7‐6 星の輝き
いち早く冷静に戻り体勢を立て直したケイが叫ぶ。
「ノーラ! 無事か!?」
ノーラはだいぶ後ろの方、半壊した礼拝堂の中から声を返した。
「騎士が一名負傷! 私は平気よ!」
魔法使いの騎士は風に吹き飛ばされてきたノーラをかばい、建物に激突して動けなくなっていた。壁と背中との間に瓦礫を挟んだがために肋骨もしくは背骨を損傷しており、立ち上がることもままならない。もう一人の魔法使いが救護に回り、槍の騎士がノーラの前に立っている。
遅れてジーノが顔を上げた。彼女は半壊した礼拝堂を端から端まで見つめ、変わり果てた十字のシンボルに目を留める。親を亡くした自分たちを育ててくれた教会の象徴。それが見るも無惨に壊されてしまった。さらに己の信仰を汚された気分にもなり、頭の片隅にくすぶっていた憤りが一気に噴出した。
気がつくと、ジーノは頭上に青白い炎を燃やしていた。地上で小さな星となったそれは、爆発すれば都のほとんどが焦土と化す強力な火炎魔法だった。普段とは段違いの魔力に魔鉱石がわずかに軋む。
このとき、宿借りたちはいざ攻勢に転じようと壕から飛び出すところだった。ジョンが前方に防御魔法を展開し、ぴょんと跳ねて地面に着地する。二人が想像したのは、突然の真空に度肝を抜かれた敵が無様にひれ伏している光景だった。ところが実際、目に飛び込んできたのは全身全霊で殺意を表すジーノの姿だった。
「へっ!?」
「うわ眩しい! 何だあの光ってるの!?」
「あ、これ、ちょ。あの! まずいよかん!!」
都市が消滅する規模の魔法はさすがの凶悪少女も想定していなかった。ジョンは顔をひきつらせ、目をつむるナナシを引き寄せて全方位に防御魔法を広げた。
ジーノが腕を振るのに合わせ、彗星が尾を描いて宿借りに迫る。髑髏を強く光らせて強化したジョンの守りだったが、熱線と接触したとたんに溶解した。
「うきゃー!? なな、なな! ぼうぎょさいだいしゅつりょく!! まんまるのをぜんぶつかってもむり!」
「エッ!? ちょっと待って今すぐ!」
ジョンの慌てぶりからするに高をくくった対応は命取りだと判断し、ナナシは最大魔力を割いて防御を構えた。ジョンはその内側に盾を張り直し、ほかの攻撃に備える。
ナナシの魔法はジーノの攻撃に拮抗した。だが、燃える星も勢いは衰えずバチバチと火花を散らして持ちこたえた。
ジーノの魔法が霧散するのが先か、ナナシの魔力が尽きるのが先か。
ナナシは首筋の汗を拭い、ジーノの様子をうかがった。これだけの魔法を維持しても彼女の表情には余裕が見られる。
「力比べしてる場合じゃないな……!」
とっさに爆破処理を思いついたナナシは慎重に防御魔法を変形させ、炎星を包み込んで瞬時に打ち上げた。
天高く昇った星は魔力を遮断され、盾の中で暴走を始めた。十分な高さに達したところでナナシが魔法を解き、抑えられてた破裂エネルギーが一気に解放される。真っ赤な炎が上空一面に広がり、爆風が薄暗い雲を一瞬で消し飛ばした。
地上ではナナシがジョンに覆い被さり、ジーノたちも身を低くして自分を守った。都中央の魔法院がまともに煽りを受け、風圧に耐えられなかった塔の先端が崩落していく。落下した瓦礫が地面で砕け、多くの悲鳴が上がった。
ナナシがもぞもぞと上体を起こし、ジーノを指さして非難の声を発する。
「お、おっ、お前なぁ!? あんなもん人に向けんなよバカ!! 死んじゃうだろーが!!」
「……失礼、うっかり」
「なーにがうっかりだ! 何なのこの人そんなすぐによそ様のこと殺せたりする!?」
「貴方に言われたくはありません。ですが、ええ……できますとも。だって私はあの人の――」
「やだやだ怖い! ヤベーよジョンさんコイツ頭サイコだ!」
殺人鬼に怖がられるいわれはないと、ジーノは不快を露骨にして立ち上がる。ナナシの下から這い出たジョンは、この赤毛女に攻撃の暇を与えてはいけないと痛感していた。少女はナナシに守りを頼み、ジーノを防御一点に追い込むべくすぐさま砲撃を見舞った。
ジーノは相手を上回る弾幕で全てを打ち落とし、立ちこめた土煙を相手側に吹き流す。その目くらましに乗じてケイが宿借りとの距離を一気に詰めた。彼女が剣を一直線に突き出したのと、ジョンが風で煙を払いのけたのは同時だった。
明らかになった眼前に刃が迫っていたが、ジョンは綽々として動かなかった。ナナシの盾に守られているのだから、この奇襲が失敗に終わるのは確実だ。
そう信じていたのに、ケイの剣は防御魔法の内側へスルリと切り込んだ。
「なん、っでぇ!?」
ジョンの驚嘆に痛みの声色がなかったのは、間一髪でナナシが彼女を引き倒したからである。その反動で髑髏のポシェットが大きく振り上げられ、ケイは考えるより先に剣を横に払う。切っ先は乳白色の骨に届き、しかし表面をかすったのみで中身を破壊するには至らなかった。
「まぁー! おばさんはやらしいことするのね! ぼくのだいじな、まんまるあたまをねらうなんて」
「目立つ獲物を持っているのが悪いと思うがね」
「えもの?」
「魔鉱石のことさ」
ジョンは尻についた土を払いながら、防御が役に立たなかった理由を探る。剣が振られたあのとき、使い手の襟元にとめられた黄玉の魔鉱石は淡くとも発光していた。であるなら、相手は魔法を使っていたはずだ。
――それがフェイクだったとしたら?
思いがけずひらめいたジョンは正面に障壁を作り、薙いだ剣を振り直すケイに向かって押し広げた。ケイの刃はやはり魔法を通り抜けたが、柄を握る手から後ろが切り込んでくることはなかった。
「やっぱり!」
ジョンは得意満面の喜色を浮かべる。ケイはわずかに眉を苛つかせ、膨張する盾に押しのけられて後方へステップを踏んだ。
ナナシがジョンの機転に感心する。
「なるほど! 防御魔法ってそういう使い方もアリなのか」
「にんげんはまりょくのかたまり、なので。たてではじきとばせるる!」
ジョンは素早く味方の元へ戻ったケイに向かって、もったいらしく鼻を上げた。
「おばさんにひとつ、ていせい。まんまるちゃんのなかみは、まこうせきじゃないの。なまえをつけるとすれば、んーと。ちょぞうせき?」
ナナシも彼女に倣ってふんぞり返る。
「無駄ばっかりの粗悪品なんて俺らが使うかっての。つーか、オトーサンの言ったとおりアンタらはその石ころがないと魔法ダメなんだ? ダッサー」
「われわれを、いしがなきゃまほうをあつかえない、へなちょこさんたちと、いっしょにしないでちょうだい」
「……ほう。貴様らは魔鉱石を介さず魔法を操ると言うのか」
「そのとりとーり!」
その事実はケイをはじめ、皆に衝撃を与えた。ただ一人、魔法が使えないソラを除いて。




