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7‐2 対峙、再び

 エースが教会で師と邂逅する前、まず訪れた魔法院をそそくさと後にした頃のことだ。ソラとジーノは壁の外で木陰に隠れて彼からの連絡を待っていた。


 碩学の都カシュニーの周囲にはフラン邸周辺のような巨樹はほとんど見あたらず、通常サイズの木々が茂る。ソラはその幹に寄りかかり、湿った風になびく日除けのベールを指先で押さえた。彼女の隣にジーノが控え、兄の不在とあって普段以上に気を張ってあちこちを振り返っている。


 二人の足下には身ぐるみを剥がされて下着姿となった赤毛の青年がいた。彼は手足を縛られ目隠しをされた上で口に猿ぐつわまで噛まされ、先ほどからムームーと不満を漏らしている。


 碩都へ進入するため犠牲となった哀れな新米騎士をソラがちらと見て、申し訳なさそうに視線を外す。


 制服を借りて変装はしたが、エースは大丈夫だろうか。


 心配してみたとてそれが彼の助けになるわけもなく、待機組の二人はエースが戻ってくるのを待つしかない。そわそわと、じりじりと。根の上に腰を下ろして、抱えた膝に額を押しつける。そうしてただ座っていることに耐えられず、ソラは杖の先で意味もなく地面をつつき始めた。


 気が休まらないのはジーノも同じで、彼女は警戒を続けながら壁の向こうに目を向けた。その視界の先にフワリと、鳥の形に折られた紙が宙を駆けてやってきた。


 ジーノは手もとに降りてきた知らせの折り目を素早く開く。


「連絡、来た?」


「はい。博士はどうやら都の教会に出向しているらしく、そちらに向かうそうです。今のところ問題なく行動できているので、心配しないようにとあります」


「そっか。よかった」


 ソラは胸を撫で下ろし、安堵の息をついた。そこに茂みの奥から本物の鳥が現れた。それはわざとらしく葉を蹴散らし、枝を掴んで翼を畳んだ。


「あれはフクロウかな。こんなに間近で見たのは初めてかも」


「フクロウ?」


 茶色い斑模様のフクロウはつぶらな黒い瞳をソラに向け、続けてジーノを見つめた。曇が多いとはいえ、今はまだ日のある時間帯だった。フクロウは一般に夜行性で、羽音さえ立てない隠密の狩人である。


 それを思い出した瞬間、ジーノは拘束した青年を蹴り飛ばしてソラの腕を掴んだ。彼女を後ろ手に引き寄せ、杖を掲げて自分たちを盾の中に閉じこめる。


「ちょっと!? 急にどうしたの?」


「フクロウは普通、日中に行動しません。何事にも例外はありますが、わざわざ音を立てたのも何かおかしい気がして」


「偶然じゃなく、意図があってここへ来たってこと?」


「この間の騎士に追いつかれたのかもしれません。獣使いの仕業であれば納得できます」


「でも、それなら何で私たちにバレるような動きを……」


 フクロウは静かに二人を見ている。巨樹の森で遭遇した際、動物たちに囲まれた記憶がよみがえり、姿が見えないにも関わらず複数の視線を感じてソラはひるんだ。ジーノはその手をしっかりと握る。


 大丈夫だ。盾はいつもより魔力を割いて、天空から巨石を落とされようとも壊れることのない強度で仕上げた。どんな攻撃にも耐えてみせる。


 そう息張ってジーノは宿敵とまみえる瞬間を待った。


 神経を研ぎ澄ませ、じっと。


 一分か、二分か。それともほんの五秒だったかもしれない。間延びした緊張の中で時間の感覚が失われていく。


 実際のところ、緑の騎士と対峙したのはフクロウの飛来から数分あとのことだった。根を詰めすぎて息切れしそうだったジーノは、堂々と正面からやってきた少年騎士にひどいしかめっ面を向けた。


「ようやくお出ましですか。焦らすにもほどがあります」


「焦らす? 何言ってんだお前」


「何って……」


 ジーノはフクロウを見る。そこにはもう何者もいない。不思議に思いながら視線を戻すと、少年の後ろで色白の青年が口の前に人差し指を立てていた。前回もそうだが、なぜかこの青年騎士はこちらに敵意を持っていないようだった。


 下着姿で足下に転がされている騎士が声を上げた。青年はひざまずいて猿ぐつわを解き、肩を抱えて体を起こす。


「お兄さん、大丈夫ー? 何があったの?」


「見回りの途中、困った様子の男性を発見したので声をかけたところ、背後から襲われてしまい……」


「制服を盗られちゃった?」


「面目ありません」


 少年はソラたちに銃を向けて注視している。


「お前ら、もう一人仲間がいただろう。そいつはどうした」


「セナー。このお兄さんと護衛のお兄さん、背格好が似てて同じ赤毛~」


「騎士に変装して……カシュニーに潜入したのか」


 壁の向こうを見る少年に、ソラは答えない。青年の方が新米騎士に上着を貸し、現状を報告するため詰め所へ走らせた。


 彼の姿が見えなくなったのを確認して、少年が一歩を踏み出し地下から魔法を打ってかかる。ジーノの盾は地中の攻撃を難なく防ぎ、振動さえ伝えなかった。


「チッ。入念な奴だ」


「貴方は僕たちに指一本触れられません」


「そうかよ。それならこっちにも都合がいい。俺との間にその盾がある限り、お前は俺に攻撃できないわけだからな」


 少年は確かな足取りで盾へと近づき、銃口を突きつける。彼が引き金に指をかけると、


「ちょっとぉ? 今度は冷静にやるんでしょー? 私、前みたいに怖い思いするの嫌だからね!!」


「……分ぁってるよ」


 彼は銃口を天に向け、両手を上げて後退した。


「そうであれば、だ。金髪女、お前に聞きたいことがある」


「何でしょう」


「お前、魔法の構成式を正確に理解してるか?」


「質問の意図が分かりかねます」


「あのときお前が作った地下牢のことだ。あれに織り込まれた魔力は構成式が正しければ、一週間たっても抜け出せたか分からない量だった。にもかかわらずたったの二日で出られたんだから、それが不思議でな」


「そうですか。早く出られてよかったですね」


 少年との会話に興味がないジーノは真顔で適当な言葉を返した。


「お前、穴だらけの構成式を必要以上の魔力で補強して機能させてんだろ。まったくデタラメな奴だぜ」


「はぁ」


「おかげでこっちは助かるってもんだ」


「左様ですか。それで? お話には続きがあるのでしょう?」


「お前が俺らに魔法を放つには、まずその分厚い盾を解かなきゃならない。慣れた奴なら魔力を通す穴でも開けりゃあいいだけなんだが、俺としちゃあ、基礎知識も怪しいテメェにそんな魔法操作ができるとは思えないんだよなァ」


 ジーノはあくまで冷静だ。少年は勝利を確信した顔つきで彼女を挑発する。


「仮にできたとしても、その穴を俺が見逃すわけはない」


 緑の目を指さし、口角を上げる。


「これはそのための〈眼〉だ」


「そういえば、貴方は魔力の痕跡を見ることができるのでしたね」


「こいつがあればお前の盾に開いた穴の場所なんざ、すぐに分かる」


「そんなこと」


「できないと思うか? 残念だったな、できるんだよこれが。さらに言えば俺はこう見えても魔法の扱いが得意でな、その穴がどんなに小さくても瞬時に射抜く自信がある」


 銃をこれ見よがしに振り、少年は首を傾げて返答を要求した。


 悔しいが、ジーノは少年の言葉を否定することができなかった。魔力を察知する能力とは、魔法が形成されたあとの残滓を感じ取るものであり、「その時」「その瞬間」の魔法を捉えるものではない。そのはずだが……彼女はその覚えに自信がなかった。何もかも記憶しておける兄と違って自分の知識が穴だらけと自覚しているだけに、はったりの可能性に気づいていながら彼女は言い返すことができなかった。


 少年はジーノの魔法からその性格を予測し、彼女の苦しいところを見事に射抜いたのだった。


「つーわけで、持久戦といこうか。その魔力もさすがに無尽蔵じゃあないだろ」


「ええ。貴方のおっしゃるとおりです」


 魔法を維持するには魔力を放出し続けなければならない。たとえば岩や氷といった「物質」を作ったのなら、魔力を遮断してもしばらく形として残る。しかしこれが防御魔法となると、基本的に実体がない。常に魔力を送り続けて形成するため適宜の強度調整が可能な点と、注入を止めれば即座に撤去できることは特長であるが、継続して魔力が消費される点は状況により大きな命取りとなる。


「ですがその挑戦、受けて立ちましょう」


 魔力の余裕は甚だある。とはいえ、ジーノは首の後ろで汗をかいていた。万が一、前回のようにソラが混乱に陥って防御の外に出てしまったら、機転の利く兄がいないこの状況で彼女を守れる自信がない。


 ジーノが靴先で小さく地面を掻く。そこに焦りを感じ取ったソラは彼女の肩にそっと手を置いた。青い目をしかと見て、今の自分が平静であることを伝える。


 もう、あんな醜態は演じない。


 以前は突然の殺意に恐れおののき逃げ出してしまったが、前提として相手が自分の死を望んでいると知った今は動揺しない心構えができている。

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