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私がそれを望むから  作者: 未鳴 漣
第一章「魔女になる覚悟」
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1-7 手当て

 暖炉のある居間に戻り、傷の手当ても魔法で一瞬――とはいかなかった。治癒魔法は知識と技術さえ備わっていれば誰でも扱えるが、それは並大抵の努力で身につけられるものではない。田舎村の祠祭に過ぎないスランは癒しの技を持たず、ソラの傷は消毒と軟膏薬が塗布されるのみで、治癒は自然の成り行きに任せることになった。


「この村にお医者様は?」


「資格持ちの魔法施術士――治癒魔法を使える者はおりません。ただ、エースにその知識がありますので、この村ではあの子が医者の役を担っています」


「じゃあ、彼が帰ってきたら治してもらえそうですね」


「いえ。エースにそういったことは……」


「ですが、知識があるならエースさんも治癒魔法が使えるのでは」


「……」


 スランはほんの少し、目元に不快を表して黙り込んだ。


 何やら彼の地雷を踏んでしまったらしい。ソラは口を開けたまま天井を見上げ、しばし考えて視線をスランに戻した。


「すみません。まずはスランさんにお礼を申し上げるべきでした。手当てしていただき、ありがとうございます」


「い、いいえ……! こちらこそ気を使わせてしまって申し訳ありません。不徳の致すところです……」


 スランは己の狭量さを恥じて頭を下げた。ソラは魔法のない世界からやってきた人間で、こちらの常識を知らないのだ。ならば、先ほどの会話からスランの意図を察することができないのも当たり前だった。


 ただ、ひとつだけ注意しておかなければならない。我が子が不用意に傷つけられることがないように。


「どうか、エースの前では魔法の話を控えていただければと思います」


「分かりました。そのように気をつけます」


 スランが憔悴をにじませ願うのであれば、真意は分からずともソラはふたつ返事で受け入れた。


 スランは茶を入れてくると言い、席を立った。それからだいぶ時間がかかって、彼は茶器と菓子を乗せたトレーを手に戻ってきた。ソラは暖炉のそばから離れ、ダイニングスペースのテーブルに着く。


 スランがソラの前にカップを置いたタイミングで、玄関から鈴の音が響いた。ジーノとエースが帰ってきたのだ。ところで、この家は玄関から居間へ来るまでの間にキッチンの前を通るのだが、ちょうどその辺りでジーノの悲鳴が聞こえた。


「お父様! あれほど厨にはお入りにならないようお願いしておりますのに!!」


 彼女はバタバタと走ってきて、居間のドアを力任せに開けた。


「どういうことですか!」


 ジーノは異世界からの客人がいることを忘れているようだ。淑やかな見た目を損なう形相で部屋に踏み入り、父を探す視線がソラとばっちりかち合った。カップを持ったまま固まっていたソラは、何でもないふうを装って小さく頭を下げた。


 彼女の向かいでスランがのほほんと茶を傾けている。


「お帰り、ジーノ。実はソラ様にお茶をお出ししてね。ちょっと散らかしちゃったけど、いつかみたいに爆発なんてしてないし、あとでちゃんと片づけるから」


「……、もうお兄様がなさっています」


 ジーノはヨロヨロと廊下まで下がり、壁から顔を半分だけ覗かせた。客人の前で大声を上げてしまい、体裁の悪い少女は頬を真っ赤に染めていた。スランは悪びれる娘にのんびりと言う。


「それよりジーノ、ソラ様にお着替えを用意してもらえないかな」


「あっ! そ、そうですね! いつまでも毛布のままではいけません。ソラ様、どうぞこちらへいらっしゃってください。私の服になりますが、お貸しいたしますので」


「何から何まですみません。お世話になります」


「はい。喜んでお世話させていただきます!」


 ソラはスランに会釈し、居間を離れてジーノについて行く。廊下に出ると、キッチンを駆け回る足音が聞こえた。スランの茶は何やら多大な犠牲を払って淹れられたものだったらしい。


 二階に上がり、ジーノが自室のクロゼットを開く。ジーノ自身はギャザーをふんだんに寄せたブラウスにスカーフを巻き、袖口の広いジャケットを着ていた。幅の狭いコルセットを腰のアクセントとして、ふくらはぎ丈のロングスカートを穿いている。彼女のハンガーにはそういった服がいくつか掛かっていた。フリルも手編みと思しきレースも、二十代後半の女が着るにはあまりに可愛らしい。


 ソラは熟考するジーノに、


「なるべく質素というか、布がヒラヒラしてないものを選んでもらえたら助かります」


「そうですか? お客様のお召し物としてはだいぶ地味になってしまいますが……」


「全然それで構いません」


「承知いたしました」


 ジーノはクロゼットから五つのアイテムを取り出し、ベッドの上に並べて着付け姿をソラに示した。


 まずはワンピースを乗せ、その下に厚手のズボンを置いた。そして胸元にピンタックを寄せたシャツを重ね、そこに肉厚な生地で作られたベストを添える。腰から下にはワンピースとズボンを隠すようにスカートを巻きつけるようだ。


「いかがでしょう?」


「これなら私が着ても大丈夫そうです」


「私としては、何をお召しになられても問題ないと思いますが」


「いやー、あっはっは。そういうわけにもいかないと言いますか、何と言うか……。それは置いておくとしまして、着るのを手伝ってもらってもいいですか?」


「お任せください」


 くるまっていた毛布を畳んでベッドに置き、ソラはジーノの手を借りて着替えにかかった。寒々しい夏の装いを脱ぎ捨て、二の腕に鳥肌を立てながらワンピースを着、ズボンに足を通す。シャツは少し大きめで、そのダボついたシルエットをベストが細く整えてくれた。扇状に広がるスカートを腰に一周半回して端の紐を結び、だいたいの見た目が整う。


 さらにジーノはソラがソルテの気候に慣れていないと考え、首筋を覆うスカーフを巻いてジャケットも追加で着せた。最後にブーツを履き、これでソラもすっかりソルテの人間となった。


「寒くありませんか?」


「むくむくでホッカホカ。ありがとう、これなら風邪をひかなくて済みそうです」


「ソルテの冬は厳しいですから。ああでも、もしも汗をかくようなことがあればどれかを抜いて調節してくださいね」


「はーい」


 元の服は洗ったのち、ジーノのクロゼットで保管してもらうことになった。洗濯室に寄って居間に戻ると、そこには厨房の片づけを終えたエースが待っていた。

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