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私がそれを望むから ―終わりの魔女と死の聖人―  作者: 未鳴 漣
第一章「魔女になる覚悟」
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3‐8 うそつき

 ミュアーの叔父が言うに、珍しく長続きした晴れ間も明日から下り坂だそうだ。その晴天も雪が溶けるほどの陽気には届かず、小さな雪もちらほらと降るような天気ではあったが。とはいえ、この村においては吹雪でなければ大抵の天候は晴れと認識される。厩舎の暖房に必要な薪を運んでいたカムは雲の合間から見える満月を見上げた。


「寒い~。何で雪降ってるより晴れてる方が冷えるんだろ? いやどっちにしろ寒いんだけどさ……。お馬さんも風邪引かないように、あったかくしてね」


 たっぷりの冬毛と薪を惜しみなく使う暖炉のおかげで服を着る必要はないものの、管理を怠れば馬は簡単に体調を崩してしまう。薪を所定の場所に置いたカムは、一頭ずつ部屋を見て回り様子を観察する。妙な呼吸や素振りを見せるものはおらず、皆は大変健康だった。


 もう一ヶ月ほど空になっている二部屋まで来て、「いつごろ戻って来るんだろう?」。少年が日課を終えて家に入ろうとしたとき、その部屋の主たちが雪を踏み鳴らして現れた。


「カム! ちょうどよかった。馬を頼めるかい?」


 エースは地面に降り立ってカムに手綱を受け渡し、ソラの下馬を手伝った。彼はそのままソラを連れて教会の方へ走っていった。懇切丁寧なエースにしては珍しくあわてている。ジーノは少ない荷物を手に、


「こちらの子も、厩舎に戻しておいてください」


「馬はそりゃあ預かるけど、どうしたの? そんなに急いで」


「お願いしますね!」


 彼女もカムに馬を任せて走り去った。残された少年はヒュウッと吹いた風に小さくくしゃみを漏らし、馬は鼻息を上げた。


 エースは一足遅れ気味のソラを引っ張るようにして教会までの坂を駆け上り、家の玄関を開けた。すぐ後にジーノも続き、三人は同時に居間へ飛び込んだ。


 スランが椅子から立ち上がり、一目散に兄妹を抱きしめる。


「エース、ジーノ! よかった、とても心配していたんだよ。お前があんな知らせを寄越すから……!」


「お父様、魔法院から何か通達は?」


「うん。世に魔女の脅威が放たれたと……ソラ様の名前が書かれていたが、本当のことなのかい?」


「あ。もしかして指名手配とかされてたりします?」


 卑屈な顔つきでソラが聞く。スランは戸棚の引き出しから二枚の手紙を出した。一枚目はこの世界の文字で何と書いてあるのかソラには分からなかったが、二枚目はすぐに理解できた。


 それは人相書きだった。


 蛇のようにうねる髪とつり上がった凶悪な目。極端に低い鼻と邪悪な牙の生え揃う口が、この世のものではない悪魔を連想させる。どことなく本人に似ているところが実に腹立たしい。


「騎士が追っているから協力するようにとのことだけれど。まさか追いつかれたりは……?」


「大丈夫です。そういった危険はありませんでした」


「天が味方してくれたのでしょう」


 ジーノが胸の前で両手を握る。


 それを横目に、ソラは一歩前に出て有無を言わせぬ口調で切り出した。


「スランさん。馬を一頭、譲っていただけますか。夜明けには村を出ます。私はもう、ここにいられない」


「一人で行くとおっしゃるのですか!?」


 強い意思を持って頼むソラに、まさかといった顔つきでジーノが引き留める。


「いったいどこへ? この世界のことを何もご存じでないのに」


「知らなくても行くしかないんだ」


「そ、それなら私も一緒に――」


「駄目」


 縋ってきた手を振り払って、ソラは冷たく突き放す。


「なぜです!?」


「そんなの決まってる。私が魔女だと思われてるからだよ」


「それは違います!!」


「ジーノちゃん。気持ちは嬉しいけど魔法院は私を魔女だって判断して、追っ手まで出してるんだ。ついて来られたら困る」


「そんな……!」


「悪いけど、責任持てないから」


「責任なんて、そんなもの……っ」


「あるの」


 記憶が欠落し、元の世界にも帰れないソラは家族をなくしてしまったも同然だが、彼女たちにまで同じ思いをさせたくはない。


 善良なる家庭を壊すな。


 子から親を、親から子を奪うな。


 少なくともアオイ・ソラはそう考える。


「年下の女の子に危ないことはさせられない。分かって」


 睨みつけるソラの視線を真正面から受けて、ジーノは怯んでくれると思った。


 しかし少女はそれで決意を固めたように、父親を振り返った。


「お父様、申し訳ありません。私はソラ様と行きます」


「ちょっとキミ、話を聞いてた? 駄目だって言って――」


「ソラ様は黙っててくださいまし!」


 澄んだ怒声が部屋の中に響き渡る。これは並の意志ではないと、スランは娘を見つめた。


「……理由を聞いてもいいかな。ジーノ」


「私は魔法院でソラ様と元老の面会に立ち会いました。元老はとても一方的な態度でソラ様を魔女と断じ、あまつさえ……殺すと言いました」


 魔法院での出来事を思い出し、ジーノは胸が塞がる思いだった。


「私はどうしても、ソラ様が魔女だとは思えないのです。あの老人は見て見ぬふりをしましたが、ソラ様は未だ光の魔力も持っておいでです。何より」


 ジーノは切り札のように、台詞を棒読みにする。


「私は今こそ、亡き父母に報いたい」


 スランが体を凍らせ、エースが暗い顔で目をそらす。


 ソラだけがその言い様に違和感を覚えた。既視感とでも言うべきか、ソラが「家族」に抱く感情と酷似していたのだ。何も感じることがない、そんな声だった。うろんなものを見る目でジーノを見やり、だからといってソラが彼女を問いただすことはなかった。


 スランが憔悴しきった顔で娘の肩を掴む。


「お前は、自分が何を言っているか分かっているのかい?」


「分かっています。私はお父様に何と言われようと、どう思われようと。ソラ様と一緒に行きます。もう決めたのです」


「だけど、ジーノ。その道は……!」


「何にせよ、私たちも魔法院に面が割れていますから」


 彼女は父親の手を放れ、三つ編みでまとめていた髪を手に握った。もう片方の手を生え際に添え、指先に風の刃をまとわせて一気に切り上げる。


 長くたおやかな金色の髪を、ジーノは躊躇なく切り落としてしまった。


 ソラが思わず悲鳴を上げる。


「な、な、何やってんの!?」


「ソラ様は私を連れていけないのは年下の女だからとおっしゃいました。ですから私……いいえ、僕は今から男になります。もちろん本当に性別を変えることはできませんので、外見だけということになりますが」


「待ってよ。言ってることめちゃくちゃだってば」


「年齢はどうしようもありませんので、突っ込まないでください」


「キミね、人の話を聞いて」


「さて、服装もそれらしく変えなければなりません。お兄様の古着がありますので、すぐに用意して参ります」


「ちょっと! お願いだから話を聞――、何であの子こういう時に頑固なの!?」


 ジーノは髪を惜しげもなくゴミ箱に捨て、納戸へと走っていった。

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