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私がそれを望むから  作者: 未鳴 漣
第二章「悪の牙」
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6‐7 魔法院の失態

 フラン邸の外に出たところで、ロカルシュが十字路の先を指さした。


「お馬さん先に迎えにいく~?」


「においで嫌われたくねえから、まず風呂」


「分かったー」


 二人は角を右に曲がり、しばらく歩いて小さな村の教会へたどり着いた。狭小な礼拝堂の扉を開け、祠祭を呼ぶ。


「どなたかいらっしゃいませんか?」


「はい、はい! 少々お待ちくださーい」


 ドタバタとやってきたのは派手な女だった。


「あらあらまぁ、これはこれは! 今度は騎士様のご登場ですのね! わたくし、この教会を預かるアリーシアと申します。遠路はるばる田舎の斯様に辺鄙な場所まで、いったいどういったご用件でいらしたのでしょう?」


「俺たちは」


「こんな田舎で騎士様にお会いする機会があるなんて、わたくし思ってもみませんでした。あっ、いいえ違いますわね。フラン博士のお屋敷を検分している憲兵さんたちも組織自体は騎士様と同じなのでした。わたくしったらもう、いけませんわね。気をつけないと隊長さんに怒られてしまいます」


「あの」


「ハッ! そうでした! わたくし、騎士様のご用向きをお聞きしていたのでした。改めてお伺いいたしますわね。どのようなご用件でこちらに?」


「……」


 アリーシアは相変わらずのおしゃべりで、あまりの勢いにセナは口を開けたまま言葉を失っていた。アリーシアが少しかがんで首を傾げる。


「どうされました? 小さな騎士様」


「祠祭サマ~。私たち、ちょっとしたお願いがあるんだけどー」


「はい、何でしょう――まあ! 可愛らしいフクロウさんですこと!」


「えへへ。そうでしょー。ふっくんっていうんだー」


 アリーシアの話はすぐ遠くへ飛んでいってしまう。ロカルシュは肩のフクロウを紹介しながら話題を引き戻した。


「それでお願いなんだけどぉ」


「何なりと。騎士様のお頼みであれば、わたくし誠心誠意お応えさせていただきます」


「お風呂を貸してほしい~」


「湯殿ですか? あら、そう言えばお二人とも少しですが、憲兵さんたちと同じにおいがいたしますわ。……博士のお屋敷に立ち寄ったのですね」


「そゆことー。だからお風呂に」


「そうしましたらすぐにご用意いたします!」


 早口で話題の切り替えも行動も早いアリーシアは礼拝堂からピュンッといなくなった。


 置き去りにされたセナが疲れたように椅子へ座る。ロカルシュはフクロウと顔を見合わせて笑った。


「びっくりしたねぇ。オジサンの言うとおり、祠祭サマ変な人だった~! フフフ!!」


「変人の筆頭みたいなアンタがそれを言うか?」


「言っちゃう~。でも、お風呂貸してくれてよかったよー」


「まあな。悪い人じゃないってのは確かみたいだ」


「ね~!」


 風呂の準備が整うまでは時間がかかりそうだった。セナは椅子に深く腰掛けて腕と足を組み、仏頂面で黙っていた。ロカルシュもその隣に座り、膝の上に頬杖をついてぼんやりとする。暇を持て余したのはフクロウで、彼は堂の中を羽ばたいてあちこちに足をおろし、最後は祭壇の横にある権杖にとまった。台座の上にあると言っても、ただ立てかけられただけのそれは安定が悪く、フクロウの重みを受けて次第に傾いていく。


 そこに、アリーシアが扉を開けた。


「お待たせいたしまし――イタッ!?」


 扉の近くに配置されていた権杖はものの見事にアリーシアの頭を直撃し、カラカラと乾いた音を立てて床に転がった。これにはさすがのセナも立ち上がって声をかける。


「大丈夫ですか?」


「ちょっぴり痛いですけれど、平気ですわ。わたくしの頑丈さはこの村の誰もが認めるところですの。ですから、フクロウさんもお気になさらず」


「ホーゥ……」


「わたくしのことは置いておきまして! 湯殿の用意ができましたのでご案内いたします。広くはありませんが、お二人であれば一緒に入れると思いますわ」


「まさか! 一緒になんて入りませ――」


「セナの頭、私が洗ったげるね~」


「いや、だから一緒になんて入らねえって」


「ええー? 一度にばぁーっと入った方が時間も短くて済むよー? それにぃ……」


 別々に入ったら、自分がいない間はセナが一人で祠祭の相手をすることになるが、それでいいのかとロカルシュがささやく。


「……、……入る」


「わーい。そしたらふっくんも水浴びしよー」


 ロカルシュとフクロウは賑やかに、セナはげんなりとして浴室へ向かった。風呂では頭から足のつま先まで泡まみれになり、桶の湯を被ってにおいも日々の汚れもすっかり洗い流した。同時に、肌に直接触れた衣類も洗濯する。最終的に人間二人はにおいの確認をフクロウに頼み、合格をもらって風呂をあがった。肌着を乾かし、身なりを整えて脱衣場をあとにする。


 廊下では、アリーシアが居間から顔をのぞかせ、セナたちの湯上がりを待っていた。彼女は暖まってほかほかの騎士たちを見つけると、部屋に手招きして茶を振る舞った。


 セナは筐体を机に立てかけて椅子に座り、ロカルシュに目配せした。ロカルシュは小さく頷き、彼の無言を肯定する。


 茶器の取っ手をつまみ、一口含んだあとでセナが切り出した。


「祠祭様。この教会に巡礼者が訪れましたね」


「ええ! こんな田舎村に巡礼者様がお立ち寄りになるなんて、わたくし思ってもみなくて。お迎えしたときは柄にもなく取り乱してこのおしゃべりな口がいつにもまして饒舌になってしまいましたの。お客様を困らせるなんて祠祭失格ですわね」


「何か変わった様子はありませんでしたか? たとえば」


「変わった様子ですか? そう、変わったことと言え���こちらを訪ねてきた理由がそうでしたわ。何でも魔女について識見を深めたいとかで、フラン博士との面会をご希望されていたのですが……」


 セナが茶器の底で皿を叩いた。


「博士に会いたいと? そう言ったんですか」


「はい。ですが……騎士様もご存じと思いますけれど、お屋敷はあのような状況でしたから、御一行様は博士に会うことかなわず、数年前に家をお出になった元奥様を頼りに碩都カシュニーへ向かわれました」


「……」


「変なことっていったら、そのくらいー? ほかにはー?」


 黙り込んでしまったセナに代わって、ロカルシュが先を促す。彼は意外なほど優雅な振る舞いで茶を飲んでいた。


「ほかに……、そうですわね。変なことではありませんけれど、どうやら祷り様はご親族に東ノ国出身の方がいらっしゃるようで、この辺りでは珍しい顔立ちをされておいででしたわ」


「アンタ、あれの顔を見たのか!?」


「え? み、見ましたけれど……。黒髪に彫りの浅い顔、栗色の瞳、象牙色の肌。確かに東ノ国の方らしいお姿を――」


「それはこの女でしたか」


 少年は懐から例の人相書きを取り出し、アリーシアに見せる。彼女はその絵に眉をひそめた。


「ずいぶんと凶悪なお顔ですわね。似ても似つかないと言いたいところですけれど……」


「この女だったんですね」


「面影はある、とだけ申し上げておきますわ」


「そこまではっきりと見ておいて、なぜ確保しなかったんです」


「はい? あの、騎士様が何を言わんとされているのか、わたくし理解が追いつかないのですけれど?」


「何を言っているのか分からないのはこっちですよ」


 セナが椅子を立って身を乗り出し、アリーシアに人相書きを突きつける。


「貴方も魔法院から文は受け取っているはずでしょう」


「文ですか? 魔法院が各地の教会に文を出したことは、祷り様たちからお聞きしておりますが……」


「一行から、聞いた?」


「恥ずかしながらわたくし、魔法院からそのような知らせがあったことを知らなかったのです。ですから御一行様からそのお話を聞いて、院に直接問い合わせた方が確実だと言われましたので、このあと近くの伝書使さんに照会の文をお頼みするつもりでしたの」


「し、知らなかったって。そんな、まさか!」


「わたくし、嘘は嫌いです」


 疑ってかかるセナに、アリーシアは毅然と胸を張った。


「これは祷り様たちにもお話ししたのですけれど、魔法院の方々は時折この村の存在をお忘れになってしまいますの。少なからず院と因縁があるフラン博士のお屋敷が近くにあるからでしょうか? それとこれとは話が別な気もしますが」


「ふ、ふは……っ、ぷふ!」


「騎士様?」


 途切れ途切れに奇妙な声を上げるロカルシュに、アリーシアが首をひねる。ロカルシュは小刻みに肩を揺らし、その上でフクロウが陽気に体を左右に振った。

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