6‐11 錯乱
少年は地面に向けていたはずの銃口でいつの間にかソラを狙っていた。弾が当たれば胸に風穴が空いていたであろう位置に固定され、硝煙が立ち上る。鉄礫はジーノの盾に弾かれ砕けたが、強烈な殺気は確かにソラの心臓を貫いた。
「聖人面した殺人鬼」
少年の声が地を這う。
「お前、フラン博士を殺したな」
「セナ? それは」
「お前は黙れ」
ソラが明かした真実は都合が良かった。
少年の中にある魔女への峻烈なる情動、そして願望と妄想がつながる。異界学者の屋敷で起こった惨殺事件と現実とが、食い違いながらも彼の頭で結びついた瞬間だった。
「屋敷には見慣れない魔力の痕跡が残っていた。白くて、角の生えた、いびつな形の」
譫言のようにつぶやく少年に、ソラは兄妹の制止を聞かずに抗議する。
「ちょ、ちょっと待って。そんなの知らない……」
「お前が屋敷の人間を殺して回ったんだろ? よりによって聖人の魔法を使って、あんな」
「馬鹿言わないでよ! そんなことしてない! だいたい私は魔法なんて使えない!!」
「使えない? それを証明できるのか? 使えないフリしてるだけだろ? お前が出てきた聖域も見つけたんだぜ。そこから森をさまよって、屋敷の外れにある小屋にたどり着いたってことも分かってる。お前、小屋に来た使用人を殺しただろ」
「だからやってないってば!」
「なあ、あの小屋にいったい誰が居たんだ? そこの金髪女か、それとも隣の男か。いいや違う、あそこに残っていたのは子供の足跡だった。そいつはどうした。一緒に屋敷の人間を殺し終わったあとで同じように殺したか? 遺体が残らないように燃やしたのかもな。人を殺したあとで食った飯はさぞ美味かったろ。寝床ではどんな夢を見たんだ?」
「何を、言って……」
「腕輪をつけたままにしとけばよかったのになァ。そしたら言い逃れもできたのに、馬鹿だなお前」
「貴方の言っていることはおかしい!」
「どこが?」
少年は推理の破綻を頭の片隅で理解しつつも、見ない振りで完璧を装った。自信満々に両腕を広げ得意げな顔つき。自分を騙すために浮かべた笑みは実に醜くひしゃげていた。
ソラはその勢いに飲まれそうになりながらも、己を奮い立たせるように大声を上げた。
「どこもかしこもだ! 何ひとつ辻褄が合ってない! 仮に、仮にだけど私がやってきたのが貴方の言う聖域からだったとして、ここからわざわざ氷都の魔法院まで行って、戻ってきて屋敷の人を殺したって言うの?」
「実際そうしたんだろ」
「私が現れたのはソルテ村だ。それより前に私はこの世界のどこにもいない」
「証拠は?」
「ソルテ村からスランさんの名前で魔法院に手紙を出してる。異世界の人間らしい私をどう処遇すればいいのかって内容でね。少なくともその時点で私はソルテにいた」
ソラはエースとジーノを示し、
「それから氷都へ向かって、ソルテに戻ってくるまではこの二人が一緒だったし、そのあともずっと行動を共にしてる」
「魔女にたぶらかされた奴の証言なんて信じられるかよ」
「ああそう。じゃあ聞くけど、フラン博士が亡くなったのっていつのこと? 正確に分からないにしても遺体の状況から死後どのくらい経ってるかある程度は分かるもんでしょ。それを教えてよ! そしたら私がその時どこにいたか答えるから!!」
「……でもいい」
「はぁ!? 聞こえないんですけど!」
「どうでもいいんだよンなことは!!」
少年は断末魔の金切り声を上げた。空の左拳と銃のグリップで盾を叩きつけ、がっくりと頭を下げてうなった。噛み切った唇から血がしたたる。
「知るか……知るかよそんなこと。何だっていい、どうだっていい。関係ないんだ! 父さん、母さん。イェリー、イェリー……!!」
呼吸と共に激情を吐き出し、惑いすがる彼は次第にか細くなっていった。空いている手で自分の顔を掴み、もがくようにその場で狂気のステップを踏む。
「許さない。俺は絶対にお前を許さない。お前を殺す、誰が止めたって殺す。生かして確保しろなんて腕輪もない魔女相手に、そんなの、わけの分からない魔法を使われる前に仕留めてやる!」
「セナ!!」
見かねた青年騎士が少年を羽交い締めにし、銃を押さえて取り上げようとする。だが少年の拳は堅く、簡単に開かせることはできなかった。
この狂乱ぶりにはエースとジーノもひやりとし、後込みした。ソラに至ってはあまりのことに指一本動かすこともできず、ともすると息をするのも忘れそうだった。
少年の視線は常に魔女を捕らえていた。
「何だその目は。魔物でも呼ぶか? いいぜやってみろよ、全滅させた上でお前の頭を吹き飛ばしてやる!」
「セナ! やめて!!」
暴れる少年は相棒である青年の鳩尾を肘で打ち、頬を殴り飛ばした。理性をかなぐり捨て、なりふり構わない彼の暴力は体格で勝る青年をいとも容易く地面に転がした。
そんな大立ち回りを演じる中でも、彼はソラを凝視していた。
少年は心許ない仕草で銃を構える。その銃口は魔女の頭を撃ち抜く未来を望んでいた。
引き金を絞り、撃鉄がゆっくりと持ち上がって、カチンと落ちた時。回転する鉄礫が火を噴きながら飛び出し、ジーノの盾を破ってソラの眉間に穴をあける。彼女は仰け反り、赤い血が倒れる頭を追いかけて円弧を描く……生々しい結末を脳裏に描いたソラは短く悲鳴を上げた。




