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7‐5 ご挨拶

「どうも初めまして、オカーサン。俺の名前はナナシ」


「ぼくは、じょん・どぅ。こうみえて、おんなのこよ」


 ナナシとジョンは左右をそろえて丁寧にお辞儀した。白と黒の頭にノーラが問いかける。


「フランを殺したのは貴方たちなの?」


「フラン? って誰だ?」


「巨樹に囲まれた屋敷で下らない研究をしていた魔女狂いのことよ」


「いやマジで知らないんだけど。ジョンはご存じある?」


「ななしがしらないの、ぼく、しりません」


「だよなぁ。うーん? フラン、ふらん。腐乱するといえば死体だけど」


「くさったしたい……あっ、おもいだした! オトーサンのなまえだよ、なな。ろんぶんに、ふらん。なまえかいてあった!」


「そうなの? ジョンは何でも思い出せて偉いなぁ。自分の名前も忘れちゃう僕とは大違いだ」


 ナナシはジョンの頭を撫で、そこでひとつ疑問に思ったのか顎に手を当てて虚空を見上げた。


「つーか、殺したってことは、あのあとオトーサンちゃんと死んだんだ?」


「貴方たちが手を下したくせに、他人事のように言わないで」


「てをくだした、は。まちがい。ぼくたちがねるとき、しくしくうるさかった。まだいきていたのよ」


「朝方には静かになってたけどね。だから正確に言えば俺たちはオトーサンを殺しちゃいない」


「いすにぐるぐるまきつけて、しけいせんこくをしただけ」


「そんでポイッと捨てておいたら勝手に死んじゃった? ワケなんだわ」


「なんだわー」


 少女と男のあどけない表情は異常で、異様で。この二人には倫理や道徳といった観念が欠けていることを示していた。


 ナナシとジョンは今一度、姿勢を正してノーラに向き直る。


「さてと。さっそくなんだけど、俺たちを捨てたオカーサンには」


「しんでもらわないといけません」


「ちなみに、どんな死に方がお望みかリクエストは受け付けてないから」


「ごりょうしょうくださーい」


 人の命をもてあそぶ軽薄な言葉。この二人に常識は通じない。ノーラをはじめ全員がそう悟り、戦慄する。いち早く敵対の意志を固めていたケイが剣を体の前に構え、切っ先を二人に向けた。


「であれば、決闘を始める前に最後の確認だ。この状況はお前たちの仕業だな」


「もちろん。俺たちがやったのさ」


「理由は」


「ムカついたから?」


 ケイは灰青の瞳をきゅっと斜めにして剣を横に振った。その動作に合わせてナナシたちを四方から水鉄砲が襲う。高圧高速で打ち出されたそれは岩をも穿つ威力を持つが、ジョンの防御に阻まれ空中でただの雨垂れとなった。水が流れ伝う内側で、ジョンが袖をばたばたと振りながら唇を尖らせる。


「だって! もんのところの、おにいさん。ぼくたちをしらない、いった! はかせに、こどもいないって! ぼくらはいるのに、ずっと。いたのにっ!」


「それそれ~。勝手にいないモノにされても困るんだよ。アンタだって目の前にいる自分を幽霊扱いされたら腹立つだろ」


「だったら……私を殺したいなら! 私だけを狙えばいいじゃない!!」


 たまらずノーラが声を上げた。


「こんな、関係のない人間を巻き込む必要なんてどこにもないでしょ!?」


「おんやぁ? いっぱしに責任とか感じてんの?」


「あ、当たり前……っ!」


「俺らを、俺を先に捨てたのはそっちのくせに? へえー、あっそー。都合よくできてんのなぁ、その頭」


 ナナシは心底軽蔑した口調でノーラを見下ろした。


 他方、ソラは一連の会話を聞きながら戸惑いの表情を浮かべていた。その原因を探ろうと無意識に身を乗り出した彼女をエースが強く引き留め、背後に戻す。


「ソラ様、俺のそばから離れないでください」


「え? っ……、そう、なんだけど……」


 平和な異世界で生きてきたソラに戦闘の経験などありはしない。日頃から魔物を相手に戦ってきた者と違い、混乱して突飛な動きをするのも当然だとエースは思った。しかし、ソラの行動はそれが理由ではなかった。彼女の目は渦中のナナシに釘付けで、彼が何者であるかを疑っていた。


 当のナナシは怒りと不快に顔をゆがめ、ノーラに恨み言を続けている。


「オトーサンも僕たちのことクソまみれの小屋にほったらかしで、それってつまり僕がいらないってことだよね? そしたらオカーサンたちに必要ない僕らがどこで何をしようが、どーでもいいことじゃない? オカーサンが気にすることじゃなくない?」


「オカーサン、きにする。おかしい。ぼくらのやることに、オカーサンはせきにん、ない」


「そうそう。オカーサンはとっくの昔に僕たちに対する責任を放棄してるんだからさ。俺らが誰をブッ殺そうが気にすることないって。安心して悲劇のヒロイン面しなよ」


 言い慣れたふうで発せられた単語に、ソラはギクリとしてひときわ目を見張った。そこでジョンがソラの視線に気づいたが、加勢の様子がないエースと害意が見えないソラを敵とは認識せずに捨て置いた。場違いに無防備なあの二人を狩るのは簡単だ。この段階で余計な手間を増やす必要はない。


 少女はノーラに意識を戻し、袖から両手を出して人差し指と中指ではさみを作った。


「ぼくたち、つらかったの。を、わかってくれる、ぼくらいがい。いらない。はさみでちょっきん、する!」


「ナイスだジョン! そしたら落ちた方は邪魔なだけだよな。そういうゴミクズはポイしなきゃ。腐る前にさっさと早く捨てなくちゃ。一も二もなく皆が皆、例外なく徹底的に僕ら以外を。よしっ、何かやる気出てきたぞぉ!!」


 ナナシがヘラヘラしながら文句を言い終わった瞬間、ジョンがあたり構わず魔法を放った。地面が裂けて炎を吹きながら隆起し、平坦な足場を崩されたケイたちは自然と四散する。ソラもまた、エースに手を引かれて戦線から待避した。


 続けざまに辻風が吹き、逃げる者の四肢を断ち切ろうと攻め寄せた。しかしそれは突如として地からせり上がった岩壁の群にぶち当たり、消失した。ジョンが小さく舌打ちして邪魔者を探す。


「守りは私が! 皆様はあの二人を押さえてください!」


 ひときわ明るく光る魔鉱石の輝き――障壁を配置したのはジーノだった。ジョンは瞬きの合間に標的を彼女へと変えた。熱を帯びるまでに圧縮した空気を一気に解放して、生じた水滴を弾丸代わりに叩き込む。ジーノは即座に岩壁への魔力供給を停止して自身の防御に徹し、厚い盾で身の回りを覆った。彼女の守りはびくともせず、その光景を目の当たりにしたジョンが目を見開いた。


「にゅーん? わりとつよめにうったつもりだったのに、きいてな――」


 悠長にしゃべるジョンの死角から、騎士の一人が岩壁を突き破って矛を差し向けた。少女は危なげなく防御魔法を展開し、魔力で強化された穂先を押し返す。しかし槍は魔法の援護を受けて繰り返し切りかかった。強い闘志に圧倒されたナナシが怖じ気付いてジョンの後ろに隠れる。


「ヒェッ!? 怖い怖い! ジョンさん守って!!」


 襲いかかる暴力に首を縮めて逃げ腰になり、彼は本当に恐怖を覚えているのだった。ナナシが子供だったなら、その仕草に騎士の猛攻も緩んだかもしれない。しかし大の男が少女を盾に怯える様は現状を茶化しているようにしか見えず、騎士はいっそうの敵意を以て槍を振り下ろした。


 砂が舞い、宙で空気が爆ぜ、うねる風が足をすくう。複数の魔鉱石が絶え間なく光り、攻防は激しさを増していった。


「んもぉー! そろそろ、うちのこをこわがらせるの、やめてもらおうかしらっ!」


 ナナシを心配するジョンが地団太を踏み、ヒステリックにわめき散らす。


 不意に周囲から音が消え、一同の呼吸が詰まった。燃えていた周辺の木々が鎮火し、口の中で唾液が泡立つ。


 その感覚に危機感を覚えたケイとエースは、異変を作り出した張本人に目を向けた。きっと少女は勝利を確信してほくそ笑んでいる……かと思ったが、当の本人も息苦しさに口を押さえて当惑していた。失敗したと言わんばかりの顔で、彼女は急いで真下に小さな壕を掘りナナシと共に沈んだ。


 まずい、と師弟が直感した瞬間。立っていられないほどの突風が吹き荒れた。ケイはとっさに地に伏せ、四方から体をもみくちゃにする暴風を凌ぐ。後援の騎士と槍の使い手はまともに煽られ、後方へ身を転がした。


 吹き荒れる風はすぐに止んだ。


「あっぶなーい。くうきのそうさ、むずかし。ぼくたちまでちっそくするところだった」


「し、死ぬかと思った。ジョンさんはノリで自爆するのやめてください」


「ごめんねぇ」


 地面の下からそんなやりとりがぼそぼそと聞こえて、地上に這いつくばっていた者たちがまばらに顔を上げる。


 ジーノは自分のものではない障壁に守られて無事だった。それを作り上げたのはエースで、ソラの上に被さっていた彼はズルズルと上半身を滑らせて地面に崩れた。


 ソラはエースを抱えて起き上がり、唖然と辺りを見回す。先ほどまでどうにか形をとどめていた建物は根こそぎ壊れ、礼拝堂も半分が崩壊した。屋根に掲げられた十字は地面に落ち、二つに割れてしまっている。


「あ、あぁ……ダメだ、こんなの。これ以上は……」


「ソラ、さま。危険です、から、動かないで……」


「でも!」


 エースも言うように、戦闘経験のないソラは一歩動いただけで足手まといになる。ソラも自分でよく分かっていたが、言いようのない焦燥感に駆られる彼女はとても落ち着いていられなかった。

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