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5‐11 物騒な兄妹

 一時間ほど進んだところで、街道は巨樹の森を通ってさらに西へ出る道と、野原との境に沿って南へ向かう道とに分かれた。エースは南へ進路を取った。森から吹き出す湿った風を体の片側に受けながら数分、ソラはベールの隙間から周囲を見回して、後ろのエースに声をかけた。


「そういえばキミ、大きな町に寄るといつも市場で買い物をするけど、何を買ってるの?」


「一番はやはり薬草ですね。それ以外だと遮水油と、これの材料を集めてました」


 エースが雨具の裾を上げ、腰のベルトを指す。そこには全体の半分ほどをキャップに覆われた筒がいくつかぶら下がっていた。


「ここから引き抜くと同時に導火線に火がつく仕組みになっていて、線の長さで爆発までの時間を調節してあります」


「爆発? え。それ爆弾なの?」


「それもありますが、これはいざという時に煙の幕を張って逃げるためのものです。ほかにも、煙で目を刺激して涙や痛みを引き起こすものや……」


「煙幕と、催涙ガス」


「大きな音と強い光を発する閃光筒もありますよ。馬の近くで使えないのが難点ですが、場合によってはこれを使って相手が怯んだ隙に、撃退するなり逃げるなりできればと考えてます」


「発想が穏やかじゃないのよ……」


 腰が引けるソラの隣にジーノがやってきて小声で言う。


「それだけ危険な旅をしているのだと、祷り様もご自覚なさってください」


「でも、こんな危ない物は使わないでほしい」


「心配しなくとも大丈夫ですよ。お兄様は魔術の扱いに長けていますので」


「私が言いたいのは取扱者の技量がどうのという話ではなくてですね……」


「これらはあくまで、いざというときの話ですから」


「ええ。祷り様もお兄様も僕がしっかりとお守りいたします! ご安心ください」


 論点がすれ違ったまま話題が終わってしまった。ソラは胸にわだかまる不安をどう伝えたものかと首をひねる。そこにジーノが声を潜め、先を続けた。


「ですが、ソラ様はできるだけお兄様のそばにいてくださいね」


「それはどうして?」


「万が一にも、僕は魔力が尽きたら使い物になりません。魔法に頼らず戦えるのはお兄様ですから」


 その言葉を聞いて、ソラは眉をひそめる。この兄妹はどうにも、不測の事態には応戦も辞さないつもりらしいのだ。


 ぼつぼつとフードに落ちてくる雨音が頭に響く。


「あのー、ね。ちょっとお聞きしたいのだけど、お二人は敵さんと遭遇した場合にはどう対処する気なの?」


「追いつかれたらの話ですか」


「ソラ様に何かあってはいけませんから」


 エースとジーノはふむと考え込み、同じタイミングで手を打って声を合わせた。


「やられる前にやります」


「どうしても物騒なんだなぁ……」


 視線を集めたソラは目も当てられないと言わんばかりにため息をついた。


「いい機会だし、そう言った場合の対応を話し合っておこうか」


「ソラ様はどのように考えてらっしゃるんです?」


「まず、何を置いてもやられる前に逃げる」


「逃げる……」


「聞きたいんだけど、私を追ってる王国騎士ってどんな組織? 王と名が付くからには王様の軍なんだよね?」


 その質問にはジーノが答えた。


「本来は国王陛下の命を受けて国を守ってくださるのですが、今は指令系統の一部を魔法院が握っている状態と聞きます」


「うわ、イメージ悪いな。騎士様って敵意のない無抵抗な相手にも平気で魔法をブチ込んできたりする人たちなんだろうか?」


「僕の知っている限りでは、嘘偽りなく何事にも正々堂々と立ち向かい、公正公平を重んじる方々のはずです。組織の司令官はどうあれ、騎士様個人は高潔な魂の持ち主である……と、僕は信じています」


「まあ、例外があることは頭に置いておくとして、それなら魔法院よりかは話が通じそうだ。であれば、私としては逃げる前にやっておきたいことがあります」


 ソラは人差し指を立てて、意見を表明する。エースが馬を止め、ジーノもそれに従った。


「何でしょうか?」


「可能なら話し合いたいんだよね。私には過去の魔女と同じ蛮行を繰り返すつもりはないんだって、分かってもらいたい」


「失礼ですが、ソラ様は魔女がどれだけ……恨まれているかお分かりですか?」


 今度はジーノが渋い顔をする。


 兄妹から疑いの目を向けられたソラは真面目な顔つきになって頷いた。カシュニーへの峠越えの前に立ち寄った村で、それは嫌というほど思い知った。


 自分の立場は正しく自覚している。


「それでも私は自分の無実を主張しなきゃならないんだ。私は魔女じゃないし、世界に仇なすつもりもない」


「ならばなぜ逃げた、と言い返されたら?」


「そんなの、魔法院のせいだってはっきり言うよ。誰だって殺すって脅されたら全力で逃げるでしょ。対抗できるだけの力がないなら尚更。よって私に非はない。悪いのはあのクソ――失礼、魔法院のジジイ。その事実はきっちり主張させていただきます」


「そういった話を聞いてもらうためには、こちらから敵対行動を起こさないことが肝要となってきますが……」


「そ。対立することになっても、あくまで相手の動きがあってから対応する専守防衛ってことで」


 ソラの意志は固い。エースはしばし考えてから、彼女の意見を尊重する方向に方針を改めた。


「そうなると、ジーノの守りが要ですね」


「私のわがままになっちゃうんだけど、頼めるかな?」


 ソラとエースが堅牢なる盾役を見やる。


 期待を込めた眼差しを受け、ジーノは自分の胸をトンと叩いた。


「僕は先ほども申し上げました。ソラ様もお兄様も、必ずや守り抜いてみせます。どうぞお任せください」


「ありがとう。そう言ってくれるとすごく助かります」


 雨の中に安堵の声が消えていく。


 しかしながらこの策には重大な見落としがあった。ソラが対話を試みたとて、応じてもらえなければ意味がないのだ。「騎士」という正々堂々たる言葉の響きに囚われるソラたちは、相手が聞く耳を持たない場合を想定しなかったのである。

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