。キミが眠っている間にその話をノーラにもちょこっと伝えたんだが……アイツめ、それなら話したいことがあると言っていた。準備をしておくから、ソラが十分に回復した頃合いで魔法院の執務室に顔を出してほしいそうだ」


「まさかの魔法院に来いと? 扉を開けた瞬間にお縄なんてことは……」


「うむ。魔法院どうこう以前に、アレの人間性には甚だ問題があるからなぁ」


「ここまできてギロチンとか火炙りまっしぐらは困ります!」


「いやいや、根っこのところでは悪い奴じゃないんだ。治療中、あそこまで親身に励ましてくれたキミを邪険にするほど人でなしではない。心配する必要はないよ」


「先生がそうおっしゃるなら……」


「面会の際はそこの騎士お二人にもついて来てもらうつもりだ。キミのことは魔法院に渡さない方針なのだし、何かあれば彼らが対応してくれるさ」


「オイ、こっちに丸投げすんなババア」


「アッハッハ、小騎士殿は誰にも口が悪くて頼もしい限りだ」


 バチバチと視線を戦わせる二人は殺伐とした雰囲気ながら、口だけが笑っている。その不気味さにロカルシュがそっと相棒のそばを離れ、ソラに近づいた。


「あのね~。提案なんだけどぉ、魔女さんは倒れてからお着替えしてないでしょ? この部屋もお布団変えたりお掃除したいから、お湯でキレイキレイしてきてくれなーい、かな~?」


「お風呂に入れるんですか?」


「それで、お風呂から帰ってきたらご飯を食べる! いかが~?」


「いかがも何も、ありがたいです」


「じゃあ、お風呂借りるお願いしてくるから。待っててねー」


 ロカルシュは抜き足差し足で部屋を出ていき、廊下に出たとたんバタバタと走っていった。


 数分後、同じ足音で戻ってくる。彼は威勢よくドアを開け、「準備できたよ~!」。セナの前ではデレデレしないという約束をもう忘れてしまったのか、気分上々でソラを迎えにくる。


 ソラはジーノから歩行補助の杖をもらい、反対の手で彼女の腕に捕まってベッドから立ち上がった。


 その様子を見てケイが問う。


「ソラ、その足は元からか? それとも最近になって悪くしたのかい?」


「ソルテ村を出てからですね。ちょっと……じゃないか、だいぶ痛いんですよ。エースくんから湿布薬をもらってはいたんですけど、改善しなくて」


「ほほう。風呂から帰ってきたら診てみようか?」


 ケイはエースをうかがう。彼は大きく頷き、


「お願いします、師匠」


「エースくんがそう言うなら、私からもお願いします」


「分かった。診察の用意をしておこう」


 部屋にはエースとケイ、セナが残ることになった。ソラはベールをかぶり、ロカルシュの案内のもとジーノに付き添われて浴場へと向かった。

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