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私がそれを望むから  作者: 未鳴 漣
第二章「悪の牙」
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8‐1「いびつな杯」

 セナとロカルシュは壁を飛び越えていったソラたちを口惜しい思いで見送ったあと、最初の爆発が起こった門へ向かった。そこで聞いたのは、黒髪の男と白髪の子供が現れ、ノーラ博士の子供を名乗ったという事実だった。門の警備に当たっていた騎士はノーラの居場所は知っていたが、子供の有無については知らなかった。たまたま外に出ようと門を通りかかった魔法院の人間を引き留めて話を聞くと、学者はその問いに対し、博士に子供はいないと答えた。


 聞くや否や二人は激昂し、燃え上がる感情と同じ色の炎をまき散らしたという。


 発端を把握したセナは襲撃者の狙いがノーラ博士であると見当をつけ、教会の位置を聞いてそちらへ走り出した。後ろからロカルシュが追いつく。彼は機動力に優れ特別に勇気のある狼を二頭、自分の元に呼んでいた。


「セナ! こっちの子に乗って!」


 セナは背負っていた筐体の革紐をぐっと短く絞り、ロカルシュが乗っているのとは別の狼にまたがった。腕を首筋に回し足で胴を挟んで、急速に速度を上げた彼らに振り落とされないようぴったりと体をくっつける。


 それ以外にも、ロカルシュは外の森からありとあらゆる動物を呼び寄せ、都へ侵入を試みる魔物を牽制するよう命令を下していた。動物たちでは魔物を殺せないが、彼らが敵の流入を押しとどめてくれるおかげで、人命救助に回せる騎士が確保できる。最低限の人員を門に残し、皆は住民の救出へ散らばった。


 人々の悲鳴と、建物が焼けて崩れる音。


 赤黒く燃える空に鳴り響く警鐘。


 特務の二人を乗せた狼は乱雑の中を鋭い息づかいでかき分け、疾走する。向かうは都の教会。狂乱の根元が向かったと思われるその場所へ。


 漂う黒煙の中を駆け、焼けた地面を飛び越え、今まさに倒れてくる木々の下を足早にすり抜ける。舞い上がる火の粉に自慢の毛並みを焦がそうとも、勇敢なる狼たちは二人の騎士を負い目的地へと猛進した。


 途中、星の光が天空に打ち上がり、爆発して周囲の雲を消し飛ばした。地上で炸裂していれば、セナたちも無事では済まなかったろう。爆風は広範囲に吹き荒れ、今まで持ちこたえた半壊の家々をなぎ倒す。雄々しき狼たちもこれには立ち向かうことができず、建物の陰に隠れた。


 やがて突風が止んだ。遠くから流れてきた炎の熱に背を押され、二頭は再び教会へと走り出す。彼らは目的の手前まで来て、その一頭が体勢を横向きに変えて急停止し、セナを振り落とした。少年は空中で体をひねって足から着地した。ロカルシュが去り際に、


「私、応援呼んでくるから!!」


「頼んだ!!」


 相棒の能力が戦闘に向かないことを承知しているセナは彼を見送り、地面に下ろした筐体から手早く銃を取り出して肩にかける。小型銃を手に、預けられた狼とともに周囲を警戒しながら、破裂音が絶え間ない激戦の地へと到着する。セナは木陰に膝をつき、戦況をうかがった。


 土煙の先に見えてきたのは黒髪の男と白髪の子供だった。その向こうには焦りを滲ませた表情で杖を構える赤毛の女と、地面に倒れた人物の手を握る魔女の姿があった。


「あの女――!?」


 カッと頭に血が上って状況を読み違えそうになるセナを、狼が唸って諫める。それによってセナは引き金にかけた指をピタリと止め、頭を振った。


「魔女の言いなりは癪だが、今はガキになってる場合じゃねえ」


 位置としてはセナの潜伏場所に近いところから、正面に白黒の二人組、右奥に赤毛女、礼拝堂の前に魔女たちがいる。少年はこの状況を見定め、今度こそ正しい判断を下さねばならない……。

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