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7‐4 合流

 宙へ放り出されたジーノはつないでいた手を引き寄せてソラを抱え、碩都の壁を越えた。落下する中で足に凍てついた靴を履き、氷都魔法院から逃走した際と同じく氷で道を作って滑走する。


 ひとまず向かうのは兄がいるであろう教会だ。都の中心から外れたところに十字を掲げる建物がある。遠目に見えたほんの小さなシンボルを目指して、二人は宙を下っていった。


 その間にも地上で再び爆発があり、黒い煙が立ち上った。


 碩都カシュニーは塔を中心に東西南北の門へ向かって大通りが敷かれ、町の小路が同心円状に広がる。攻撃の痕跡は南門から目抜き通りを北上していた。進攻の先頭からポンポンと光の尾がいくつも飛び上がり、四方八方に飛び散って手当たり次第に建物を焼いている。


 それら攻撃は絶え間なく、次第に破壊の範囲を拡大しながら進み続けた。上空からだと町が扇状に炎上しているのがよく見える。地上の悲鳴は大きくなる一方だ。流れてくる煙で目も痛い。ジーノは一直線に駆けているが、まだ教会は遠かった。


 そのうち、標的の定まらない一撃がひょろひょろと長く飛んで、都の中心部に届こうとしていた。赤々と燃える火球は不規則に飛行しながら次第に高度を下げていく。その行く先をソラが目で追いかけ、


「ジーノちゃん! 教会が危ない!」


「――ッ!!」


 ジーノは両手に抱えていたソラを肩に担ぎ、杖を振って盾を築き教会を守った。しかし安心もつかの間、襲撃者はその異変に気づいて追撃の手を増やした。他への砲撃が減り、教会の周辺に火の玉が雨のごとく降り注ぐ。ジーノはそれらをことごとく防いでみせた。


 展開域を広げた彼女の防御魔法は度重なる衝撃に耐えた。だが、この守備を保ち続けるのはなかなか難しかった。壁の外で少年騎士から指摘された通り、ジーノは魔法の扱いが拙い。抱えているソラへの気配りに加え、足下に注意しながら駆ける道を作り、なおかつ何者かの攻撃に都度対応し守りを維持する。これだけでも彼女にとってはかなり精一杯な状況だった。兄のように出来のいい頭であれば難なくこなせただろうに、その無い物ねだりが余計に神経をすり減らせる。


 とにもかくにも、一刻も早く教会へたどり着かなければならない。ジーノは思考が焼き切れそうになるのを必死につなぎ止め、氷道の傾斜を変えながら矢のように飛んだ。あまりの速度に恐怖を叫ぶソラは見ない振りである。


 次第に目的地が迫ってくる。建物の裏手では人々が騎士の誘導を受けて避難していた。正面には数人が出ており、ジーノはその中に知り合いの姿を見つけてまっしぐらに滑降した。途中で氷の道を飛び降り、かかとで地面をえぐって勢いを殺す。抱えていたソラを下ろし、フラフラとしている彼女を連れて行きすぎた道を三歩で戻った。


「ケイ先生! どうしてここに?」


「おお? エースの次はジーノか。お前まで髪を染めて、っと。今は悠長に話している場合ではないな。ジーノ、上から町の状況を見たか?」


「南門が何者かに襲撃され、魔物除けの結界も破壊されたようです。侵入者は大通りを北上しています」


「魔法院を狙っているのか? まぁそちらは学者の皆様と騎士が対処するだろう」


「私は引き続きこちらを守ります」


「頼む」


 ジーノは建物の間を縫って飛んでくる火球を盾で防ぐほか、見える範囲での迎撃を開始する。


 ケイはソラに目を向けた。巡礼者の格好で、日除けの布を被っていて顔は見えない。だが、ジーノが大事に抱えてきた者ならば誰だろうとケイにとっては身内も同然だった。


「キミは誰だね?」


「へ? あ、っはい! 私はソラと申します。ケイ先生というと、貴方がエースくんのお師匠様なんですね?」


「ああ。かしこまった挨拶はあとにするとして、キミは戦力になるのかな」


「申し訳ないことに全くの役立たずです」


「そう卑下することはない。自分の能力を客観的に評価するというのは、いくつになっても難しいことだ。しかしそうであれば、ソラ。キミは下がっていたまえ」


 爆音が聞こえるたびに耳をふさぐソラを後方へやる。ケイは避難の誘導を終えて駆けつけたエースの気配を察知し、振り返らずに言った。


「エース! ジーノはこちらで借りるから、お前が彼女を守ってやりなさい」


「は、はい!」


 エースはソラの前に立ち、彼女に刃を見せないようにして剣を抜いた。


 そこに遅れてノーラもやってきた。三十センチほどの細長い杖を手に、足音を苛立たせてケイの隣に並ぶ。


「教会の人間は全て逃がしたわ。敵はどこ?」


「分からん。南門から大通りを北へ進んでいるらしいぞ」


「狙いは魔法院?」


 言い終わるかどうかのところで、天から弾幕が降り注ぐ。それらはジーノと騎士二名による魔法で防がれた。頭上の爆音に身をすくめながら、ノーラが不審な目線で都中心部の塔を見やる。その上空に飛来物はほとんどない。


「そういうわけでもなさそうね。攻撃はこちらに集中している」


「よそがやられっぱなしの中、ジーノの防御魔法が目を引いたのかもしれないな」


「そこまでして守るべき〈何か〉がここにあるって? こう言っては何だけど、強奪も破壊もする価値があるものなんて教会にはないわよ」


 ノーラの疑問はもっともだった。碩学の都と呼ばれるカシュニーを襲うなら、その目的は魔法院の研究成果か地下保管庫の知識であるはずだ。そうでないなら襲撃の目標に見当がつかない。


 しばらく攻防が続き、謎の答えは紅蓮の炎を背後に自ら姿を現した。


 白髪の子供と黒髪の男だ。煤で顔や手足を汚し、初めは逃げてきた住民かと思ったが、よくよく観察してみると様子がおかしい。


 子供は顔を含め体の至る所に傷があり、痛々しかった。大人用のブラウスを着用し余った袖を捲ることなく、髑髏のポシェットを大事そうに抱えている。巾着の中がぼんやりと赤く発光し、逆さに吊られた骸骨の目が不気味に光る。


 男の方は無精ひげを生やしてだらしなく見えるが、身なりは良く、乗馬用の鞭で肩を叩きながらニコニコと純粋無垢に笑っていた。彼が額の上に手でひさしを作り、教会のシンボルを見上げて言った。


「教会ってここじゃね? 何となーくでこっちに歩いて来たんだけどビンゴじゃん。ラッキー」


「では、さっそくオカーサンをさがしましょう」


 子供は落ち着いた口調で促し、男が子供のように無邪気な素振りで頷いた。


 皆が一様に緊張し、二人を凝視する。ソラもエースの後ろで体をこわばらせ、奇妙な胸騒ぎを覚えた。


 男が子供を見下ろして聞く。


「ジョンさん。オカーサンの名前、何て言ったっけ?」


「なな、わすれんぼさん。のーらよ」


「そうだ。ノーラ!」


 思いがけず名を呼ばれた本人がぎょっとして後退りする。宿借りの特徴は詳しく分かっていないが、片方が子供と目される事実は以前にケイが言ったとおりである。


 ケイは動揺するノーラの前に立って問う。


「キミたちはこの被害から逃れてきたのかな?」


「ん~? 違うよ。俺たちはオカーサンを探してここに来たの。オバサンはノーラって名前に心当たりない?」


「さてな」


「しょうぞうが。おえかきしてあったかお、ぼくがおぼえてる。ので、みなさんじゅんばんに、かおをみせてください」


「お願いしまーす」


 彼らの表情や声から悪意は感じられない。破壊された町並みが背景になければ、隠れん坊をして遊んでいると言われて納得できる。そのあっけらかんとした雰囲気がいっそう気味悪く、ケイはじりじりとかかとで砂利を踏んだ。


 二人は順繰りに騎士らの顔を観察し、最後に。


「おばさん。うしろのひとを、みーせて」


「顔を見てないの、その人だけなんだけどォ?」


 打って変わって、二人の目がよこしまな弧を描く。大陸各地を旅して様々な経験をしたケイも、彼らの変貌には息を呑んだ。


 二人の標的は既に定まっているのだ。


「アッ! ごめんね。俺ら別にオバサンたちを怖がらせたいわけじゃないんだ。本当に」


「そう。オカーサンにごあいさつ、したいだけなの」


「そこでじっと隠れてる」


「ぼくらのオカーサンに」


 獲物を前に気分が昂揚したのか、子供の指先がピクリと動いて袖を揺らす。その直後にはケイが魔法を放っていた。頑丈な岩の群が地面から一斉に頭を出し、波のようにうねって怪しく笑う二人に迫る。


 いっさい身振りのなかったその一手は男女の意表を突き、二人を岩の中に閉じこめた。


 そそり立つ岩壁が動きを止めてから一呼吸。表面に亀裂が走ったかと思うと、抑止の檻は細切れに裁断されて崩れ落ちた。不気味な二人は無事だったが、男の方が眉をハの字に下げて女児の後ろでおびえていた。


「わわ、わぁ……めちゃくちゃビビった……。こわ……」


「ぼくもおどろいちゃうほど、かんぺきなふいうちだった。けど、しょてでころさなかったの、まちがいとおもう~」


「いや僕は初っぱなで殺されたくないんですけど」


「もしかしてぼくたち、なめられてる?」


 子供がこてんと頭を傾げ、長い袖をやにわに振り上げた。


 ほんのあとにケイが痛みを躱すように顔を背けた。その頬はぷつりと切れ、傷から血がしたたった。彼女の後方、教会の壁には細長い杭が刺さっており、激しく突き立った衝撃で全体がビリビリと振動していた。まっすぐに飛んでいれば、それは間違いなくノーラを射殺いころしていた。


「おばさん、きようなのね。うしろにたてをつくって、ぼくのまほう、きどうをそらした」


「咄嗟だったが、なかなかの腕前だろう?」


「うん! すっごーい、じゃまくさ!」


 子供は清々しく悪態をついた。


「でも、おばさんがずれてくれたおかげで、みえたよ。そのかお、ぼくのきおくと、そういなし」


 もう隠しようがない。それを察したノーラは揺れ動く気持ちを押し隠し、自ら前に進み出る。険しい表情のノーラを間近に、男と子供は瓜二つ、笑顔と形容するにおぞましい歓喜をあらわにした。

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