8‐4 激戦
立ち上った土煙が波紋のように辺りへ広がり、砂利は救命の現場にも押し寄せた。二人の騎士が戦線を離脱した今、槍の一名だけが残ってケイたちを守っていた。腕っ節が自慢ながら簡単なものであれば魔法も扱えるので、目前の戦場から飛んでくる瓦礫や破片を払いのけるのが彼の役目だった。
ノーラの出血はどうにか止まった。ケイは次いで傷口を修復する段階に入り、エースはその隣で輸血の状況を見守っている。ソラはノーラの手を離さないまま、徐々に中身が減っていく血液パックを見やる。
「ケイ先生。血液型とかは大丈夫なんですよね?」
「私の血液型は三型陰性だ。同じ型がいいのは分かっているが、緊急だからな」
「このパックの中身は先生の血なんですか?」
「ああ。保存や期限には気を使っている。安心したまえ」
「そうですか……、え? ちょっと待って、先生」
「悪いがこれ以上の疑問はあとで。治療に専念したい」
「は、はい。分かりました」
宿借りを前にしたときでさえ平然としていたケイがぴしゃりと会話を絶つ。肝が据わった彼女でも治療中はなりふり構っていられない。難しい局面であると理解したソラはノーラに向き直る前に一度、ジーノの様子を見た。
ジョン・ドゥという少女は何事も周到で、瓦解した盾の内側に二枚目の守りを整えており、追撃は相殺される形で失敗に終わった。
ジーノは長引く戦闘により体力の消耗が激しく、肩で息をしていた。セナの方はまだ魔力、体力ともに余裕がありそうだった。失敗からの切り替えも早く、威力に強弱をつけた火炎魔法で二人を多方面から攻め、手こずらせている。
セナの攻略に苦戦するナナシは精神をじりじりと削られていた。ジョンが沈着に振る舞うおかげで戦況だけを見れば未だ張り合っているが、劣勢を感じるナナシは唇を噛んで不満を漏らした。
「ホンッとムカつく……こうなったら火力を上げるか? でもそしたら反応と速度が落ちそうだし――うわっ!?」
目を焼く雷光に左右から襲われ、ナナシの盾が揺らぐ。感情につられて不安定な彼の魔力は銃弾どころか、瓦礫を利用しただけの単純な魔法攻撃にさえ動揺し、心許なかった。気が急く彼は徐々に魔法の制御がいい加減になってきた。標的にかすり傷ひとつ負わせることもできず、泣き言を喚く。
「んもー! 何なの!? どうして僕がこんな扱いを受けなきゃならないんだよ! 聖人って世界を救うヒーローなんじゃないの!?」
「そのはず。なのだけどー?」
ジーノを後退させ、ジョンも首を傾げて不審の表情を浮かべる。ナナシの悲痛な叫びはセナにも届いており、少年は心底軽蔑する視線を送った。
「ふざけるのも大概にしろ! お前が聖人なわけあるか!!」
「ふざけてません~! だって何か変な石を持ったら白く光って、オトーサンもそれ見て俺のことを聖人だって言ったんだもん!」
「冗談じゃねえ……!」
言い分を聞く耳が腐りそうだ。セナは拳銃を腰の革鞘に戻しながら肩の革紐を引いた。狙撃銃を手にし、素早く弾丸を装填して正面に構える。彼は現実を見つめる緑の瞳をカッと見開き、
「聖人がクソ野郎で魔女の方がまともだなんて!!」
最大火力で発砲した。尖った弾頭はついにナナシの盾を打ち破ったが、二重に構えていたジョンの防御に当たって砕けた。それでもセナは勝機を見い出し、得意そうにする。
ナナシは自分の魔法が敗北したことに衝撃を受け、その場にヘナヘナと座り込んだ。彼の精神が脆いのは大きな弱点だ。上位の魔法が使える矜持を逐一折っていけば、この男はいずれやり損なう。錯乱によって状況が悪化する危険もあるが、後込みしていてはジリ貧だ。畳みかけるしかない。
そこに、遠くから間延びした声が近づいてきた。
「セナー! 援軍えんぐーん! 呼んできたよー!!」
「よくやったロッカ!!」
ロカルシュが連れてきた応援は顔を煤で汚した騎士が五名と、魔法院の学者が二名だった。数は決して多くなかったが、獣使いへの偏見がはびこる碩都で二人も説得できたのなら金星と言えよう。何より、優秀な魔法使いに後衛を任せられるのが心強い。
援軍の騎士はそれぞれの獲物を手に宿借りを取り囲み、魔法院の者も二手に分かれて全体を見渡せる位置に向かった。
「あーもうクソクソクソ! ゴミが増えやがった!!」
ナナシが髪の毛をかき回して怒声を上げた。彼が不機嫌を全身で表しているその間に、セナは狙撃銃に鉱石莢を装填しながら静かに場所を変える。
「ジョンさん! 魔力の備蓄は大丈夫!?」
「おっけー。ななしは?」
「緑のクソガキをぶち殺す! 集中したいから全力で守って!」
「いいよー。おまもりいたす、ます」
いつの間にか視界から消えた標的を探し、ナナシが左右を振り返った。
セナはしれっとジーノの隣にやって来て言う。
「おい、金髪女」
「何です」
「お前はいったん下がれ。奴らの相手はこっちに任せて、今のうちに休んでろ」
顔に疲労が見えるといっても、ジーノにはまだ余力がありそうだった。であればこそ、いざというときの保険として彼女には魔力を温存してもらいたい。
「つーかお前のお兄様な、アイツは頭がよさそうだ。分かってることを伝えて知恵を借りて来い」
セナはジーノに追い払う仕草をして、目標を発見して凄むナナシと対峙した。
「分かりました。ここはお任せします」
「任されてやらぁ。さっさといけ」
体を翻したジーノの背後でセナが銃の引き金を絞った。彼の放った鋭い銃声が合図となって、戦闘が再開する。意味を成さない発憤の雄叫びを背に、ジーノは兄のもとへと走った。




