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私がそれを望むから ―終わりの魔女と死の聖人―  作者: 未鳴 漣
第一章「魔女になる覚悟」
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4‐9 聖人

 ナナシがうなだれる間も、ジョンは着実に言葉を学んでいた。その理解速度に読み手の男は非常に驚いていた。やがてジョンが、「だいたい、わかった」。そう言って男の手から本を取り上げる。


「もういい」


「本当か? たったこれだけの時間で……!?」


「オトーサンとぼく、あたまのでき。ちがうのよ」


「す、す……」


「す?」


「素晴らしい!!」


 男は椅子の足で床を打って、賞賛を送った。それを聞いていい気になったのはナナシで、彼はすっと背筋を伸ばして鼻を高くした。


「だからジョンはヤバい奴なんだって。怪我だって治せちゃうんだぞ」


「治癒魔法を使うのか? お前をあの小屋から出したことはないはずだが、魔鉱石をどこで手に入れた?」


「まこうせき?」


 ナナシとジョンは顔を見合わせ、同時に頭を右へ押し倒した。


「何だそりゃ」


「きいたことない」


「体内の魔力を魔法に変換するための媒体だ」


「魔法……、魔法ねぇ」


 立ち上がったナナシがジョンの隣に来る。


「お前、そんなアイテム使ってた?」


「つかったことないわよ、ぼく」


「魔鉱石を使わずに魔法を!? いや、理論的には可能だが、あの煩雑な構成式を自ら編むなど……」


「むむ? ひょっとしてぼく、のうりょくをうたがわれている?」


 ジョンは不服そうに眉をひそめた。彼女は二度ジャンプして服以外に身につけているものがないのを見せつけ、机に向かった。


 少女は袖の下から小さな手を出し、糸をたぐるようにして天板から木の芽を生やした。それは次第に幹へと成長し、天井をなめるように枝を広げた。最後に青々とした楓の葉を茂らせ、ジョンは胸を張って威張った。


「どうよ。えっへん」


「お、お前。魔鉱石を使わずにこんな魔法を、正確に、一瞬で……?」


「話しぶりからするに、オッサンたちはその石ころがないと魔法が使えないんだ? 不便だねぇ」


「魔鉱石は大地が生成した物質だ」


 男は急に説明的な口調になった。


「本来は光陰二属の魔力に対応するものであり、地水火風の四属には不適。それを無理やり媒体としているのだから、我々が魔法を出力する際には代償として魔力が無駄に消費される」


「えーっと、何? 石の使い勝手が悪いって話?」


 ナナシは分かっていないようでいて、話の要点をしっかりと掴んでいた。男はそれを意外そうな顔で見やった。


「そうだ。魔力の無駄は魔鉱石の質によって大きく異なるが、どれほど品質が高かろうと浪費は避けられない」


「何でそんな効率の悪いモン使ってんだよ。ジョンみたいにパパッとやりゃあいいじゃん」


「むろん、石に頼らず己の体内で魔力を魔法に変換するのもやってやれないことはない。しかしその過程は難解かつ困難だ。できたとて体外で効果を発するまでにはあくびがでるほど時間がかかるし、失敗すれば最悪、体の中で魔法が破裂し死に至る」


「ああー。理解が難しいのと発動までのタイムロス、加えて死ぬリスクを天秤に掛けたら無駄が多くても石を使った方がマシって話ね」


「それを、この子供は……」


 畏怖とわずかな憧憬に加えて激しい嫉妬を燃やし、男は我が子を睨む。ジョンは彼を煽るように顎を上げ、広げた両手をパチンと叩いてあどけなく小首を傾けた。


「じゃ。オトーサン、まりょくについておしえて。しぞくってなぁに?」


 それは教えを請う健気な仕草だった。才能ある子供を前に、椅子の男は悔しそうに喉をグルルと鳴らして口を開いた。


「四属とは、私たち人間が使う地水火風の魔力だ。地上の生命には少なからずこの四属魔力が宿っている」


「にぞくっていうのは?」


「光陰、光と陰の魔力は四属の上位に当たる。地の底からわき上がる魔力であり、大地を構成するものだ」


「ひかりとかげ。ふぅーん……」


「特に陰の魔力は厄介で、魔物の原動力となっている」


「まもの? なにそれ。とってもふぁんたじぃなひびき」


「ああ、そうか。お前は結界から出たことがないから知らんのだな。獣も人も、死体をそのままにしておくと魔女の呪いに蝕まれて動き出すのだ。再度殺すには肉を焼いて骨を灰にせねばならん」


「うぇ~!? きもっ!」


 ジョンが嘔吐するふりで舌を口から突き出した。先ほどと打って変わってその仕草には知性が欠落しており、男は呆気にとられた。無邪気な動作に嫌悪を覚え、彼は閑話を取りやめて話を本筋に戻した。


「かつては聖霊族という種に宿ったとされるが、これは千年ほど前に絶滅しており、二属の魔力を行使する生物は現在この世界に存在しない」


「うっそだぁ」


「何を言う。嘘なものか」


「うーそーでーすー」


 ジョンはブーッと唇を鳴らして不機嫌になった。


「だってななしは、ぼくのとちがうまりょくだった。あたまのなかをいったりきたり、したときにみたもん!」


「違う魔力?」


「あかるくて、あったかーくて。ずっとふくらんで、おおきくなっていく、なみ……みたいな? ぼくのなかで、いろんないろがぐるぐるしてるのとは、ちがた」


 男は訝しげにしたあと、ハッと目を見開いて壁際の棚に目を向けた。


「そこの、書棚の一番下においてある組木の箱を取ってくれないか」


 男が妙に真剣なので、ナナシが要求のあった箱に手を伸ばした。ジョンに軽く放り投げ、余った袖が受け止める。


「その箱には封印魔法が施してある。開けてやるから魔封じの腕輪をはずしてくれ」


「だぁーめ。オトーサン、すきをみせると、すぐあばれるし」


「そんなことするものか!」


「いンや、こればっかりはジョンが正しいね。アンタいっつもそうだもん」


「な、何を言っているのだね。キミは」


 男はナナシのもっともらしい目つきに寒気を感じつつも、観念したように舌打ちした。


「分かった、解き方を教える。木の組み合わせ毎に属性を反射させ、打ち消していくんだ」


「はんしゃ?」


「四属は同属性で反発する特性がある。それらを同量の配合で対応させ――」


「めんど。なな、てぇかして」


「僕?」


 詰まらなそうなナナシの手をジョンがむんずと掴む。彼女は箱を机の上に置き、ムンと力んでナナシの腕を持ち上げ、一気に振り下ろした。


 音もなく、


 ただそれだけのことで組木の箱は両断されてしまった。勢い余って机も半分ほど切ってしまい、ジョンは舌をペロッと出して自分の頭を小突いた。彼女は箱をひっくり返して、納められていたものを机の上にぶちまける。


「何だこれ。石ばっかじゃん」


「だねぇ。あっ、これはいいやつ。おそらく」


 ジョンはやや曇りがちな無色透明の鉱物をつつき、ポシェットの中に仕舞った。ナナシは残った石を弾き飛ばして遊んでいる。


「ちょっと待ってくれ」


 男が椅子をガタガタと言わせる。彼はジョンが何をしたのかにわかに理解できず、目を白黒させていた。


「何をしたんだ!? まさかお前、この男の魔力を」


「ん。まりょくをかりて、はこをかっちんしたの」


「魔力の徴発だと!? いや、問題はそこではない。私の封印魔法を破った彼の――」


 男は目玉をギョロリとナナシに向け、


「キミ! 針状の鉱物が包有されている、そこの石。証石に触れてみてくれないか」


「ショウセキ?」


「なな。たぶんこれ、おもう」


 八角錐に整えられた鉱物をジョンが手に持ったとたん、石は極彩色に輝きだした。彼女はそれをナナシの手に転がす。


 途端、白一色の光が激しい炎のごとく揺らいだ。


 男は息を呑んだ。


「――ッ!! き、貴様が! 貴様のような人間が聖人だというのか!?」

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