8‐3 上位魔法
宿借りにとっての敵が一人増えた。ナナシは揺れ動く心をひた隠し、手順が決まりきった作業のようにジーノの攻撃を防いだ。魔法をこなすうちに魔力配分のコツを掴んだ彼は、優位を見せつけようと防御を担う片手間に二本の剣を生成した。
ナナシはタイミングを見計らってジョンと位置を代わり、セナに刃を向ける。
「気をつけて! あの男にはこちらの魔法が通りません!」
「通らないだと? そんなことは――」
セナはジーノの警告を訝しむ。先ほどあの男は自分の防御魔法にひびが入ったと驚いていたではないか。少年はジーノの言葉を話半分に、飛来する光の剣に雷撃を加える。ところがどうだ、セナの魔法はあっけなく跳ね返され、軌道を変えることさえできなかった。
目を丸くするセナの前で宿借りはまたしても位置を入れ替わった。ジョンの操る石槍が地面を波打ちながら少年へ迫ってくる。セナは照準がぞんざいになった光の剣戟を避け、片足の靴底に防御魔法を展開して石槍の先端に乗り上げた。膝をバネに前方へ飛び、流れを反転させて追いすがる槍群の中に強力な盾を突き立てる。
魔力を遮断する特性を持つそれによって、動力を絶たれた石槍は動きを止めた。セナはさらにいくつかの盾を地面に立て、それを足場に跳躍してジーノの隣に降り立った。
セナはおそらく、この場で最も機動力のある人物だった。ナナシの扱う魔力は未知だが、単調な攻撃は足先の動きで簡単にかわすことができる。ジョンの魔法に対しても考えるより先に感覚で反応し、彼は的確にいなしていった。
どんなに幼くとも騎士は騎士。その気迫は手に余る。ジョンは調子に乗っていた頭を冷やし、火力ではジーノに劣っても、桁違いの戦闘経験と技術を持つセナを同等の脅威と断じた。
対してナナシは突然現れた子供に優勢だった空気を乱され、これまでの慢心が癇癪に変わっていた。
「何なんだよあのガキは!? クッソ腹立つ!!」
我を忘れた彼はジーノを放り出してセナに執着し、防御をおろそかに剣を生成して差し向けた。ジョンはいやな顔をすることなく、彼の補助に回る。
目前に迫った切先をセナは横に飛んで回避した。五本の剣は一斉に向きを変え、少年を切り裂こうと戻ってくる。セナはナナシの魔法を見極めるためにも、追跡を巧みに避けながら魔力のみで盾を形成した。想定の通り、ナナシの攻撃はセナの防御を存在しないも同然で突破した。速度を上げ、瞬く間に距離を詰めてくる。
ならばこれはどうだ、とセナが銃口を上げる。緩急つけた攻めにも動転することなく、彼は冷静な狙いで五発の弾丸を発射した。
光の剣はその全てが儚く砕け散った。
「なるほどな。お前の妙な魔法も無敵ってわけじゃあなさそうだ」
ナナシは眼球がこぼれ落ちそうなほど目を剥く。
「な、何で!? 僕の上位魔法が下位のゴミに負けるなんて! こんなのおかしいよ!!」
「上位魔法だァ? 何だそりゃ」
「オトーサンが言ってたんだ。光陰二属の魔力は地水火風の四属を上回る魔力なんだって! お前らとは格が違う。それなのに! ウゥ~ッ!!」
「格が違う? そういや魔女もそんなこと言って……」
じとっとした目でセナがジーノを見た。ジョンの矢継ぎ早な攻撃によって防戦に回っていた彼女が苛々として返す。
「ハッタリですよ!」
「あの女は魔法が」
「使えません!」
追撃の剣を撃ち落とし、セナが口をひしゃげて悪態をつく。
「チッ! 役に立たない奴だな!!」
「口の減らないお子様ですね。貴方、いっそ燃やして差し上げましょうか? だいたい、あの方は魔法の概念がない世界からおいでになったのです。使い方を知らなくて当然でしょう」
「なら何であのクソ野郎は使えてんだよ!」
セナの疑問に答えたのはジョンだった。彼女はジーノに注意を向けたまま、
「それはぼくが、ななしのまりょくをおかりして。つかいかたをおしえてあげたから、でーす」
「寝言は寝て言え! 他人の魔力を借りるなんて高等技術、お前みたいなガキに扱えるはず――」
「ぼくのずのうをもってすれば、ぞうさもないこと。しらないことはたくさんあるけど、できないことなんてひとつもない、てんさいなので。ぴすぴーす!」
彼女は両手でVサインを作り、左足を軸にその場でサッと一回転した。セナは言いようのない敗北感を感じ、奥歯を噛む。だが彼はそんな屈辱をおくびにも出さず、挑発的に口の端を上げた。
最後の一発を撃ち、空の弾倉を地面に落として新しいものと交換する。
「まぁいいさ。上位だろうが下位だろうが、対抗できるなら優劣なんてカスみたいなもんだ」
「ウギィィィィィ! 俺コイツ嫌い! 大っ嫌いだ!!」
悔しくてたまらないナナシは剣のほかにごく小さな光球を生みだし、セナにぶつける。しかし剣はことごとく銃弾で相殺され、光の粒も舞踏のような足運びで華麗にかわされてしまった。
「そろそろ無駄だって分かれよ、オッサン!」
一端ながらもナナシが持つ魔力の特性を理解したセナは満を持して反攻に転じた。
他方、ジーノは絶え間ないジョンの攻撃にさらされながら、その光景に瞠目していた。自分の魔法はまるで効果がなかったのに、セナがナナシを追いつめているのはなぜか?
セナが使っているのは銃砲と呼ばれる武器だ。それは火と風の魔力を組み合わせた爆発力を利用して鉄の礫という「物質」を高速で射る、魔力のみに依らない攻撃手段だ。
「もしや……」
ひとつの推測を得たジーノは大きな動作で杖を振り、高火力の魔法を編む仕草をした。一度まばゆい星に屈したジョンはもったいぶることなく髑髏を光らせ、魔法を防御に切り替える。ジーノは程々の威力で完成させた魔法を少女に打ち込む傍ら、近くの瓦礫を魔力で強化し、セナを攻めるナナシに向けて放った。
弾丸と同等とはいかないが、かなりの速度で飛んだ瓦礫は光る剣にガンと当たり、その軌道を大きく変えた。威力を上げればセナのように破壊も可能だろう。
手応えを掴んだジーノであったが、ジョンの肩越しにナナシの物凄まじい顔を見て怖気立った。彼女は反射にも近い動作で核となる物質をかき集め、ひとつひとつを内部から強化した。そして、天へ吹き上げて渦を巻いたそれらをナナシたちめがけて急降下させる。
宿借り両名の防御は石の雹にあっけなく敗れた。ジーノは彼らの死角から第二撃を見舞い、セナもまた威力を上げて銃弾を放った。




