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私がそれを望むから  作者: 未鳴 漣
第一章「魔女になる覚悟」
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1‐4 証すもの

 四人は居間を出て、短い渡り廊を通って厚い木製のドアを開ける。その先が礼拝堂で、ソラは思わず立ち止まって堂の中を見渡した。


 アーチを描く天井は二階分の高さがあり、柱と交わる位置に漆喰で装飾が施されていた。壁の要所に配されたランタンの中には明かりが灯っており、発光しているのは炎や電球ではなく石だった。ひし形を組み合わせた色ガラスが窓を彩り、床には真っ白な石灰のタイルが整然と敷かれている。


 堂への出入り口は観音開きで、扉から正面奥の祭壇までを白い絨毯が導く。その純白の道を挟んで左右に、タイルの継ぎ目と平行に五台ずつ長椅子が並ぶ。また、祭壇には金の杯が鎮座し、隣にソラの身の丈ほどある銀製の権杖が毅然と立っていた。


 内装は素朴ながらも、雰囲気は凛として荘厳である。


 ソラは口をぱかーんと開けて、「ほぁ~」。間抜けな感嘆をもらした。装飾や調度品などを眺めながら、彼女はジーノに手を引かれ祭壇まで連れて行かれた。


 杯の隣には陶器のコンポートが置かれていた。皿に敷いたクロスの上に六角柱の無色透明な石が乗っている。皿を取り上げたジーノの隣にエースが並び、ソラに言った。


「ソラ様、こちらの石を持っていただけますか?」


「持つのはいいんですけど、これはいったい?」


「証石と言います。中に含まれる金紅石が手にした者の魔力に反応し、属性とその量を色と光の強さで示します」


「ふーん……」


 ソラは物珍しそうな顔をしつつも、毛布から手を離さなかった。天井を見上げ、光る石をしげしげと眺めて視線をエースに戻す。


「その前に、実際に魔法を使って見せていただけませんか」


「構いませんが……なぜ今、そのようなことを?」


「そちらは私を異なる世界からの来訪者と認識しているようなので隠さず言いますけど、私は魔法なんて存在しない世界で生きてきた人間なんです」


 ソラの告白にジーノとスランが目を見開いて動揺した。エースはそれほど驚かず、冷静に話を続ける。


「ソラ様は魔法を使えないのですか」


「おそらく。魔法とは、私の世界ではフィクションの中でしか語られない幻想の技術でした」


「ふぃく、しょん?」


「人が作った物語、絵空事のことです」


 どうやらこの世界の人間に外来語は通じないようだ。たかが妄想に余計な設定を盛り込むんじゃないと閉口しながら、ソラはつっけんどんに返す。


「私もどうしてあの場所……、聖域の祠でしたっけ? そこにいたのか全く分からないんです。覚えているのは……」


 雪景色の中で目覚める前、ソラはかかりつけの病院に行く途中だった。伸び放題になっていた髪を数日前に切りそろえて、細く柔らかなそれを夏の風にそよがせ歩いたあの日――いいや、今日。通い慣れてしまった道に辟易しながら立ち止まり、正面の信号が青になるのを見て一歩を踏み出した。はずだったが、そこから先の景色は霧の、あるいは吹雪の中だった。


「分かるのは自分の名前と育った故郷せかいのことくらいです」


「ということはやはり、貴方は……」


「皆さんの言葉が本当だと仮定して、異なる世界の人間なのは間違いないかと。突拍子もない話ですが、私の記憶に照らし合わせて今はそう認めざるを得ません」


 言葉だけであれば明瞭であるが、ソラ自身は上の空だった。理解が追いつかないまま、彼女は事実のみを列挙していく。


「私は科学技術が支配する世界からやってきた人間です。そこに魔法は存在しなかった。この言葉を信じるかどうかはそちらの自由ですが、私の中では確かなことです。ですから、魔法を前提とした皆さんのお話が疑わしくて」


「実際に見ないことには、こちらを信用できないと」


「これまでの話しぶりから、皆さんが私をからかっているわけじゃないのは分かっているんですが……」


 魔法が使えないどころかそれ自体が存在しないと言われてしまっては、エースもソラを胡散臭く感じた。スランの目には不審が戻り、ジーノもさすがに困惑している。


 ソラはそんな彼らと視線を合わせず、遠くを見つめて口を閉じた。彼女の顔に表情はなく、何も映さない暗い瞳で瞬きを繰り返す。


 堂は静まり、小雪が窓を叩く音だけが響いていた。


 最初に正気を取り戻したのはスランだった。彼は場を仕切り直そうと咳払いをして、「では、お見せいたしましょう」。右手の指輪をキラリと光らせ、手のひらに小さな炎を生み出した。


 ジーノから皿を受け取り、エースが頼む。


「ジーノもやってみてあげて」


「はい、お兄様」


 続けてジーノが杖を掲げて空中に極彩色のガラス玉を作り出した。浮遊させながら煌めかせ、そのうちのひとつをソラの手元まで送り、彼女の手にコツンと当てる。ソラは物質化された「魔法」を指に摘み、瞼から眼球がこぼれ落ちるのではないかと思うほど目を丸くした。ガラス玉を撫でて、弾いて。質感や音、重みを感じ取る。


「マジか……」


 幻覚にしてはあまりにも現実的リアルな感覚だっだ。そのせいでソラの頭には別の疑いが生じた。


 ――もしもこれが妄想ではないとしたら?


「マジかぁ……」


 同じ言葉を異なる感情で口にし、ソラが頭を抱える。その仕草を受け、ジーノはソラが魔法に納得したものと思い、ガラス玉に注ぐ魔力を絶った。するとガラスは弾けて霧散し、ソラが摘んでいたひとつも欠片を残さず消えうせた。


「信じていただけましたか?」


 ジーノが得意げな笑みを浮かべてソラの顔をのぞき込む。対して、ソラは実に歯切れの悪い返事をした。


「うーん、ええっと……。まぁ、はい……信じます。一応、たぶん」


 頷いたのは口先だけで、本人は未だ目の前の光景を信じきれていないのだった。


「そうですか……。では、まず私が試してみましょう」


 ジーノはどうしてもソラの不安を払拭したくて、自ら証石を手にした。すると含有する針状の石がまばゆく光り出し、緑と黄色を押しのけて青と赤がとりわけ強く主張した。その属性が何を示すにせよ、彼女の保有する魔力量が非常に多いことだけは分かった。


「この通り、何か害があるものではありませんので」


「……、分かりました」


 持つだけ持ってみようと決めたものの、ソラは怖々と手を伸ばした。指でつついて触れても痛みなどがないことを確かめ、石を持つジーノに手のひらを差し出す。少女は柔らかな手つきでソラに石を渡した。


 ころんと転がってきた石はソラの手の上で色彩を失い、白い光を弱々しく放ったのちに下から墨色が染み出て半々に分かれた。


「私とジーノさんでは属性が違うみたいですね」


 地味すぎる色合いと乏しい光量をまざまざと突きつけられ、ソラは落胆した。特別を期待していたわけではないが、それにしたって凡庸が過ぎる。ひどい肩透かしだ。何とかして好意的であろうとしてくれたジーノたちの雰囲気も反転してしまった。


 ソラは気まずさのあまりに泳ぐ目を苦笑いでごまかす。


「アー、ははは……。芳しくない結果で申し訳ない――」


 チクリと、


 頬に痛みを感じてソラは顔をしかめた。


 ズキズキと痛む箇所を触ると、温かな液体が指に絡みついた。


 手を離して付着したものを見る。


 血液だった。


 頬が切れて血が滴っているのだ。


「え? なに、これ。どうして……?」


 ソラはゆっくりと顔を上げて、血を見ることになったわけを探す。


 いつの間にかエースが腰の剣を抜いていた。彼はジーノとスランを背中に庇い、ソラに切っ先を向ける。その顔にあるのは失望と混乱で、エースもまたこの状況を理解できていないらしかった。その証拠に柄を握る左手は平静を欠いて揺れ動き、刃も標的の中心を定められずにいた。

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