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7‐3 鏡に映るのは

 ソラはジーノの耳にある提案をささやいた。ジーノは度肝を抜かれたようにソラを見て首を左右に振った。しかしソラの目に宿る意志の強さはひときわで、根負けして渋々それを了承した。


 ソラが杖を突いてジーノの前に立ち、少年と相対する。


「貴方の方から動かないと言うのであれば、この時間を使って私の話を聞いていただきたい」


「またそれかよ」


「ええ、またです。私が魔女ではないって話ですよ。加えてフラン博士の殺害容疑も誤解だと言っておきます」


「しつこいな。この話は俺の中じゃもう終わってんだ。お前の魔力には陰りがあった、だから魔女。これで結論ハイ終了」


「短絡的すぎます。子供の喧嘩じゃないんだから」


「アァン?」


 少年はチンピラよろしく下からソラを睨み上げた。いかにも子供らしい反応にソラは呆れて天を仰ぎ、その視線を肩と一緒に下へ落とした。


「……では、この際ですので全てぶちまけるとしましょう」


 彼女は下手したてな態度を改めて少年を見る。


「ガキ扱いされるのが嫌なら人の話を聞けっての」


「何だと?」


「貴方は私を魔女だと言う。しかし私は否定した。それはなぜか? きちんと理由を追求するのが理性ある大人の態度ってもんでしょ。それができないなら、貴方は自分の意見を押しつける駄々っ子と同じだ」


「……」


「私はこの子たちと一緒に、自分が魔女じゃないと証明できる手がかりを探してる。自分で納得して、自信を持って私は魔女じゃないと言うために自分の手でその根拠を探してる」


 背筋を伸ばし、堂々とした口調でソラは続ける。


「貴方はどう? 自分自身で私が魔女である証拠を探しましたか? とりあえずそっちが言う裏付けは魔力の陰り云々だけど、これについて私は同時に光の魔力も持っていると反論した。それなら、まずは証石とやらを用意してその真偽を確かめるべきでしょう。そして私の主張が本物と分かったなら、どうして聖人の証である光の魔力と魔女の魔力が同時に存在しているか疑問に思うはず」


 一気にまくし立て、相手の稚拙な結論に怒りを表す。


「光の魔力を無視して私を魔女だと断言した根拠は何?」


「それは……」


 少年は言いよどみ、勢いを失って口を閉じた。以前の頑固で盲目的な暴論はどこへいったのか。苛立ちを覚えたソラは相手を糾弾する言葉を舌の上に乗せる。


 いざそれを口から出そうと息を吸い込んだとき、白い青年が相棒を背中にかばって手を広げた。


「ごめん、魔女さん。私たち、それ聞いてないんだ。知らなかったのー」


「知らなかった?」


 青年の返答に眉を動かしたのはジーノだった。彼女は目尻を斜めに上げて杖を二人に向けた。


「つまり貴方がたは魔法院の嘘を鵜呑みにして自分で考えることを放棄していたのですね」


「嘘って言うかぁ。あのジジイのことだから、言い忘れただけーとかってしゃあしゃあ言いそうだけど。でも、疑いもなく信じ込んだのは確かだから返す言葉がない~」


「王国騎士が聞いて呆れます。ああ、いえ。一部を見て全体を分かったような気になるのは頭が悪い。きっと、貴方たちが特別愚かなのでしょう。その制服を纏う者が負う責務を今一度、訓練学校で学び直した方がよろしいのでは」


 彼女は表面こそ冷めていたが、胸の内はグツグツと煮えくり返っていた。今にも噴火しそうなマグマのように唇を震わせ、いつになく強い言葉で非難した。


 ジーノがそうして怒ってくれたものだから、ソラは落ち着きを欠かずに済んだ。ソラは彼女を穏やかに見つめ、


「そう熱くならないの」


「しかし……!!」


 口の前に人差し指を立て、ジーノには不満を飲み込んでもらう。ソラは泰然自若として二人の騎士に視線を戻した。


「その言を信じるとすれば、貴方たちは魔法院から陰の魔力を見たとしか聞かされていなかった。そういうことなら……。うん、分かった」


 ソラは目だけで青年を退け、その後ろで小さくなっていた少年を見澄ました。彼がどうしてあんな暴論を振るうに至ったのか、理解しようとする。


 少年の過去に何があったかは知らない。けれど彼は魔女をひどく憎んでいる。殺したいほどに強く、そうしなければ今の自分を保つことができないまでに深く。ずっと憎しみだけを原動力に生きてきたのかもしれない。


 そんなところに魔女の疑いをかけられた人物が現れたとなれば、理性を捨てて飛びつかないはずがない。まして彼は子供扱いを嫌う年相応の「子供」で、精神が成熟しているとは言い難かった。


 ソラは胸に手を当て、「ひとつだけでいい。頼みを聞いて」。少年を信じて再考を乞う。


「私は貴方が自分の目で見て、公正に、天秤に偏りがない状態で出した答えを聞きたい。もう一度初めから順を追って、矛盾なく納得できる真実を探して」


 それでもまだ彼がソラを魔女だと言うのなら、この世界は魔女であることを言い訳にすれば無実の人間を私刑に処すことが許される場所で、そういう時代だったと彼女は理解するしかない。いずれ弁明の余地もなく、ソラは魔女として裁かれる。


 そうなればソラは兄妹を巻き込んでどこまでも遠くへ逃げるしかない。スランに恨まれたまま、悔いばかりを残して最悪の終わりを迎えることになる。


「お願いだから、考えて……」


 期待を込めて懇願しながらも、悪い方にばかり想像がいってしまう。そんな彼女の顔に表れるのは、この世界に対する諦めと人への失望だった。


 いざとなって傷つくのもつらい。ならば最初から期待しなければいいと、ソラは虚ろな絶望をその瞳にたたえる。


 面と向かった少年は目を見開いた。


 彼はその顔をよく知っていた。鏡の前、そこに立てば必ず映り込むもの――自分と同じなのだ。立場や思いは違えど、この女もまた淀んだ眼界の中で生きている。


「お前……」


 的を定めたはずの銃口が迷い始めていた。


 その時、壁の向こう側で数回の爆発音が響いた。ミシミシと空気が軋み、水面に波紋が伝わるように鳥たちが木々から飛び立つ。遅れて、地響きがソラたちの足下にも届いた。


「何だ何だぁ? 鬼畜院の奴ら実験でも失敗したのかなー?」


「いや、あの辺の区画に院の研究棟はないはずだ。ロッカ、確認を頼む」


 少年はソラから目を離さないままだった。青年が黒煙の方を向いて顎を突き出し、何かを探るように顔を左右に振る。


 遠くから警笛が聞こえてきて、青年は慌てて少年の肩を掴んだ。


「あ、えっ? あ? セナ、これまずいかも……。南門で魔法の暴発、じゃないや。攻撃を受けたって。壁に大穴があいて中の建物にも被害、負傷者多数。一緒に結界も吹っ飛んじゃってる」


「まさかお前ら――!?」


 少年の雰囲気が張りつめて、彼が何を言いたいか察したソラは反射的に否定した。


「待って! 私たちは何もしてない!」


「仲間が一人潜り込んでるんだろ」


「違うって本当に! あんな目立つことするならわざわざ変装して潜入する必要ないじゃん!」


 ソラの言に偽りはない。それは少年も状況的に分かっている。しかし魔女を見逃して襲撃の現場に走ることもできない。盾を挟んで因縁の二人は睨み合った。その後ろで、


「お兄様……!!」


 ジーノが小さく不安をこぼし、壁を見上げた。すがりつくように杖を握り、兄を案じる妹のか弱い横顔。後目にそれを見たソラの胸に熱い思いがこみ上げた。


 ジーノもエースも、年長者である自分が守らなければならない存在だ。彼女らの目に涙を浮かべさせることがあってはならない。


 真っ先にそう思えたソラの頭に、いつか覚えた迷いはなかった。


 彼女は少年の牽制も構わずジーノの手を強く掴んだ。


「何かあってからじゃ遅い。行こう」


 少女を引き寄せてソラが短くつぶやく。当然ながら、少年は警戒を強めて銃を両手で構えた。彼に対して二人が同時に向き直る。ジーノが魔鉱石の杖を掲げ、ソラも支えの杖を胸の高さに上げて少年へ差し向けた。


「おい、何をするつもりだ。その盾の中にいる限り魔法は――」


「騎士様はお忘れのようだ。私が操るのは光と陰の魔力、貴方たちの魔法とは格が違う!!」


 言わずもがな、はったりである。


 だがソラの腕に魔法を封じる輪はないのだ。彼女が杖を薙ぐと同時に、少年は相棒の襟首をひっ掴んで防御魔法を展開した。そのタイミングでジーノが盾を解き、間髪を容れずに天空から雷を落とす。


 少年の周囲に打ち込まれた雷撃は土を抉って、もくもくと立ち上った煙の中に彼らを閉じこめた。少年はすぐさまその目くらましを吹き飛ばしたが、わずかな隙の間にソラとジーノは彼の頭上を飛んでいた。地面から勢いよく伸びた石柱が二人を押し上げ、彼女たちは上空から壁を軽々と越えていった。

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